雑感 2021年4月16日 桜と鍋太郎

 昨日も今日も穏やかな日和だった。静かに桜が散っている。

 用足しついでに散歩に出てみた。近所の幼稚園の散歩道と重なっている。自分の足も引きこもっているせいもあり、幼稚園児並になっているかもしれない(笑)。

 馬見ヶ崎川の土手に「日本一の芋煮会」で使われた大鍋「なべ太郎」が置かれている。これは2代目かな。昔ながらの吊り手鍋の形だ。昨日15日の写真。

 

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 山形県も新型コロナ陽性者が20~30人を行き来していて、どうにも落ち着かない。

 来週の24日(土)と25日(日)に「さんの会公演」と「山形西高演劇部定期公演」とがあるのだが、感染者が急増すれば一般公開無しとかになるかもしれない。

 マスク無しで平気に歩けるようになるのはいつだろう。

自作高校演劇脚本⑩『ささやき』

 


 『ささやき』作、佐藤俊一


時   現代の秋(十月初旬)の四日間

所   山形市内、某葬祭社の通夜会館(下手台所、上手控えの間)

人物  みちこ(二十歳、山形の大学生)

    ゆき(みちこの友人、二十歳、会社員)

    さき(みちこの友人、二十歳、パート社員)

    なおこ(みちこの友人、二十歳、大学生)

    俊一の母親(四十六歳)

    のぞみ(俊一の妹、十八歳、高校生)

    俊一の伯母(五十代)

    俊一の伯母の家の嫁(二十二歳くらい、主婦)

    葬祭社の社員(二十七歳くらい)

    消防団員(三十歳くらい)

    手伝いの女性(二十代)

    手伝いの主婦(五十代)

    俊一の勤務先の同僚(十九歳くらい)

    松田(演劇部OG、俊一と同年代)

 

  1幕4場

  初演 2011(平成23)年 山形西高等学校演劇部

 

  この作品は大震災の年の末、山形市で開催された東北地区高等学校演劇発表会で

  上演されました。直接ではありませんが、震災が内容に強く影響しています。読み

  取っていただけたら幸いです。

 


第1場 一日目(午後) 仮通夜

 

     LO

     午後のそう遅くない時刻。

     下手に台所(DK)、上手に控えの間(和室。長机がある。)、奥に廊下。

     台所(DK)に一人の女性が所在なげにいる。

     枕経が終わるところ。上手奥から枕経の声。御鈴の音。

     控えの間に電話着信。


手伝い はい、銅町の通夜会館です。はい佐藤です。(メモする)松田様ですね。どう

    もご丁寧に…。明日が本通夜で、あさってが火葬で、葬儀は三日後になりま

    す。

    ええ、普通はそうなんですけど、火葬場とお寺の都合でそうなってしまったん

    ですよ。はい、葬儀は十時から、相生町の圓稱寺です。

    私は手伝いで来てる者で、詳しいことは分からないんです。今枕経あげてると

    ころなので、もうちょっとしたらみなさん来られると思うんですけど。はい、

    どうぞよろしくお願いします。


     枕経が終わり、伯母、伯母の嫁、近所の主婦が上手廊下から台所へ来る。

     何がどこにあるか分からない中、わいわいしゃべりながらお茶や酒の準備を

     する女たち。

 

     (台詞の背後での会話例) 

    ビールもっといるんじゃない? 消防団の人いっぱい来てるでしょう。

    十二、三人いますね。コップももっといりますね。

    持ってきた一升瓶あけてるし。

    うちの漬け物、出しますね。皿かなんかあるかしら。

    ビールは冷蔵庫からね、冷えてるかしら? 出したら後にこっちの入れとい 

    て。

伯母  かわいそうで見てられない。親より先に死ぬのは親不孝って、まったくだね。

    妹も、亭主に死なれて息子が頼りだったのにねえ。

主婦  でも妹さん、気丈って言うんですか、しっかりしてらっしゃいますね。

伯母  あの人はいつもそう。子どもの頃から良くできた妹でね。親からよく比べられ

    ました。

主婦  はあ、そうですか…。今の、ありがたみのあるお経でしたね。ああいうお坊さ

    んだといいんですけどね。

伯母  そうですね。うちのお寺様はもう歳で、何言ってるか全然分からないの。

嫁   お葬式、お坊さん来るですね?

主婦  はい?

嫁   お坊さんに渡してたもの、お金ですか?

主婦  はあ?

伯母  お葬式はお坊さんの商売なんですよ、日本では。商売にはお金払うでしょ。

嫁   中国では、お坊さん関係ないです。お金払いません。

主婦  ああ、中国の方?

嫁   はい。吉林省長春市からこちらに嫁に参りました。

伯母  もうね、何もかもいちいち違うからね、大変。

 

     廊下を隔てた奥の間から男たちの話し声が聞こえてくるが内容は分からな

     い。廊下の上手から、控えの間にみちことゆき、さきが入って来る。


さき  すみません、私たち俊一さんの高校の後輩なんですが、ここ座っても良いです

    か?

伯母  どうぞ。


     三人座る。


ゆき  みちこ、大丈夫?

みちこ うん、大丈夫。

さき  みっちゃん、先輩のこと好きだったんだよね。

みちこ …。

ゆき  先輩、生きてるみたいだったね。寝てて、呼んだら返事するみたいな。

さき  やめなさいよ。

ゆき  焼け死んでたんだったら、大変だったね。

さき  やめなさいってば。

ゆき  でも、びっくりしたー。今朝のテレビでさ、火事のニュースで名前出たでし

    ょ。

さき  そう? 私はみっちゃんから電話で聞いた。みっちゃんもテレビ?

みちこ 先輩のお母さんから電話もらったの。

さき  人を助けて自分が死ぬなんて、先輩らしいよね。

 

     手伝い、台所からお茶を持って来る。


手伝い どうぞ。

友人ら ありがとうございます。

手伝い みなさん、亡くなった方の高校の後輩でしたね?

さき  はい。

手伝い 今しがた松田さんって方から電話があって、(メモを出す)

ゆき  あー、松田先輩だ。

手伝い あさって、火葬の時にこちらに顔を出すっていうことでした。

さき  わかりました。ありがとうございます。

    私たち、何かお手伝いできることありますか?

手伝い 来たばかりなんだからいいですよ。それに私らも何したらいいのかよく分から

    ないで居るの。ああ、座布団足りなくてごめんなさいね。表の方がいっぱい

    で、出払ってるの。

さき  私たちなら大丈夫ですから。

手伝い そうお、ごめんなさいね。

ゆき  仕事どうした? 私休んできた。

さき  私パートだから。みちことなおこは学校だしね。

みちこ なおこは遠くて大変だね、明日来るの?

ゆき  遠いったって隣の県だから、今日中に来れるんじゃない? 車だし。

    先輩の妹さん泣いてた。かわいそうだね。お母さんは意外にって言ったらあれ

    だけど、泣いてなかったね。

さき  人前だから泣かないだけよ。悲しいに決まってるじゃない。

ゆき  みちこも?

みちこ え?

ゆき  好きな人が死んだらもっと泣くかと思ってさ。


     勝手口に寿司が届く。(まいど。寿司正です。)


主婦  はーい。(下手勝手口に行く。以下勝手口から声だけで)

    これお支払いは? 平安葬祭さんに付けてあるんですね? はいご苦労様。


     台所まで持って来て包みを開けてみて


主婦  あら、こんなんで足りないわよね? 二十人以上いるでしょ。五人前くらいし

    かないんじゃない?

手伝い 葬祭社の人とお話して決めたんだからいいんじゃないですか?

主婦  私、寿司屋に電話する。足りなくなってからじゃ間に合わないし。これ分けて

    おいてくれる?

手伝い いいですけど。


     手伝い、皿に寿司を取り分けたりし始める。

     主婦、控えの間から電話しようとする。


手伝い おふかしっていっても小豆じゃないんですねー。

主婦  白ぶかしだから。まさか葬式で赤飯は出せないでしょ。いや、赤飯で祝ってや

    りたい奴もいるか、悪い政治家とか(笑)。


     伯母、食べ始める。嫁も食べようとするが、伯母に用を言いつけられて表の

     間に去る。


主婦  あ、もしもし、寿司正さん? 今とどけていただいた佐藤ですけど、ああ平安

    葬祭の通夜会館です。お寿司とおふかし追加してくれます? 今のと同じくら

    いで。よろしくお願いします。


     手伝い、取り分けた寿司と小皿、箸などを控えの間に持ってくる。


手伝い あなたがた、お昼、食べてきたの? 遠慮しないで食べてね。お茶ばっかりじ

    ゃ気持ち悪くなっちゃうよ。

三人  ありがとうございます。


     海苔巻きなどを食べ出す三人

     嫁と葬祭社社員、表の座敷から台所に入ってくる。何かくやしそうな様子。


伯母  あらご苦労様。あなたの指示がないと何にも進まないからね。

葬祭社 とんでもございません。こんな時は皆様、悲しみでいっぱいですから、少しで

    もお手伝いできればと思っております。けど…。

主婦  どうかしました?

葬祭社 …「なんだ女が担当か」って。

伯母  誰、そんなこと言うの? うちの夫じゃないわよね。

葬祭社 いえ。私、女ですけど、何も問題ないでしょう。女だから気にくわないって方

    もいらっしゃいますが、特にご年配の方ですけど。

主婦  今どきねえ。

伯母  男ってほんとにバカなんだから。すみませんねえ、気にしないでくださいね。

葬祭社 いいえ、私こそ、こんなことで感情的になっちゃダメですね。まだまだです。

主婦  仕事するって大変ですねえ。私ら専業主婦にはわからないですけど。

ゆき  ここ、「通夜会館」っていっても、セレモニーホールみたいじゃなくて、普通

    の家なんだね。

さき  普通の家を買い上げて、お通夜専用に使っているんでしょ。家庭的で良いんじ

    ゃない?

ゆき  お通夜に家庭的ってのも変だけどね。

伯母  あのさ、仕事の話にもどるんだけど、お棺はさ、釘打たないやつにしてね。

    私、あの音聞くとたまらないの。

葬祭社 承知いたしました。釘打つといいましても形ばかりですけどね、今はほとん

    ど。

伯母  父親が死んだ時、親戚のじいちゃんが差配してさ、兄貴に「庭から石拾ってこ

    い」って言って、兄貴たち、その、土の付いてるような石で、ガンガン叩いた

    の。もう悲しくってさー。大泣きしたわ。今思い出しても情けなくなる。

葬祭社 分かります。お棺には釘を打ちませんが、石は用意しますので、形ばかり、打

    つまねごとだけお願いします。


     奥から派手な女性の泣き声がする。そして若い女が女性消防団員に支えられ

     ながら控えの間に入ってくる。手伝い、水を湯飲みに入れて持って来る。


団員  大丈夫ですかー。お水飲めますかー。

女   …。(頷き、水を飲み、一息つく)

みちこ 誰?

