2026-01-01から1年間の記事一覧

おもいつくままに 20260622

梅雨に入って日射しがなくなると、うって変わって涼しくなった。着るものや寝具をとっかえひっかえする。草は雨がうれしそうである。田圃の稲や畑の芋の葉はすくすくと育っているようだ。 大学時代の複数の友人から病気入院したという連絡を受けることが重な…

言文一致の文章にみる否定の助動詞「ない」

日本語表記についての「言文一致」については、明治二十年に差し掛かる頃から語られるようになり、初めは小説に於て口語体での実作が試みられた。代表作は二葉亭四迷の『浮雲』であるが、その実際を、否定の助動詞「ない」の使用から見てみようと思う。 「浮…

夏休みの終わり/時代の終わり

夏休みが終わる頃になると、宿題をやっていないことが気がかりになって、やらなければと思いつつだらだらと日を過ごしてしまう。そんな子供が多いかもしれないし、自分はそうだった。 大人になって仕事をしても、そういう〆切に追われることが日常だった気が…

平均寿命 平均余命 健康寿命

じじむさい話なので面白くないです。 朝、新聞を読む時必ず確認するのが訃報欄である。知人友人の訃報がないか確認するのである。多死の時代あって、これは高齢者の多くに習慣化されていることではないかと思う。多くの人は90歳代で亡くなっているが、100歳…

否定の「ない」が「ず」に代わったのは何時か

古語の助動詞「ず」に口語の助動詞「ない」が取って代わったのは何時か、ということです。(タイトルが逆の意味になりそうだ) 以前に、「ないと無い」というテーマで記事を書いたが、少し補ってみる。 話し言葉の「ない」は「ず」とは別にかなり昔から使わ…

阿部家(堀三也実家)関係人物とカトリック信仰

暑くなってきた。五月が本当に真夏のように暑い。昔はこんなに暑かったか? と言っていたが、梅雨の走りか田植えを促すように雨が降ると途端に涼しくなった。田植えの頃は暖房が必要なくらいに寒くなるのは昔と変わらない。 寒いと言っては外出しないし、暑…

ロシアの極東進出と日本 12 朝鮮、羅禅(ロチャン)を知る

ロシアは17世紀半ばにヤクーツク方面から黒竜江方面に進出し、原住民に毛皮税を強要した。これをうけ清が出兵し、ロシア(乱暴者ハバロフの後任、ステパノフ隊の軍)と交戦した。これについては第9回「清との接触」で触れた。清は南の明と戦う一方、北方黒竜…

今日、午前中の桜 4月9日

ロシアの極東進出と日本 11 北東航路と北西航路

1648年、ロシアのデジニョフがシベリア東端チュクチ半島に至って大航海時代も一応終わりとなる。世界地理上の一つの問題(ヨーロッパとアジアを分ける海峡が北極圏のどこかにあると想像されていた)も解決した。 あとは、遥か喜望峰を経てインドから東アジア…

司馬遷は武帝を殺したいほど恨んでいただろう

ChatGPTと対話してみて、ふと思った。 司馬遷は『史記』の「刺客列伝」を書く際に、自らを刺客の面々に重ねていたのではないかと。そして暗殺すべき目標の王・宰相たちは、つまり、李陵の妻子を処刑し、司馬遷を宮刑に処した武帝に重ねられたであろう、と。…

『木挽町のあだ討ち』を読んだ

おもしろかった。 映画で評判のようだ。元々の文庫本の表紙カバーに、映画のシーンの入ったものが掛けてあって二重になっている。映画は観ていない。 直木賞、山本周五郎賞受賞とある。プロの作家はこれくらい作り込まないと成り立たない。その才能と努力は…

ひさしぶりに高校生の演劇を観た

山形東高校演劇部弥生公演 『かがやく都市』大池容子・作 山形東高校演劇部・潤色 3月22日(日)14:00開演 入場料200円 久しぶりに高校生の演劇を観た。1年生公演である。キャスト5人は皆1年生で、スタッフは2年生3人と1年生3人。といっても3月下旬だから3…

