雑感 2021710 近況 朝鮮の土地制度 高校演劇

 結局、来週いっぱい務めることになった。週5日、2ヶ月半。一区切りである。6月で辞めたら後が大変だったろう。あまり詳しいことは書かない方が良いだろうからここまでにする。職場では一日中マスクをしていなければならないのがつらい。通勤が片道1時間というのも遠いし、朝が忙しいのがつらい。早起きになった分、早寝になるので夜にPCに向かう時間がない。疲れもあってさっさと寝るしかない。

 

 このところ、昼食のために職場近辺のそば屋を巡ったが、コロナ対策にも違いがあって、おおむね店が大規模になるほど厳しく、小さな店ではそうでもないようだった。手指消毒のアルコールすらない店もあった。

 

 ワクチン二回目接種後、二週間以上経つので抗体はできているだろう。ちなみに連れは二回接種しても強い副反応はなかった。やはり個人差が大きいのだろう。

 市内では陽性者ゼロの日が十日以上続いていたのだが、ここ数日で複数のクラスターが発生し、連日10名以上の陽性者が出ている。やっぱりパブとかから出るので、酒や接待を提供する飲食店が規制の対象になるのは仕方がないのだろう。

 

 

 「朝鮮の土地制度の変遷」についてだが、日本の朝鮮併合時代は大きく三期に分けられる。各期の主要な事業などを記す。

 (1)1910年の併合から1919年の三・一独立運動(万歳事件)まで

    武断政治 土地調査事業(土地測量、所有の明確化、地税の確立)

         優良米品種推奨、施肥量増大  1918年内地の米騒動

 (2)1920年から1930年(昭和恐慌)まで

    文化政治 産米増殖計画(途中変更あり) 

         土地改良、大規模灌漑、干拓、開墾

         朝鮮での消費量増大を見込む  米の過剰移出

 (3)1930年から1945年(敗戦)まで15年戦争期 

         農村振興運動 小作調停令

    戦時下の皇民化政策   工業化政策

 

 産米増殖計画は、朝鮮における人口の急増に対応して、食糧の確保、つまり米の増収を図るのが第一の目的だった。しかし、日本内地においても人口増と農村からの人口流出、都市における食生活の変化から米が不足し、米価騰貴を招く。投機的買い占めもあり、貧民は苦境から暴動を起こす。こうして内地への米移出を増やさなければならなくなる。結果、朝鮮では過剰な移出が行われ、朝鮮の米穀商が利益を得る。その利潤は株式投資に回され、会社・工場の新設という工業化の前段階を準備することになる。

 

 

 高校演劇の世界から離れて数年。ウェブで現在話題になっている高校演劇の作品について様々な情報を見るが、一方で過去の作品はどんどん忘れられてゆく。自分が30年間関わった中で、記憶に残る作品は多々あるが、現在の顧問や部員は知らない作品の方が多いだろう。高校生の知りうる高校演劇はごく短い期間の、というより同時代の作品しかない。(一方で、地方の部によっては台本探しで古いものしか読めない環境もある)今ではもう『もしイタ』を知らない演劇部員や顧問がいても不思議ではないのだ。

 演劇の持つ「同時代性」がそうさせるのだろう。その時高校生だった者が創り上げた舞台は彼らのものだ。思い出の中に残り、再演されるということはない。あってもそれは別物になる。(全国の演劇部が毎年のように取り上げ、上演されるスタンダードな作品もあるが、それは稀なことである)

 忘れられてゆく作品たちはどこにもアーカイブされることなく、直接関係した者の記憶の中だけに残り、やがて消えてゆくのだろう。それはスポーツでの無数の試合の記憶と同じなのだろうか。

 脚本家が作家性を持ち、作品を生かし続けたいと思う場合もあるだろう。この場合は「脚本」が残る。読むものがいれば、その中にこれを上演したいと思う者がいるかもしれないという期待は残る。脚本家は彼の「思い」が誰かに伝わり、受け継がれることを望んでいる。いつかどこかに必ず同じような思いを持つ人がいるはずなのだ…と。

 上演ビデオは生徒の個人情報が入っているので保存公開しにくいが、脚本ならできる。しかし脚本から上演を想定したり再現したりできる人が少ないのも事実だ。

 

 まだこれから高校演劇は続くだろう。だがいつか学校単位の部活動はなくなり、校外活動(地域文化活動)として残ることになるのだろう。それは今より一層、指導者の強い関与を必然にするだろう。役者もスタッフも専門性は高くなり、質的な向上が見られるだろう。その時に初めて、大人の演劇の世界と高校演劇の世界が連続する(したものと見なされる)のかも知れない。