ゆき  先輩が勤めていた会社の人らしいよ。

女   どうして? どうして死んじゃったのー、私を残して。私の彼を返してー。

団員  悲しいのはよーく分かります。

女   分からないわよ、あんたなんかに。あたしは彼を愛してたのよ。心の底から愛

    してたの。ああ、あんなにすてきな人だったのにー。

    あんたがた、なんで彼を行かせたのよ? なんで見殺しにしたのよ? あんた

    たちが彼を殺したのよー。

団員  そんな、事故なんですから、仕方がないですよ。みんな急いで消火して、救急

    車が来るまでずっと交代で心臓マッサージと人工呼吸続けていたんですよ。

ゆき  マウス・トゥー・マウス?

女   あんたが行けば良かったのよ。あんたが死んでも泣く人なんかいないでしょ。

団員  なんですってー。ちょっとあんたね、かわいそうに思ってあげてればいい気に

    なって、言っていいことと悪いことがあるでしょう!

さき  けんか、やめてください! あなた先輩の何なんですか?

女   先輩? 私は彼と結婚するはずだったのよー。

一同  ええ?

ゆき  やっちまったぞ、おい。

さき  何よそれ。

主婦  婚約者?

伯母  あら初耳。俊一にいいなずけなんて。

女   あーん。彼がもういないなんて信じらんなーい。

    なんでじじいが生きて彼が死ぬの? おかしいじゃん。じじいの方から死ぬの

    が当然じゃない、ねえ。

ゆき  たしかに。長幼の序ってこともある。

さき  ゆき! ばか。

みちこ あなた、先輩と、俊一さんと婚約してたって、本当ですか?

女   ええ? あんた誰?

みちこ 高校時代の後輩です。演劇部の。

女   えんげきぶ? 彼の恋人役でもやったの?

ゆき  するどいな。

女   あたしは役じゃなくてホントの恋人。彼、結婚するって言ってくれたのに。私

    のこと残して死んじゃったー。

みちこ ほんとにそう言ったんですか?

女   なに、あんた彼のこと好きだったの? へえー。でももう手遅れね、死んじゃ

    ったんだから。三日ぐらい泣いたら、次の男探しなさいね。

団員  帰って下さい!

女   (まわりの雰囲気を見てとって)言われなくても帰るわよ。婚約者にこんな仕

    打ち、たまんない。


     女、足早に上手玄関へ去る。嫁、その後を追う。


さき  何あれ?

団員  みんな呆れてましたよ、会社の人たちも。自分で勝手に「結婚する」って決め

    てたらしいです。

さき  なっとく。


     一同、気が抜けて座る。


団員  それにしても、助かったじいちゃんの方は、意識失ってた分、煙吸わなかった

    んでしょうねえ。消防団は、あんなぎんぎらの耐熱服着ますけど、酸素マスク

    装備してませんから…。消防本部なら持ってるんですけどねぇ。消防団じゃ無

    理なんですよ。燃えてる家の中に入って人命救助なんて。


     寿司の追加が届く。(まいど。お寿司の追加お持ちしました。)

     主婦、勝手口に行く。


葬祭社 あら? 誰が追加したのかしら?


     主婦、寿司を持って台所に来る。

     以下、控えの間と台所で同時進行。


葬祭社 あなたが注文されたんですか? これだと余ってしまうと思います。

主婦  そうお?

さき  そうなんですか。

葬祭社 お通夜って意外に食べないんですよ。男の方はお酒飲んでしまいますし。会食

    するわけではないですから。それに、ご葬家様と相談して決めておりますの

    で、勝手に注文しないでいただけますか?

主婦  そりゃすみませんでしたね。良かれと思ってやったことですから、そんなに怒

    らないで下さいよ。

伯母  いいわよ、余ったって。お寿司やお蒸かしなんてたいしたことないんだから。

    余ったら、うちでもらって帰りますから。

ゆき  じゃ何のためにあるんですか? 消防団って。

団員  現場の警備とか、消防車が通れるように交通整理とかですね。山火事や水害の

    場合はまた別なんですけど。あとは消防車が帰った後の残り火の警戒です。

さき  残り火?

団員  ええ。だから消防団員が殉職するなんて、ほんとに滅多にないことなんです

    よ。お葬式には、市長も参列して弔辞を述べるんじゃないでしょうか。

ゆき  すごいんですね。


     このへんで上手と下手の芝居が一致する。


伯母  さっき、消防団長さんがいらして、香奠ですか、置いていきましたね。

団員  ええ、消防団の親交会で決まってるんです。三万円かな。消防協会から弔慰金

    も出ます。二百万円くらいだと思いますけど。

伯母  そんなもんですか。

団員  だいたい、消防団員の報酬が二万五千円くらいですから。一年でですよ。

伯母  割に合わないですね。


     話している間、奥の間から声が聞こえる。はじめの方は女たちの会話に重な

     って、はっきり聞こえなくてよい。


声1  班長班長が止めらんなねんだけべ。そごで止めんのが班長の責任だべ。

声2  俺は止めだんだて。

声3  班長は体はって止めだげど俊一が振り切って飛び込んだんだてば。

声1  消防団が人命救助するなてそもそも無理なんだから。なんで消防署待でねけ

    の。

声2  あの家の母ちゃん、「じいちゃん、まだ中さいだ」て気ィ狂たみだいに騒ぐ

    し、俊一はあの通りの人間だから、じいちゃんば見殺しにでぎねんだけべ。我

    が身の危険も顧みずによ。

声1  俊一が悪いてが。

声3  ほだなごど言(ゆ)てねべ。

声2  いづまでもぐだぐだ同じ事ばり言てんなよ。

声1  ぐだぐだ言わねば気持ぢおさまらね。小学校からの友達なんだがら。

声2  人ば悪者にして気ィ晴らすなが。

声1  自分は悪ぐねえてが。


     何かの倒れる音。けんからしい。女たちの叫び声

     のぞみが座敷から走り出てくる。それを追ってくる伯母の嫁。


嫁   のぞみさん。のぞみさん!

のぞみ 何よ、酔っぱらい! 責任のなすりあいばっか。人が一人死んだのよ。お兄ち

    ゃん、死んだのよ。

嫁   のぞみさん、おちついて。まず、それ返しましょう。

のぞみ これ? これが何よ。これがお兄ちゃんの命の値段なのかよ!


     のぞみ、手につかんだ香典袋を嫁にたたきつける。


みちこ のぞみちゃん、やめなさい。やめて。


     みちこ、のぞみを抱きしめる。のぞみ、大声で泣く。

     嫁、散らばった香奠袋を拾い集める。


伯母  何? どうしたの?

嫁   男の人たちけんかして、ローソクと線香の机をひっくり返して。もう灰だら

    け。のぞみさん、大事なものだと思って持って来たんですよね。


     手伝い、雑巾を持って奥の間へ行く。

     母、奥の座敷から控えの間に入ってくる。


母   どうもお騒がせしてすみません。

伯母  騒いでるのは消防団の連中でしょー。

母   のぞみ、誰も悪くないの。皆さんおにいちゃんのことを悲しんでいるの。だか

    らあんなふうになるの。分かってね。私たちがしっかりしないと皆さんの心も

    落ち着かないから。

のぞみ …(頷く)。

母   みちこさんたちもわざわざ来てくれてありがとうございます。むこうは人たく

    さん居て、ろくに挨拶もできなくてごめんなさいね。

みちこ こちらこそ…、おばさんは、大丈夫ですか?

母   今のところはね。

    実はね、消防団に入って、いつかこんなことになるんじゃないかなあって予感

    していたんですよ。あの子は小さい頃からそうでした。自分の力にあまること

    でも人のためならやらないではいられないんです。うまくやれなくてもね。

    でもちょっと早すぎました。

伯母  あんたもねえ、旦那には先立たれる、息子には死なれるじゃ、かわいそう過ぎ

    て、もうなんて言ったらいいか…。

母   あの子もね、父親がいないもんだから、自分がこの家背負っていくみたいな気

    持ちでね、高校卒業してすぐ今の会社に勤めましたからね。頼りにしてまし

    た。

さき  先輩、先生達からも進学進められてたんです。演劇部でもいちばん成績良かっ

    たと思います。お葬式には、先輩の担任の先生とか同じ年代の人たちも来るっ

    て言ってます。

母   そうですか。

さき  私たちそろそろ帰ります。明日の納棺にも来て良いですか?

母   ええ、どうぞ来てください。

のぞみ みちこさん、今日、いっしょに泊まって。

みちこ うん。

ゆき  じゃあ、また明日。失礼します。


     時間経過

     夜

     SE、虫の声

     控えの間にのぞみがいる。障子閉まっている。上手よりみちこ登場。


みちこ (障子を開けて)のぞみちゃん、まだ起きてたの。

のぞみ (アルバムを見て)高校の時の舞台写真、みちこさん写ってるよ。

みちこ あ、ほんとだ、阿古耶姫の話の時だね。

のぞみ おにいちゃんが名取太郎で、みちこさんが阿古耶姫。台本もあるよ。

みちこ なつかしい…。

のぞみ お棺に一緒に入れてあげようかとも思ったんだけど。大切にしてたから。

    いっぱい書き込んであるでしょ。

みちこ そうね。書き込みがあるのは知ってたけど、読んだことはない。

    「…大義のために死ぬ男が必要とするものは、ただ一人の女の愛であろう…」

のぞみ 「ただ一人の女の愛」だって。みちこさんのことだよ。

みちこ そんなこと…。

のぞみ その台本、みちこさん持ってて。

みちこ え、いいの?

のぞみ その方が良いよ。

    おにいちゃん、みちこさんのこと、すごく好きだったんだよ。

みちこ …。

のぞみ おにいちゃんと結婚してたら、私のお姉さんになってたんだよね。

みちこ …のぞみちゃん。大学合格したら、私のアパートでいっしょに住む?

のぞみ えー!うれしい!私、がんばっちゃう。


     この間、嫁、廊下を通り、台所に来る。冷蔵庫から酒を出して呑む。


嫁   そのお芝居、どんなお話なんですか?

みちこ これですか。山形の伝説がもとになっているんです。

嫁   デンセツ?