ロシアの極東進出と日本 10 千島列島の「発見」

西洋人および日本人による宗谷海峡(ラペルーズ海峡)、間宮海峡の発見について書いたが、千島列島についても西洋人の知見をみてみよう。 イエズス会宣教師の蝦夷探訪 1618 ・1620 イエズス会の宣教師、パードレのジェロニモ・デ・アンジェリスが松前に十日…

松井光義先生の訃報に接して

松井光義先生が3月10日にお亡くなりになった。89才だった。 ご冥福をお祈り申し上げます。 先生とは山形地区高校演劇連盟でご一緒させていただいた。大柄で、見た目は怖い感じもあるが、相好を崩してお笑いになる優しい方であった。先生のご指導された日大山…

雑感 20260305

山南高の卒業生答辞に関してだが、聞くところでは、同校は校長式辞も読み上げるのではなく、暗唱していなければならないのだそうだ(本当かどうかは知らない)。そういう校風だとすれば、生徒代表が何も見ずに答辞を述べるのも宜なるかなであろう。 県内各公…

『史記』項羽本紀、項王自刎の場面における項羽の笑いについて ChatGPTとの対話

前にCopilotに聞いてみたことを、ChatGPTに聞いてみた。行替えや強調は晩鶯が施した。著作権に関わるようでしたらご指摘ください。 Q 史記項羽本紀で、項羽が亭長の申し出を笑って断って江を渡らなかったのはなぜか? A 『史記』の「項羽本紀」にある有名な…

近況 20260302

昨日は晴天のもと、県内公立高等学校の卒業式であった。山形南高校では、答辞に際し、用意された原稿を読まずに(男子校での高校生活を「きれいな言葉」、美辞麗句では表現できないという理由だそうだ)即興で涙ながらに述べたようだが、旧制中学校からの伝…

「けしき」の用例 後拾遺和歌集以前の和歌に見る 

便利なツールがあるもので、「日文研和歌データベース」で「けしき」を含む歌を時代順に検索することができた。 『万葉集』から始まるが、これらは「異(け)し」の連体形であって。「気色」ではないようである。 『万葉集』武田訓 巻一3482からころも−すそ…

『後拾遺集』の「けしき」用例、さらに「けはひ」

前回までに見たように『後拾遺集』(1086)から、和歌(短歌)に「けしき」の語が現われる(勅撰和歌集でなく、歌合に於てはすでに「応和三(969)年七月中旬宰相中将伊尹君達春秋歌合等」に見えるとある)ということであるが、その12例を以下に書き出してみ…

「けしき」と「けはひ」について論文を読んだ 続

前回読んだ論文によれば、「けしき」が漢語「気色」から和語化したのは、10世紀後半であるようだ。 一方で、「けはひ」が登場するのもまた10世紀後半であるようだ。それは、「けはひ」の初出が、『蜻蛉日記』にある1例(近接して『落窪物語』5例、『宇津保物…

「けしき」と「けはひ」について論文を読んだ

〇 昭和45年(1970)の論文 『「けしき」と「けはひ」』光川妙子 『たまゆら』所収 50年以上前の論文だが、興味深い内容がある。 1 『万葉集』には「けしき」も「けはひ」も見当たらない。(『古事記』『万葉集』にある「けしき」は、「異しき」という意味…

「ものぐるほし」の用例(補足)

『紫式部日記』 寛弘五年八月二十六日 (新日本古典文学大系24 岩波書店) 上よりをるる道に弁宰相の君の戸口をさしのぞきたれば、昼寝したまへるほどなりけり。萩、紫苑、色〱の衣に濃きがうちめ心ことなるを上に着て、額はひき入れて、硯の筥にまくらして…

古語「けはひ」の読みについて 補説

前に「けはひ」の読みについて書いたが、また少し考えたことを書いてみる。 現在見られる説明では、以下のようなものが一般的であるようだ。 古語の「けはひ」は、本来「ケワイ」と発音されていた。それを現代において「ケハイ」と読むのは、漢字表記に当て…