みちこ 言い伝え? 昔むかし、信夫の里に住む阿古耶姫に毎夜通ってくる男がいまし

    た。ある日、その男は自分は出羽国の千歳山の頂に立つ松の木の精だと明かし

    ます。自分は明日伐り倒されて、陸奥国にある名取川に架ける橋になるので、

    もう会えないと言います。姫が千歳山をたずねて行くと、松はすでに伐り倒さ

    れていました。しかし、木は何人で引いても動かず、峠を越えることはなかっ

    たの。そこで姫が木に向かって何かをささやくと、木はするすると動いて目的

    地に着きました。そこで人々はその峠を「ささやき峠」と呼び、これが後に

    「ささや(笹谷)峠」になりました。

    姫は太郎の菩提をとむらうために出家し、千歳山に庵を築いて、松の切り株の

    脇に若松を植えて大切に見守ったというお話。

嫁   悲しいお話ですね。でも、松の木は自分の命を他の人のためになくしました。

    これはとても素晴らしいことです。

のぞみ 本人は死にたくなかったんでしょ。無理やり伐られたんじゃない。素晴らしく

    なんかないわ。

嫁   多くの人のために自分を犠牲にする。その人は英雄です。

のぞみ 英雄になんかならなくていい。その人にはその人だけの幸せがあるんだから。

    なんで関係ない人のために幸せを捨てなきゃならないの?

みちこ のぞみちゃん。

のぞみ 私先に寝ます。おやすみなさい。


     のぞみ、退場


嫁   みちこさん、いっしょに呑みませんか?

みちこ はい。


     みちこと嫁、台所のテーブルに移動。

     嫁、みちこのグラスを用意して酒を注ぐ。以下、呑みながら。


嫁   私、日本のお葬式初めて。

みちこ ?

嫁   私、中国人だから。

みちこ ああ、中国の方なんですか。

嫁   去年、ダンナと結婚した。新婚さん。

みちこ はは。

嫁   日本のお坊さんってえらいですね。

みちこ えらい?

嫁   お経読んでお金もらってます。

みちこ そうですね。中国にはお坊さんいないんですか?

嫁   お坊さんはいるけどお葬式はしない。死んだ人はお墓じゃなくて置いておく所

    があって、そこに入れるとあとは、ホージ(法事)? もないです。

みちこ そうなんだ。

嫁   中国のお葬式、泣く人が来ます。女の人。

みちこ ああ、知ってる。大げさに泣くんでしょう。お金もらって。

嫁   中国では「クーサンレン(哭喪人)」といいます。泣くの商売だからお金もら

    います。

みちこ 泣きまねしてお金もらうの?

嫁   死んだ人の家族とかの代わりに泣いてくれるんですね。

みちこ 代わりにって…、悲しんでいるなら泣けるはずじゃないのかな…。

嫁   悲しいけれど泣けない人もいるんです。…あなたもでしょう?

みちこ …!?

嫁   「哭喪人」が泣くと、その人も泣くことできます。

みちこ そんなものかしら。

嫁   日本の人は心を外に出さないです。もっと出すのがいいです。

みちこ 自分の心って、自分でもよく分からない。確かでない物を出せって言われても

    困るっていうか、できないんですよ…きっと。

    葬式かなんか忘れたけど、紙のお金、おもちゃみたいなお金焼くんじゃない?

嫁   焼きます。道路の十字路に出て焼きます。死んだ人があの世で使うお金です。

みちこ 中国の人はあの世でもお金が大事なんだね。

嫁   お金、とっても大事です。

みちこ なんか、お金お金って、お金で人の命まで買えそうな感じね。

嫁   売ってるものなら何でもお金で買えます。でも、人の命、どこで売ってます

    か?

みちこ …。

嫁   人の命、売る店ないです。あたりまえ。

みちこ ごめんなさい。私ひどいこと言いました。

嫁   謝らなくてもいいんです。私気にしていませんから。

    でも、日本の人の「ごめんなさい」は、「すみません」だったり、「ありがと

    う」だったり、難しいですね。

みちこ そうですね。

嫁   もう寝ましょう。遅くまでつまらない話してしまいました。ごめんなさいね。

みちこ いいえ、お話しできてよかったです。


     二人退場

     暗転


第2場 二日目(午後~夜) 納棺通夜


     SE、読経の声、釘打ちの音、御鈴の音、すすり泣き

     明転

     手伝いが台所にいる。主婦が下手から洗面器を持って台所に入ってくる。


主婦  これ、これに水入れて、それからお湯さして。逆さ水だから。

手伝い はい、これでいいですか。

主婦  はいはい。持って来て。


     二人、一つずつ洗面器を持って奥に行く。

     逆さ水を使ったみちこたちが台所に入って来る。

     少し後から主婦と手伝いが何か取りに入ってくるがすぐに出て行く。


なおこ 納棺、間に合って良かった。安らかな顔だったね。高校の時とあまり変わって

    なかった。

ゆき  いい男だよね。

さき  高校の時さ、阿古耶の松の話で劇作ったじゃない。

なおこ 先輩が名取太郎で、みちこが阿古耶姫。私は侍女だった。これ、その時の台

    本。家から持って来た。

みちこ 私も、のぞみちゃんから先輩の台本もらった。

なおこ 先輩の形見だね。わあ、すごい書き込んである。

ゆき  先輩格好良かったね。狩衣着て。みちこは結婚式の打掛着て。豪華だった。

なおこ 同窓会の副会長さんが貸衣装屋さんで良かった。全部ただで貸してくれたんだ

    ものね。

さき  私が借りに行ったのよ。なおこもいたけど。

みちこ 中は神社の巫女さんの着物でね、神社に借りに行ったら、神主さんから「神社

    庁から厳しいお達しで、神事以外には使ってはならないと言われています」っ

    て。

なおこ 狩衣、南高校から借りてきたんだよね。

みちこ 先輩横笛吹いて、私、箏曲部からお琴習って弾いた。っていうか鳴らした。

さき  上手かったよ、みちこ。なんかもうホントの恋人みたいだった。

主婦  何々、そんな関係だったの?

なおこ ええ、もう先輩が一目惚れして。

みちこ そんなんじゃ。

主婦  恋人が死んで悲しいねえ、でもまだまだ若いんだから、いずれ他の男探しなさ

    いよ。

ゆき  おばさん、そりゃないでしょ。昨日のKY女みたいなこと言って。

手伝い 今の今じゃ、まだそんなことねえ。

主婦  うちの息子ダメかしら? 三十。だめよね。(手伝いに)あなたなんか嫁にほ

    しいわー。気が利いて、息子のタイプだもの。どう?

手伝い すみません。私、こう見えて子どもいるんですよ。

一同  ええ!

主婦  あら! そうなの。若いから独身かと思っちゃった! やっぱりいい人から先

    に決まっちゃうのねえ。


     葬祭社員、母、伯母、嫁、控えの間に入ってくる。内輪の打合せの雰囲気。

     察して主婦、手伝い退場


葬祭社 葬儀でお寺に入る時に、門から一列になってお御堂まで歩きますので、六役を

    決めて下さい。


     母、葬祭社から示された紙に順番を書いている。それを見ている伯母。


伯母  あなたが喪主だから位牌で、本家の叔父さんが経本、うちの主人が香炉。

    のぞみが遺骨? 写真が最後だからのぞみが写真でいいんじゃない? 私、前

    で遺骨持つから。

母   そう?(のぞみの反応を見て)それでいいけど、まだ人が足りないわね。

伯母  そうね、じゃ、あなた松明持つ?。

嫁   私? タイマツ、何ですか?

葬祭社 (荷物を探って取り出し)これです。紙の松明。昔、明かりをともすのに使っ

    たものですね。

伯母  父親の時、これに本当に火を付けてさ、焼き場の窯の裏に回って、小さな窓が

    あってさ、そこから兄貴がこれ放り込むと火がついて…今はボタン一つだもの

    ね。

嫁   これで俊一さん、焼くんですか!

伯母  ばかなこと言わないで。昔はそうだったっていう話をしただけなの。

葬祭社 昔はそんなこともあったんでしょうね。松明は先頭になりますので、二番目の

    四華花持っていただいてよろしいですか。

嫁   シカバラ

葬祭社 「しかばな」です。これです。白い花。お釈迦様が亡くなったときに、沙羅双

    樹の花が白くなったということからきているようです。

母   じゃあ、松明は銅町のおじさん、仏飯はおばさんでどうかしら。

伯母  いいんじゃない?

    明日、火葬場は喪服だからね。あなたのは平安葬祭さんから借りましょうね。

    でも良い季節でよかったわ。夏の真っ盛りだの、冬の大雪のときなんかだった

    ら大変。最近はお寺の本堂もクーラーや暖房が効くみたいだけど、あそこのお

    寺は冬は石油ストーブ、夏は何も無しだからねえ。

    香奠、うちは二万円くらいかしら。五七日もあるからねえ。五七日の引き物は

    決まってる?

葬祭社 はい、喪主様に先ほどお決めいただきました。

母   カステラにしちゃったけど。

伯母  そう。軽くて良いんじゃない。昔は葬式饅頭一箱に砂糖一袋って決まってたけ

    どね。なにしろ重くてさ。うちからのお供物はどうしようかしらね。

葬祭社 こちらにパンフレットがありますのでどうぞご覧ください。

伯母  うーん、生花(なまばな)にするか盛籠にするか。

母   銅町のおじさんのところは生花ですって。

伯母  じゃあうちは盛籠か。

嫁   (パンフを見ながら)盛籠の中身って後で食べられるんですね。

伯母  そうね、でもお寺に置いてってくれなんて言われるからね。

嫁   お寺がとるんですか?

伯母  お寺もいろいろ必要なのよ。乾物と缶詰でいいわ、これにしよう。二万一千

    円。名札はね、「深瀬安吉」でお願いします。普通の深瀬に安は大安の安、吉

    は大吉の吉。

葬祭社 承知いたしました。

伯母  ああ、遅くならないうちに美容院行きましょうね。

母   そうですねえ。


     母、伯母、嫁、葬祭社員退場


さき  私たちはお葬式だけ参列すればいいよね。お葬式は喪服だよね。

みちこ 私、お母さんの借りるわ。

ゆき  着物?

みちこ ううん、洋服。

ゆき  私、リクルートスーツでいいかしら?

さき  いいんじゃない。私もそれしかないし。

ゆき  美容院行く?

みちこ 親戚じゃないし、そこまでいらないんじゃないかな?

さき  数珠と香奠は絶対忘れちゃだめよ。

ゆき  香奠っていくらぐらい?

さき  そうねえ、(片手を広げて)これでいいんじゃない?


     三人うなずく。


さき  それにしてもなつかしいねこの台本。

なおこ 阿古耶姫のお話、タイトルは『ささやき』。大きく二部構成になっている。前

    半は阿古耶姫伝説そのまま。後半は戦争中の日本の話になる。徴兵され、明日

    は出征という大学生が許嫁の女学生に告げる。

ゆき  戦地に行けば戻って来れないだろう。婚約は破棄したい。あなたをこんな若さ

    で未亡人にはできないから。

さき  そうして男は女を抱き寄せて、ささやく。

ゆき  あー良かったなあ。あなたに嫉妬してたのよ、私。

さき  あれは今思うと、名取太郎や戦争中の学生の台詞を借りて、先輩がみっちゃん

    に告白してたのね。役の名前も「みちこ」だったし。

みちこ ええ?私だけじゃなくて、本名が役名って多かったじゃない。

ゆき  私なんて役名もなかったもん。「村人2」とか。

さき  ひがまないの。

みちこ このお話について、先輩はいろいろ説明してくれたけど、よく分からなかっ

    た。死んで行く男の恋心を受け止める女の気持ちってどんなだろうとか。

    でもあの後ずっと考えてた。


     なおこ、台本を持って立ち、読み出す。みちこに語りかける感じ。

     劇中劇に移行すると音楽が入る。みちこは台本を見ずに台詞を言う。


なおこ 私は、人間ではないのです。

みちこ え?

なおこ 出羽の国千歳山のいただきに立つ松の木。それが私です。

みちこ …。

なおこ 私はもう何百年も生きてきました。古く、大きくなったばかりに、私はこのよ

    うな姿になる力を持ちました。樹木の身でありながら、人間に恋するという、

    だいそれたことを思うようになりました。でもこの心はどうしようもない。

    人間でない私を、あなたは愛してくれますか?

みちこ 私の心は、たとえあなたが何であろうとも変わりません。

なおこ 名取の村人たちは橋を流されて困っているでしょう。その人々が私を伐り倒し

    て橋を架けようとしている。たしかに、私が川底に足を踏ん張って立ったな

    ら、どのような洪水にも負けないでしょう。

    しかし、人々を救うために私はあなたとの幸せを失わなければならない。

ゆき  千歳山の松の木を伐り、それで橋を架ければ流されないとのお告げがあった

    ぞ。

さき  おお、あれほどの大木であれば、かならずや我らの救いとなってくれよう。

なおこ 私は伐られるわけにはいかない。鋸が挽いたおが屑は一晩のうちに元に戻しま

    しょう。そうすれば、いつまでも伐り倒されることはない。


     SE、鋸を挽く音


なおこ 人間もかしこい。おが屑を焼いてしまえばいいと気づいた者がいます。これで

    はもう、三日ほどで私は…。


     SE、木の倒れる音


みちこ 太郎様!

ゆき  やった。とうとう千歳山の松の大木を伐り倒したぞ。

さき  枝を払って、綱を付け、峠を越えて陸奥国へ。

ゆき  やや、なんということ、峠まで来たところで、どのように牽いても少しも動か

    なくなった。

さき  まるで松の木が先へ行くのを嫌がっているようだ。

みちこ もし、村の方々。

ゆき  はい。これはどこの姫様か知りませぬがこのようなところへ何用で?

みちこ わたくしは、信夫の里に住まいする阿古耶と申します。夢に、千歳山の松が伐

    られるのを見ましたが、もしや、これがその松?

さき  はいさようで。ところがここまで来て少しも動かなくなりまして、難儀してい

    るところでございます。この木で橋が出来るのを多くの者が待っているのです

    が。

みちこ そうですか。この松も伐られたくはなかったでしょうが、多くの人々を救うた

    めの、尊い犠牲なのでしょうねえ。


     みちこ、松の木に見立てた長机に向かって、何かを二度ささやく。

 

ゆき  何をしておいでですか?

みちこ いえ…、さあ、牽いてください。

ゆき  おお! なんとしたこと。松の木が動いた。

さき  まるで自ら滑るように進んで行くぞ。

みちこ 私は千歳山に庵を結び、あなたの菩提を弔いましょう。あなたが残した切り株

    に若松を植え、大きく育つのを見守ります。


     暗転 音楽は続く


第3場 三日目(午後) 出棺火葬


     明転

     伯母、嫁、みちこ、ゆき、さき、なおこ

     火葬場に行く人はみな喪服。


主婦  すみません、玄関に盛籠届けに来てますけど。

伯母  どちらさんから?

主婦  「深瀬安吉さん」ですって。

伯母  あら、うちじゃない。(嫁に)あれえ、お寺に持って行ってって頼んでくれた

    んでしょ?

嫁   お寺だと取られるでないですか?

伯母  もう、ここに持ってきたら、またお寺に運ばなきゃならないじゃない!

    すみません、お願いしてお寺に持って行ってもらってください。

主婦  分かりました。(玄関に去る)


     入れ替わりに上手より女性が入ってくる。


なおこ 松田先輩!

さき  来てくれたんですね。

松田  卒論のプレゼン、どうしても抜けられなくて。遅くなっちゃった。

    火葬の前に顔見たかったんだけど、佐藤君、もう霊柩車に乗せられちゃったの

    ね。みっちゃん、大丈夫?

みちこ はい。

松田  でもこんなことになるなんてねえ。

    そういえばこれ、あのときの台本、持って来た。

なおこ これで三部ですね。私のとみちこのと。

松田  みんな考えることは一緒ね。


     霊柩車のエンジンをかけようとする音

     男たちの声

     葬祭社員が玄関から入ってきて電話する。


葬祭社 もしもし、渡辺です。霊柩車が故障して、どうしても動かないんです。男の

    方々が喪服を脱いで修理しようとみてくれているんですが。

    JAFを呼びましょうか。

伯母  あら、なんでしょうねこんな時に。


     伯母と嫁、玄関に出て行く。


葬祭社 代わりの霊柩車ありませんかね? 出払ってますか。困りました。ちゃんと整

    備しておいたんですよねえ。バスだけ出してもしょうがないですよねえ。

    斎場の方に若干遅れると連絡しますね。

さき  遅れちゃうわね。

ゆき  これって、「名取太郎」じゃない? 行きたくないのよ! 先輩。

松田  そんな…

なおこ ねえ、あのとき、なんてささやいたの? そりゃ、観客には聞こえなくても良

    いんだけど、その言葉は先輩と話して決めていたんでしょ?

さき  みっちゃん! 言ってあげて。きっと待ってるんだわ先輩。


     みちこ、何も言えない。

     SE、自動車のエンジンがかかる音


葬祭社 あ、動きました。動きました。

    大丈夫なようです。このまま斎場に向かいます。

    親族の方、皆様バスにお乗りください。お乗りになりましたかー。


     葬祭社員、玄関へ。


ゆき  動いちゃった。

さき  お芝居じゃないものね。

ゆき  なんで何も言わなかったの?

さき  ゆき?

ゆき  私さ、どうしても、みちこが先輩のこと本当に愛していたのかどうか分からな

    い。

さき  ゆき!

ゆき  あのKY女の方が愛していたんじゃないかと思う。

なおこ そんなことない!

松田  ゆきちゃん、違うのよ。佐藤君は本当にみっちゃんを愛していたし、みっちゃ

    んも…

みちこ 私!(立ち上がる)

主婦  お見送りですよ。みなさん早く出てください。


     全員そそくさと見送りに出て、舞台無人となる。

     SE、霊柩車の長いクラクション

     みちこたち、もどってくる。しばし悄然。


ゆき  火葬ってどのくらいかかるのかしら。

なおこ 一、二時間じゃなかったかな。おじいちゃんの時、みんなで待合室でお茶飲ん

    で待ってた。

さき  演劇部がこれだけそろって台本も三部ある。何かの縁かもしれないから、ここ

    でお芝居しちゃう?

ゆき  細かいところ忘れちゃったけど、なんで後半が戦争の話になるんでしたっけ?

    阿古耶姫伝説だけじゃ一時間にならないから作ったんでしたっけか。

なおこ 違うよ、はじめから二部構成になっていて、現代の部分は伝説の再現っていう

    か…。

松田  はじめは、伝説の中の登場人物が生まれ変わって戦争に出遭うっていうのも考

    えたんだけど、作っていくうちにあまり関係なくなっちゃったんだよね。

    この物語の後半は、佐藤君と私たちが部員のお婆ちゃんに取材したの。その方

    の夫は山形の聯隊に所属して、沖縄で戦ったの。山形聯隊の兵隊は大半が戦死

    して、お婆ちゃんのもとに帰ってきたお骨の箱には、名前を書いた紙きれが入

    っていただけだったって。


     松田(先輩役)を加えての劇中劇

     男と学友たちとの会話の場面から

     みちこははじめ乗り気でない様子


松田  自分たち学生もやがて兵隊として戦地に行かなければならない。しかし、祖国

    を守るために戦争に行くことは、敵兵を殺しに行くということでもある。その

    敵兵にも親兄弟がおり、妻や子がいるだろう。殺せば必ず悲しみと怨みを残す

    ことになる。

ゆき  しかし、昨年の後半から、米軍は都市に対する無差別爆撃をはじめている。一

    般市民を殺傷する行為は断じて非人道的な犯罪である。これを許すわけにはい

    かない。我々が命をかける以外に、これを止める手段はない。

さき  家族を焼き殺された人々の悲しみ、怨みはどうするというのだ。我々が代わっ

    て仇を討ってやるしかなかろう。

松田  それはそうだが…

ゆき  お前は許嫁がいるからな。心残りなんだろう。

松田  いや、この状況ではそんな個人的なことは捨てるべきなんだろう。

なおこ まだ学生だった男も繰り上げ卒業となり、徴兵された。男の所属した聯隊は沖

    縄に派遣され、圧倒的な戦力を持つ米軍との戦いに臨むこととなった。

みちこ ご武運を祈ります。必ず生きて帰って下さい。待っています。

松田  みちこさん…まもなく出征するのですが、自分たちは認識票をもらっていませ

    ん。

みちこ ?

松田  認識票は、戦場で死んだ時にその死体が誰であるかを識別するためのもので

    す。

みちこ え?

松田  つまり、自分たちは遺骨も残さず、日本本土防衛のための捨て石になるので

    す。

みちこ そんな…。

松田  自分は喜んでこの身を捧げます。ですから、自分との婚約は解消してくださ

    い。あなたは誰かもっと良い男と末永く添い遂げて下さい。自分はあの世であ

    なたの幸せを祈っております。あの世からあなたをお守りします。

みちこ そんな。嫌です! 死なないで! 生きてください。

松田  みちこさん。


     二人抱き合うはずが、みちこは背を向けて泣き崩れてしまう。

     泣き続けるみちこ

     暗転(時間経過)、暗転中に音楽

     台所で待っている5人。

     火葬場から帰ってくる人々。伯母、嫁、葬祭社員など控えの間に入ってく

     る。


伯母  あーあ、人間なんてほんとにはかないねえ。「朝に紅顔あれど夕べには白骨と

    なれる身な~り~」ってね。

嫁   お骨、白くて熱かったですね。ハシが焦げるかと思いました。

 

     遺骨の箱を抱いているのぞみ、奥から控えの間を通り台所へ来る。


なおこ みちこ、のぞみちゃん…。


     みちこ、立って迎える。


のぞみ みちこさん。これ、お兄ちゃん。

みちこ (骨箱を受け取り、抱きしめる)…ごめんなさい。

のぞみ 何をあやまるの?

みちこ ううんそうじゃないの。だけど、あのときのささやき…。

なおこ え?

みちこ 今、本当に意味が分かった気がする。


     みちこ、骨箱を抱いたまま、座り込む。みんな、まわりで見ている。


みちこ …ごめんなさい。(暖かい響きで)


     音楽(幕切れまで続く)

     暗転


第4場(エピローグ) 四日目(午前中) 寺への出発


     明転

     母、のぞみ、伯母、嫁、控えの間にいる。


伯母  (母に)あなた和服で良かったわねえ。私、どうもおなかの辺りがきつくっ

    て、縮んだのかしらこれ?

のぞみ おばさん、ウエストが増えたんじゃない?

伯母  下っ腹にお肉がついちゃったのね。あんたもいずれこうなるのよ。

のぞみ なりません。

葬祭社 (上手より来て)お寺までのマイクロバスには親族の方がお乗りください。

    お寺では祭壇に向かって左側が親族席になります。喪主様から、ご縁の近い順

    にお座り下さい。

 

     みちこたち上手より入ってくる。


葬祭社 位牌は喪主様、遺影は妹さん、遺骨は深瀬様持って下さい。

    (みちこたちに)あなた方はご自分の車でいらっしゃいますね?

なおこ はい、私の車で四人いっしょに行きます。

嫁   私、このシタバラでいいですね。


     一同ギョッとする。


葬祭社 はい!? ああ、四華花…。それで結構ですよ。

伯母  もうここには戻ってこないから、荷物忘れないでねー。


     伯母と嫁、葬祭社員、玄関に出る。


なおこ 私たちも行こうか。じゃあ車に乗って。

母   みちこさん、私達とバスに乗って、お寺でも親族席に座ってくれない?

    あの子も喜ぶと思うの。

みちこ …でも。

母   俊一は自分の身を捨てて人を生かしました。でもそんなことは、自分を本当に

    思ってくれて、自分も本当に思っている人がいなければ、できないんじゃない

    かしら。その人を悲しませることになっても、男は自分のことを泣いてくれる

    女がいれば、命がけで人を助ける勇気を持てるんじゃないかしら。そう思う

    の。あなたは俊一の愛した、ただ一人の女なんだから、ね。

みちこ …はい。(行きかけるがふりむいて)なおこ、ごめんね私…。

なおこ いいから、早く行きなさいよ。


     みちこと母、のぞみ、マイクロバスに乗るため上手玄関へ向かう。

     見送る友人たち顔を見合わせ、上手に去り、障子閉まる。

     音楽高まって、

     幕

 

 

【参考資料】
「郷研通信第3号―あこや姫伝説をさぐる―」山形北高郷土研究部(平成4年3月)
消防団のしおり」山形市消防団本部(平成23年4月)

【取材・協力】
平安典礼「セレモニーホール山形(鉄砲町)」
山形市消防本部総務課

1945年8月15日以降の韓国における農地改革(朝鮮半島における土地制度の変遷)その12 書堂と普通学校

 いささか停滞気味であるが、調べると次から次に疑問が出てきて、資料を探し、統計の数字を読みとってまとめるのに時間がかかっている。そして関心はすぐ横道に逸れるので、今回も番外「朝鮮の初等教育 ― 書堂と普通学校」にしようかと思ったのだが、取り敢えず、本当に取り敢えず、UPすることにした。

 

 

承前

 

  概観2 農村共同体内の変化

 

 『植民地権力と朝鮮農村社会』(松本武祝1995)「3.朝鮮における農民社会の展開 」にまとめられているところでは、

 15世紀に普及した周到な施肥法によって高麗時代以降の休閑法が克服された。農村では、奴婢・従属的零細農民を使役しての士族直営大農業経営にかわって、小農民経営が先進的な生産様式として成長した。16・17世紀には更なる農業技術の発展が農業の労働集約度を高め、家族労作的な小農民経営の安定化をもたらした。この過程で朝鮮農村に農民を構成員とする村落が形成されていった。村落は一般に「」ないし「」と呼ばれ、地方行政の末端単位としての位置づけられた。(朝鮮の地方行政は、道ー郡ー面ー邑ー洞里という段階になっていた。総督府の場合、面を最末端とした。)

  施肥量増大のため、山林・草地の利用に関わる組織、あるいは水利組織が形成された。また労働集約化にともなう農繁期への対処として洞トゥレと呼ばれる村落レベルの共同田植え組織やプマシと呼ばれるより小規模な労働交換慣習、様々な形態の共同農業労働慣行を生み出した。

 

 「トゥレ」「プマシ」について、コトバンクを見ると以下のようである。

 「朝鮮の農村で行われる共同労働の一種田植や夏の除草などの農繁期に,農民どうしが労力を提供し合って農作業にあたること。日本の〈ゆい〉に似ている。プマシは部落内の親しい者どうしで組織される比較的少人数の共同労働であるが,同様の共同労働が全部落的に行われる場合には,トゥレtureと呼ぶ。トゥレも田植や,特に除草作業に際して行われることがもっとも多く,昔時は〈農者天下之大本〉と記したを立て,農楽(のうがく)を奏しながら共同作業にあたった。」平凡社世界大百科事典 第2版 

 また、「トゥレ(輪番)は組織ではなく、共同体的な制度である。何人かが共同で作業し、それぞれの耕地を順番に耕作してゆく。」(『日本統治下の朝鮮農業農民改革』山崎知昭2015)との説明もある。

 

 

  農村内の組織的結びつきの変化(契、書堂、入会地、墓地)

 

  「従来、村落内で完結していた水利組織や林野利用組織は、それぞれ機能組織として独立の度合いを強めていった。村落内では、相互金融のための各種「がそれぞれ構成員(性別、世代別、集落別、etc)を異にして作られていった。」

 

 は日本の「無尽」や「頼母子講」に似たもので、互いに金を(無い場合は労働力を)出し合い、融通するものだった。(半島南端部では「タノモシ」の呼称が伝存しているので、日本人との交流の中で使われていた言葉のようだ。)

 

 「19世紀にはいると朝鮮各地の村落に書堂契」が組織され、それを財政的基盤として書堂が設立され、農民を対象として初等教育が実施されていった。」(丁淳佑1991) 

 「書堂は植民地化以後もしばらくその数を増加させ、ピークの1920(大正9)年には2万5千箇所強に達している。ほぼ三つの村落(洞里)に一つの割合で設置されたことになる。」

 

 

 以下、テーマから逸れるが

 

  朝鮮の初等教育、「書堂」と「普通学校」について

 

 書堂は、一般に1人の先生が数人の子供を教える、村の寺子屋のようなものだった。その運営は各村の有志が支えたと思われるが、その経費は公立普通学校経費の1割くらいの規模だった。(もちろん生徒数も大きく違うが)

 総督府統計年報によれば、書堂は1911(明治44)年の1,6540から年々増加し、1920(大正9)年には25,482にまでなった。同年の洞里数は28,280だから、書堂は3割でなく9割近くの洞里に存在したことになる。しかし女子はほぼ排除されていた。

 

        年                       書堂数    男子    女子    1堂当り生徒数

 1911(明治44)年    16,540     141,034人      570人  8.6人
 1912(大正元)年    18,238   168,728人   849人  9.3人
 1913(大正2)年  20,268  195,298人   391人  9.7人
 1914(大正3)年  21,358  203,804人   297人  9.6人
 1915(大正4)年  23,441  229,028人   522人  9.8人

 1920(大正9)年  25,482  290,983人 1,642人     11.5人

 1925(大正14)年 16,873  203,580人  4,730人  12.3人

                         朝鮮総督府統計年報による

 

 1925(大正14)年に就学年齢に当たるような満8歳から14歳の男女人数を(同年の国勢調査年齢別人口から推計して)ざっと250万人とする。それで計算すると1925(大正14)年の「書堂」就学率は8%くらいではないか。(その内女子の割合は、女子が急増したこの年でも、やっと2.3%に過ぎない)

 

 1895(明治28)年、大韓帝国甲午改革では日本に倣って「小学校令」を制定したが、その後10年間実質的な成果はなかった。

 1910(明治43)年の併合後、朝鮮総督府は在朝日本人には内地と同じく「小学校令」を適用し、朝鮮人(日本語を常用しない者)には「朝鮮教育令」によって「普通学校」で初等教育を行った。

 

 1925(大正14)年の「普通学校」生徒の朝鮮人は(日本人も少数在籍)官立808人、公立367,505人、私立17,102人で合計385,415人。就学率は「書堂」の場合と同様に推算して15%くらいかと思われる。(その内女子の割合は14%くらい)

 従って朝鮮人の、「書堂」「普通学校」を含めた就学率は大雑把に計算して23%くらいになると思われる。学齢を狭めたり私立学校を含めれば若干高くなるだろうが、これは1930年の識字調査結果とも矛盾しない。普通学校卒業生延べ数から、より正確な値が出せるだろう。ただ、当時は入学した人数の半数以下しか卒業できず、多くの中途退学者がいる時代状況だったのを考慮しなければならない。

 なお1930(昭和5)年の国勢調査では、仮名も諺文(おんもん、ハングル)も読み書きできる者が(男女合わせ全年齢で)1,000人中67.5人という統計がある。ただ、24歳以下(1906年以降の生まれ)の年齢層では急に100人以上と増え、14歳以下では1,000人中160~170人程度である。初等教育(普通学校)を受けた人は仮名と諺文の読み書きが出来るとすれば、おおよそ16~17%の就学率だったと推測できる。

 

 「書堂」は併合後も普通学校の補完的なものとして継続された。しかしごく小規模で経費も少ない「書堂」での教育内容は、両班層が教師だったせいもあり、漢文の素読のような儒学講義が主で、人格形成を主目的としていた。それは近代化を目指して総督府(日本)の考える、国家に有用な人材を育成するといった文明開化、富国強兵的なものとは違っていた。そのため私立学校の増加(それは多くの場合公立学校へと転換されていったが)もあり、1920(大正9)年をピークにして徐々に淘汰されていったようだ。

 書堂契によってまとまっていた部分は、教育は公立普通学校として行政の下に管理されるようになった。農村金融は、金融組合設立によってこれも行政の指導の下に置かれていく。旧制度の解体から、新制度による新たな農村の組織化という流れである。

 

 書堂については、その歴史、実態など、ブログ「韓国朝鮮よもやまばなし」の記事がとても具体的かつ詳細で参考になります。

 336.小中一貫校?(書堂ソダン) | 韓国朝鮮よもやまばなし

 

 

 一方、公立普通学校数は次第に増加していった。しかし義務教育ではなかったし、低額ながら授業料が必要だったので、就学率は低かった(日本においても授業料無償になってから就学率が上がった)。 それでも普通学校の収入は、1912年には「恩賜金利子」が29%を、1920年には「地方費補助金」が36%を占めている。

  

  公立普通学校

   校数  男子生徒  女子生徒   計  1校当り生徒数  授業料       1人当り授業料

1912   341   37,948     3,115       41,063     120.4          2,113   0.1円 

1920      641     90,815    11,209    102,024     159.2       120,076      1.2

1925   1,242   313,702     52,039    365,741     294.5    2,370,892     6.5

1930 1,644 390,454    78,288    468,742  285.1  

1935 2,274 549,913     137,164    687,077  302.1   

                          朝鮮総督府統計年報による

 

 公立普通学校の授業料は、収入総額を生徒数で割った値で出してみた。1921年1.3円、22年3.4円、23年6.2円、24年7.4円、と急騰しているように見える。

 1925年の公立小学校(日本人)の授業料はよく分からないが4.3円くらいか。

 

 「1930年代半ばにようやく各面に1校の普通学校ができた」という。

 1930(昭和5)年時点では、普通学校数は官立公立で1,752校、当時の朝鮮の面数は2,464だから普及率は7割である。

 

 普通学校を義務教育にしなかったのは、当時の教育の実情(施設、教員の確保その他諸々)からである。一気に近代教育を普及させるには無理があるとみなされたのだ。

 最初、8歳から12歳の就学年齢を広げ、14歳までの入学を認めた。みんな一年生ということである。まだ一律同年齢の学年を作れる状況には至っていなかったのだ。

 なお、普通学校は1938(昭和13)年の第3次朝鮮教育令以後、「小学校(二部)」となり、1941(昭和16)年の国民学校令で「国民学校」となった。独立後の韓国でも1995(平成7)年まで「国民学校」と呼称していた。

 

 ついでに、  

 韓国統監府時代には、「国語」(朝鮮語)と同等に「日語」(日本語)の授業があった。併合後は日本語が「国語」になった。が、それは日本語を公用語として普及させる(日本人化=皇国臣民化する、という表現もあるが)というだけでなく、日本語に翻訳された書籍によって海外の先進的知識が得られるようになるという側面もあった。日本語を習得すれば、各分野で多くの外国語(英仏独)文献が(漢文も含め)読めるのは大きな利点であると考えたのだろう。

 こんな中、朝鮮のナショナリズムからすれば、母国語を重視しハングル教育熱が起きるのは当然なことだった。しかし、それが独立運動と関わったりすれば、大東亜戦争下の日本としては到底許容できず、過剰に日本語の強制を進めることになったのだろう。

 

 

 参考まで、明治時代の日本の初等教育就学率について の文科省資料をリンクします。

 四 小学校の普及と就学状況:文部科学省 (mext.go.jp)

 

雑感 2021年4月9日 桜満開 教員数不足調査

 桜満開。観測史上最も早い開花(5日だったか)だが、今日の寒の戻りで散るのは遅いだろう。馬見ヶ崎川(馬畔という雅称が有る)桜ラインのライトアップも、寒くて人出も少ないようだ。霞城公園には多くの人が堀沿いの石垣を巡って(一方通行)桜を満喫している。昨年は公開しなかったと思う。今年も城内での商店街の出店などは無い。

 

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           2枚とも4月7日午前撮影の霞城公園 

 

 文部科学省が義務教育の教員不足について調査するという。

 現行40人学級から35人学級への転換を進めるためだと言うが、現状、全国的に見れば平均して35人を下回っている。令和2年度の統計では、公立小学校で(特別支援学級を除いて)36人を上回る学級数は全体の8%。40人を上回る学級数は全体の0.04%に過ぎない。ただ公立中学校では36人~40人の学級数は全体の26.7%有るようだ。

 現在、小学校1年生(7歳)の人口をざっと100万人として、70歳の人口は210万人を超えている。圧倒的少子高齢化であるから、将来、児童生徒数は減少してゆく。生徒数の減少は1学級当りの児童生徒数の減少になる。様々な場合を想定して、自治体にもよるが、20人程度の学級も許容されているのだから、中学校においても、学級数=教員定数を維持しながら35人以下学級を達成することはある程度可能だろう。

 では教員不足は何処でどうして起きているのか。高校をみると、急激な中学生の減少に伴い統廃合を進めているが、その外に各校で学級数を減らしている。私立高校の経営の問題もあるので公立高校の定員を(40人ずつ)減らしているのだ。学級数が減ると教員定数も減る。すると以前のように校務分掌を割り当てることができなくなる。教務課に図書課を統合し、生徒課と保健課を統合するなどの手段で課長、専任を減らす対応をしている。授業以外の学年業務も、担任の数が減るので各自の分担が多くなる。これまでの仕事をより少ない人数でこなすため、忙しくなるのは当然だ。学校行事の精選によって対応できる部分もあるだろうが、学校生活の味わいや学校の個性は薄れてゆく。

 また、公務員は一旦採用してしまえば、後40年は雇用し続けなければならず、中途で止めさせることができない。雇用保険も無い。だから将来の需要減を見越して新規採用者数を絞っているのだろう。無駄な公務員を減らせというのが世論だからだ。それで、当面は正規教員の不足を臨時採用、時間講師などで対応している。将来は解消するだろうから。だが、病気による休暇、出産育児による休暇が増えると穴埋めが大変なことになる。講師の募集に向けて待機している退職者もいるが、免許更新制度によってこの予備軍も減少するだろう。人に困れば教員免許を持つ大学院生などに頼む場合も出てくる。

 この免許更新の負担感(時間的、金銭的負担もある)もかなりのものがあるようだ。夏休みに自分で大学に申し込まなければならない(地元で受けられない場合は他県に行ったりする)。そのわりに内容が無い。ちなみに教員の夏休み(夏季特休)は、6日間だったか、有る。生徒のように一月も休めるわけではない(大昔は「自宅研修」という名目で休むことができたが、世間様の批判が強くなって無くなった)。

 今年度の大学入試センター共通テストに関して、国語の記述式解答化、英語での民間検定試験成績の利用など革新的な試みはいずれも頓挫した。この学年は本当に可哀想なほど振り回されたのである。その経緯や、コロナ禍で強く推奨される授業のオンライン化が進まない状況も、文部科学省の政策があまりに現場感覚から遊離している、あるいは根本的でない上っ面の思いつき的な改革に過ぎないという批判を受けている。この教員不足調査についても、現場は「何を今更」という感覚で聞いたのだろう。

 部活動顧問の仕事に対する批判も多い。本来の業務で無く課外活動なのに重い責任がある。運動部で全く経験の無い種目に当たると戸惑ってしまう。その種目の(顧問、競技者の)世界というのがあって素人はなかなか入り込めないのだ。そして、大会はともかく、練習試合、遠征、合宿などを計画しなければならず、その引率の責任がある。専門のコーチがいればおまかせで、ただついて行く顧問になれば気安いが、休日が無くなるのは同じだ。

 もろもろの問題から、教員は「ブラック」な仕事と見なされている。これはイメージだけのことではないので、今から給与待遇を良くしたとしても、教育に携わろうとする人材は増えないのではないだろうか。過去の「学校」「教師」の姿はもはや取り戻せないのだろうと思う。

 

 今でも、これだけインターネット環境が整ってくると、本当に学びたいことが有る子供は、それを学校以外でも自由に学べる環境にあると思うので、「学校」は「最低限のこと」の徹底に注力し、多くの部分を個人に任せるか社会教育に譲ってゆくしか無いだろうと思う。できる子供には「飛び級」というルートを設けてあげるのも必要だと思う。

 高校2年からの大学入試共通テスト受験―入学、中学2年からの高校入試受検―入学を許可するだけでもかなり違ってくるのではないか。これなら大きな学級数増減無しで、優秀な人材が勉強に集中して育っていくことができそうだ。

雑感 2021年4月3日 明日は清明 重松髜修

 2月末に5ヶ月間の臨時の仕事を終えてから一月経った。出勤しないせいか長く感じた。この間、実家のリフォームなどゴタゴタあって暇でもなかったこともあるのだろう。

 リフォームと言えば、今住んでいる借家は築40~50年の物件なので、自分が高校生くらいの頃の「昭和の家」である。トイレはさすがに水洗、洗浄機付便座であるが、台所には換気扇、風呂場はタイル貼り(かなり剥がれてきた)。それでも昭和の人間だから全く不自由は感じない。

 実家は築30年なので少し進んでいて、台所にはレンジフードなどがあったが、今回の改修ではフードというようなものがそもそも無く真っ平らで、自動で作動し、自動で洗浄するものが付いた。令和の台所になったのだ。風呂もユニットバスになり、まあ自分などはホテルかと思ってしまう。

 納戸を半分改造してクロゼットにし、2箇所あったトイレの一つを、狭いが書庫にした。本棚はまだ無いので、届くまでに本の整理をしている。自分の大学時代の本などがあるし、昭和30年代後半の漫画雑誌などが結構取ってある。これがヤフオクとかメルカリで売れるらしく、皮算用だけはしている。

 本も、自分が死んだら子供たちが処分に困るだけだから、さっさと捨てるか売り払うべきだろう。大抵の本は図書館かウェブで読める。

 

 田中邦衛88歳と沢村忠78歳の訃報。テレビで親しんだ方たちなのだが、時は進み、こうして人は亡くなって行くということがますます納得されてくるのである。あと10年、20年何ができるか、何がしたいのか。ぼんやり暮らすのも良いが(実際ぼんやりしているし、この時節出歩けないのだが)せっかくだからやりたいようにやって終わりたい。

 

 今このブログで調べているテーマについて、同じような追求の仕方をしている本があって、注文した。それは『日本統治時代の朝鮮農村農民改革』(山崎知昭2015)という本で、目次は次のようである。自分は、この目次で言えば第一章第一・二節に多くを割き、ロシアの南下については触れず(外交的な部分は除いている)第二章第二節まで来ている。

 

  • 第一章 日本統治以前の朝鮮半島
    • 第一節 一九世紀後半における朝鮮社会の様子
    • 第二節 中間搾取人の存在
    • 第三節 ロシアの南下と朝鮮半島
  • 第二章 統監府による大韓帝国改革政策
    • 第一節 宮中と府中との財政分離および貨幣整理
    • 第二節 土地調査事業の実施
    • 第三節 地方金融組合の設立
  • 第三章 朝鮮総督府による朝鮮統治の実態
    • 第一節 朝鮮総督府が目指した朝鮮統治とは
    • 第二節 農民改革の末端を担った朝鮮金融組合
    • 第三節 農民改革へと繫がった農村振興運動
  • 第四章 日本統治終了後からセマウル運動開始までの農業政策
    • 第一節 米軍政庁時代における農業政策
    • 第二節 大韓民国樹立後の農業政策
    • 第三節 新しい農民運動とチャルサルギ運動
  • 第五章 一九七〇年代に韓国で展開されたセマウル運動
    • 第一節 韓国の自立を目指した朴正煕
    • 第二節 勤勉・自助・協同を唱えたセマウル運動

 

 今、自分の調べは朝鮮農村における互助組織「契」と総督府の農村政策や朝鮮金融組合に至ろうとしているわけだが、最終的に日本敗戦直後から大韓民国成立までの土地制度の変遷、日本人所有地の処分、その後の農地改革について見る予定なので、この本はまさにうってつけであるようだ。届くのが待ち遠しい。まあ、読んだらそれでこの調べ物も終わってしまう、ような気がしないでも無いが。

 

 日本人所有地については、徹底的に調べたはずが、今でも小さな区画が残っているのが判明し、それを韓国政府が接収しているという報道がある。土地登記制度があるはずだが、戦前に日本人名で登録したものも多く、その判別に苦労しているらしい。朝鮮戦争で資料が散逸したこともあるのだろう。

 

 朴正熙の「セマウル運動」が、勤勉、自助、協同など戦前の農村振興運動に似た内容だったことは知られている。戦前は倹約、貯蓄なども奨励された。最近知ったことだが、朝鮮金融組合の社員(理事)が農民生活向上のために私財をなげうち、成功した例がある。

 それは『朝鮮農村物語』(重松髜修(まさなお)昭和16年、続編は昭和20年)に詳しい(ただし、原本は読めていない)。この方は「卵から豚へ、牛へ、土地へ。」という考えで、最初白色レグホン(名古屋種とも)の有精卵(重松が自費で準備)を農家に配る。農家は孵化した鶏を育て、その鶏が産んだ卵を金融組合を通じて売る。その売り上げを貯金する。10年我慢して、耕作に必要な牛が自前で買える。というものだった。しかし、農民はなかなか信用してくれない。白い鶏は縁起が悪いなどとも言う。細々と一部の農家が続けたが、数年して、ある女性が目標を達成し、牛を買う。人の牛を賃借りしなくても良いし、糞は肥料になる。これを見て外の村人も信じるようになった。牛ばかりで無く、土地を買い、子供の教育費も出せた。

 それ以前には、いくら節倹を呼びかけても、貧農は生きるのに精一杯でその貯金に回せる原資が全くなかった。一人の日本人が立ち上げた養鶏という事業によって、初めてその原資を得たのだ。重松は水田の少ない朝鮮北部でこの事業を行った。戦後、彼はかつて彼の指導した村の出身者に助けられ、北朝鮮から脱出、帰国する。

 なお、彼は三一万歳事件当時銃撃されて足を負傷している。

1945年8月15日以降の韓国における農地改革(朝鮮半島における土地制度の変遷)その11

 

 【 土地制度の変遷と朝鮮農村の変化 】

 

 いよいよ農村の変化について書いていくのだが、この「朝鮮の土地制度の変遷」シリーズでは寄り道をしながらも、次第にその実態・真相が分かってきた気がする。この道の研究者の方々には既知・常識の事でも一般には知られておらず、「日帝の土地収奪は有ったか無かったか」というような非常に単純な命題でしか考えられていない。(まあ、知識人と呼ばれる人でもそうなのかも知れないが)

 それを、自分なりに納得できるまで、事実・実際はどういう状況でどんなことが行われ、どのような変化が起きたのかを知るため、一次資料や先人の研究論文をおぼつかないながら読んで、自分の覚えとして書き付けている。

 

 

 韓国併合直前の朝鮮半島における農業と農村の状況

 

 概観1 19世紀民乱の多発と農村における指導者階級の形成 

 ウィキペディア李氏朝鮮後期の農民反乱」から引用。(下線を付すなどした)

 「農業、商業、手工業など各方面にわたる経済的成長は朝鮮両班社会の身分体制に変化をもたらし始めた。良人や中人出身の富農巨商たちは官職を買収するなど両班のように振舞った。一方、両班たちの中で小作農に没落して行く人々がいた

 また、良人である農民の中で小作農に没落する人々も多く、その中には農村を脱して一定の居所なしにさすらう人々もいた。しかし奴婢はますます姿を消していった。奴婢案に記載した公奴婢の数は相当だったが、彼らは事実上良人と違いがなかった。1801年には奴婢案さえ国家で燃やしてしまって、公奴婢たちは賎人身分を脱して良人になった。私奴婢はまだ残っていたが、これも徐々に消滅していった。このような身分体制の動揺は、さまざまな社会的な波瀾を起こすようになった。この頃相次いで起きた民乱はその結果だった

 19世紀に入って、外戚勢道政治が行われて綱紀がさらに紊乱することにより、民心は朝廷から離反していった。農民たちの不満と不平は、圧制が甚だしい社会では、まず陰性的な形態を帯びて現われるものと決まっていた。各地で掛書、榜書などの事件が相次いで起こり民心が乱れた。」

 「しかし農民たちの不満はこのような陰性的なことにだけに止まらなかった。まず火賊や水賊という盗賊の群れが横行した。それだけではなく民乱がまた頻発した。その主体はもちろん農民だった。しかし時には没落した不平両班たちが指導して大規模反乱に拡大する場合もあった。1811年に起きた洪景来(ホン・ギョンネ)の乱はその代表的なものである

 この外にも小規模民乱はほとんど休む間もなく全国的に起きた。1862年の晋州民乱はその中でも最も目立つものだった。このような民乱は、たいてい悪質官吏の除去を目的にする自然発生的なものだった。しかしそれは両班社会自体に対する反抗でもあった

 

 『植民地権力と朝鮮農村社会』(松本武祝、1995)から引用。(下線を付すなどした)

 「19世紀の「民乱」においては「饒戸」と呼ばれた富農庶民地主が中心的な役割を果たしたという(An Pyong-Uk. 1988 "The Growth of Popular Consciousness and Popular Movement in the 19th Century : Focus on the Hyanghoe and Millan."による)。彼等は、農村の商品経済化に対応して資金蓄積を遂げながらも、貧民救済という名目での国家による恣意的な税収奪の対象となったことで、「下層民の安定なしにには自分らの安定もない」ことを悟り、19世紀の農民反乱を主導していった。」

 「植民地期にはすでに「饒戸」という呼称は消滅しているが、村落においては、在村地主が引き続き「地方有志」としての社会的役割を遂行していたのではないか、と筆者は考えている。一方では「起業家」として資金蓄積を追求しつつも、他方では「地方有志」としての(そして時には両班身分としての)役割を担った彼らこそ、「コミュニティー倫理」、「個人主義」そして伝統的身分秩序といった村落における相互に対立し合う規範の狭間にあって、その調停に腐心しつつ、結果的にはその矛盾の中で自己変革を遂げて行かざるをえなかった階級として捉えることができる。」

 

 

 併合以前の1894(明治27)年、李朝末期に、高宗と開化派による「甲午改革」が行われた。その中で、奴婢は廃止、租税は金納となった。

 改革は政変の続く中ですぐに挫折するが、この租税金納化以後(それ以前の1876年、日本による開港から、さらに以前から起きていた変化であるとも言われるが)、朝鮮において商業的農業の発展が見られた。米や大豆の輸出が拡大し、そのため主として大地主が米を売り、自小作農が大豆や蔬菜の生産を拡大した。こうして農民に変化が生じ、ひいては農村に変化をもたらした。

 

  「雇傭」の実態からみる自小作上農層

 以下「朝鮮甲午改革以後の商業的農業:三南地方を中心に」(宮島博史、1974)と「植民地権力と朝鮮農村社会」(松本武祝、1995)に拠ってまとめてみる。

  商業的農業の担い手としての「雇傭」の存在が指摘される。彼等は小作地も持たない純然たる雇用労働者で、モスム(作男)と呼ばれ、当時の戸籍台帳に記載されている。

 南部三道の一部の戸籍台帳を分析した結果、全戸(10,489戸)の22%(2,297戸)が、1人以上の「雇傭」を持っていた(少なくとも3,215人以上になる)。

 地主階級は全農家の数%であるから、その中の幾分かが在村地主であったとしても全戸の22%になるわけはない。従って自作農、自小作農もまた「雇傭」を持っていたことになる。

 

 

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  1903(光武7)年の全羅北道鎮安郡 崔理文の戸籍台帳 下に「雇傭/男  口/女  口」の欄がある。

              「朝鮮甲午改革以後の商業的農業:三南地方を中心に」より

 

 少し時代が下がるが、1913(大正2)年当時の、農家の所有面積と経営面積別農家数をみると、1町歩から5町歩を所有する農家の戸数(1,715,700戸)よりも同面積を経営する戸数(2,457,524戸)の方が多い。つまり自作農がさらに小作地を借りて耕作していることになる。

 3~5町歩になれば1戸の働き手では足りず、農繁期だけあるいは年雇用で人を雇っていたはずである。経営する土地は地主(おそらく在村地主。不在地主の場合には舎音が介在するので自由がきかない)から借り、不足分の働き手は土地を持たない貧農から供給されたのだろう。(当時の総督府統計年報には、職業別人口の中で農業の「無業者」が載せられている。これは労働年齢に入らない家族を含むようだが、かなりの人数になっており、これが雇傭と重なっているのかも知れないが確認できない。)

 この資料では、全く土地を持たない戸数が全戸数の28%に及ぶと推定されている。したがって、貧農の多くが「雇傭」(年雇用の作男)となり、また農繁期臨時雇用労働力となっていただろうことが分かる。

 別に1922(大正11年)の全羅南道の統計では「殆ど一定の小作地を有せざる窮農」が27,533戸(総戸数356,195戸の7.7%)、3反未満の小作地を耕作する者72,482戸(同じく20.3%)とある(「小作問題と朝鮮の小作制」河田嗣郎1925)。 

 

 これら自小作農の場合は、トウ(水の下に田)(中間小作)のように、地代が低額なのを利用して地代と小作料の差額を取るのではなく、自ら耕作し経営規模の拡大、労働力の多投入により商品作物からの収益増を意図したものと言える。大地主(寄生地主)が専ら米を大量に販売(輸出)して利益を得る方向に動いたのとは違って、作物の多様化を行っている。

 こうして財力をつけた自小作上農層が村落の主導者になっていった。

 

  自小作上農層と在村地主、「饒戸」

 「地主と小作、二者の対立」という図式ではなく、在村地主・自小作上農層という階層が農村への影響力を持っていたことを知らなければならない。貴族両班層は都市部に住んで寄生地主化し、地方官僚・豪族らが在村地主化していたが、彼等が土地を大規模に所有していたとしても、そこを耕作していたのは必ずしも(奴婢・農奴的)貧農ではなく、経営者の側面を持った自小作農とその雇用者であったのだ。

 在村地主と自小作上農層の違いは、単純に言えば、前者が旧両班層で、自らは耕作しないという点にあるだろうが、自作も行う所謂「地主乙」も各村にいただろう。両班の地位を買う者もいた。またこの自小作上農層は、自小作農といっても雇用者を持つ点で「地主手作り」と似たようなものになるだろう。経営形態としては両者はかなり近かったのではないか。

 下の例(『朝鮮甲午改革以後の商業的農業:三南地方を中心に』より)の如く自小作上農層の場合でも自作地より小作地の方が広く、その意味では半地主的性格を帯びている場合もある。

 

 「而して小作人は我国の如く貧農のみならず十分の資本を有し比較的広大なる土地を借受け多くの労働者を雇入れ以て農業を経営する者あり此の如きは一種の借地農にして小作人と称するは稍々穏当を欠くの嫌なきにあらず是れ忠清南道の平坦地に於て間々行はるる」(『韓国土地農産調査報告書 京畿道・忠清道・江原道』有働良夫1905、カタカナを平仮名に直した)

 

 「李牧三は村にて所在(村長)をも務め上等農家の部に属するものにして農業の傍に飲食店をも営めり家族父子二夫婦に孫女年十歳のもの一人雇人男一名都合六名にして家に農牛一頭を飼養せり耕作する水田は温陽邑に住する進士前判書閔泳韶の持地合せて三町余賭地法に因りて耕作し外に自己所有の畑四反五畝歩を自耕せり(『通商彙纂』1895年20号所収「朝鮮国忠清道地法巡回復命書」、カタカナを平仮名に直した)

 

 上の例の後者では李牧三という上等農民が、在村(温陽邑)地主、官僚(進士、前判事。閔氏は貴族か)の所有地を、ほぼ自由に使える形(賭地法)で借地していることが分かる。

 甲午改革以後に賭地法による土地所有が進んだ原因は、賭地価格(土地使用権価格)の低下による。開港(1876日朝修好条規)前、哲宗(在位1849~1863)の頃には地価の20%前後だったものが、開港後高宗(在位1863~1897大韓帝国皇帝~1907)の頃には2~3%にまで下落したともいわれる。今、1910(明治43)年の総督府統計年報を見ると、全羅南北道で水田中等地の賃貸価格は売買価格の14%程度になっているので、20%から若干は下がったのは確かであろう。しかし、なぜ低下したのかはよく分かっていない。

 

 これらの在村地主、富農(かつての𩜙戸)、自小作上農層がどれほど一致、連続しているのかいないのかは分からないが、一部は民乱から農民戦争、独立運動にまで関わった者がいることも確かである。

 しかし、これら指導階級も、地主としての立場にある限り(小作人に対してどれほど温情的であったとしても)、自らを解体し、農民的土地所有を実現させることはできなかった。民乱を援助、主導しても、その攻撃する対象が悪徳官吏に加え、金貸し、富農、地主に及んだ時、自己矛盾に直面せざるを得なかったはずだからだ。

自作高校演劇脚本⑨『こぶたとチャールストン』

 


 『こぶたとチャールストン』 作、佐藤俊一

時    現在に限りなく近い未来

所    日本のどこか

登場人物 少年1(生徒)

     少女1(人顔のまま生まれた子)

     少女2(幼稚園児、生徒)

     少女3(幼稚園児、生徒)

     少年2(生徒)

     先生

     その他(母たち、聴衆、幼稚園児、生徒、大人たち、子供たち)

 

  初演 平成21年 山形県立山形西高等学校演劇部

 

 

プロローグ


     音楽とともに幕上がる。

     SE、産声

     赤ちゃんを抱いた新産婦登場。

     SE、産声の中に子ブタの鳴き声が混じってくる。


母1  (黙って赤ちゃんの顔を見せる。)どう見えます? 私にはブタにしか見えま

    せん…。何で私の子どもがブタなの! どうしよう~~。

母2  (同じくブタ顔の赤ちゃんを抱いて、照明の中に登場。)こんなことってある

    の? 一体誰に似たの? 何が悪かったの?

母3  (同じく)なんてこと…。でも、育てるわ。私。

母4  (同じく)ブタのどこが悪いのよ。みんなブタ顔で生まれてるじゃない。

母5  (同じく)かわいいじゃない。みんな同じブタだし。


   さらに数人の母が同様に登場して賑やかになる。

   人顔で生まれた赤ちゃんの母親、安心した顔で登場するが、周囲の雰囲気に、こ

   っそり退場する。


母たち 子ブタ、ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!


   ひとしきり盛り上がって、全員退場。


1場


   教団指導者登場。指導者の演説中に聴衆が増えていく。


指導者 神はお怒りです!

    神は、自らのお姿に似せて人をお作りになりました。決して、ブタに似せてお

    作りになったのではありません。なのに、なぜ、今子供たちはブタの顔をして

    生まれてくるのでしょうか?

    神はお怒りです!

    神は、罪深い私たちをお見捨てになろうとしているのです。

    そうです。世界の終わりが近づいたのです。

聴衆1 神はお怒りなのですね。

聴衆2 もう、普通の人間は生まれないのですか?

聴衆3 この世がブタだけの世界になれば、それはそれで普通になるのではないです

    か?

指導者 そうですね。確かにこの世はブタの世界になってしまいますね。このまま放っ

    ておけば…。

聴衆4 放っておけば?


   ブタ顔の赤ちゃんを抱いた母親登場


指導者 私たちは神の子羊にたとえられます。決してブタではないのです。神の子であ

    る私たちがみんなブタになってしまったら、神は私たちをお見捨てになるでし

    ょう。さあ、私たちは神の御心を取り戻すために何をするべきでしょうか?

聴衆1 何をすればいいのでしょう?

指導者 それは、みなさんが自分で考えなければなりません。さあ、神の御心を取り戻

    し、世界の破滅を救うのです!

聴衆2 何でもします。世界を救うためなら!

聴衆3 ブタがいなくなればいいのですね?

聴衆4 そうだ。ブタがいなくなればいいんだ。

聴衆1 ブタをこの世から消すんだ。


   聴衆盛り上がる中、母子、雰囲気におびえて逃げ出そうとする。


聴衆2 ブタだ!

聴衆3 ブタをつかまえろ!

母親  やめてください! この子はブタじゃありません、人間です!

聴衆たち ブタだ! その鼻はブタだ!

母親  この子がどんな顔に生まれようとこの子に罪はないでしょう!

    この子を産んだのは私なんだから、気に入らなければ私を殴りなさい!

聴衆  そうだな、お前もブタなんか産んで! ブタを消せー!

母親  やめてー!


   聴衆の攻撃を受けながら、母子は逃げ去る。指導者も退場。

   やがて、母子だけが再び登場。


通行人 どうしました? だいじょうぶですか?

母親  ブタを消せって…。

通行人 最近幅を利かせてる暴力教団ね!

母親  この子は何もしないのに…、ただ生きていたいだけなのに。…生きていくため

    に生まれたんですもの。

    この子を、どうか、お願いします。ぐふっ。ばたっ。

通行人 あっ! しっかりして! 死んじゃだめー! …死んだわ。

    …この子は私が育てます。安心してください。


   暗転


2場


   幼稚園の先生登場


先生  ねえ、聞いてよー。最近のさ、子どもってみんなブタの顔してるじゃない。

    みんななのよ、みんな。みんなブタ顔。

    私もさー、ブタの飼育するために幼稚園の先生になったわけじゃないからね

    ー。考えちゃうよねー。


   園児たち登場。皆、ブタ顔である。


園児たち 先生、おはよーございます。ブー。

先生  おはよー。今日もみんな元気だねー。

    でもそのブーはやめたほうがいいかなー。

園児1 先生、わたしたち、ブーって言うのが好きなんです。ブー。

園児2 先生、先生もブーって言って。ブー。

園児3 言って。言って。ブー。

先生  先生はね。ブタじゃないんだから、ブーって言わないのよ。みんなも、顔はブ

    タでも、中身は人間なんだから、ちゃんと人間らしくしましょうね。でない

    と、みんなトンカツにされちゃうぞー。

園児たち 先生こわ~い。

先生  ははは、冗談よ。…冗談だってば。ほら、恐がらなくていいから。こっち来な

    さいよ。…来てよ。…ブー。

園児たち ブー!(喜び)

先生  さあ、今日も楽しく遊ぼうねー。

園児たち …。(不満と期待)

先生  …ブー。

園児たち ブー!(喜び走って退場)

先生  走っちゃダメよ。危ないから。あーあ、聞いちゃいない。…いつまでこんなこ

    とやってんのかしら、私。結婚しちゃおうかな。でも、生まれてくる我が子も

    ブタかー。何かやだブー。

    …あれ? これやばいんじゃない? 癖になるブー。やだブー。やだーブー。


   先生退場


3場


   ブタ教団の指導者(ブタ顔)登場。


指導者 古い神は死んだのです。私たちは、新しい神から、新しい顔を授かりました。


   熱心に聞いているブタ顔の子どもと母親たち。


指導者 この耳、この鼻。これこそが新しい人類のしるしであります。

    世界の人々が、これまでの人種や民族、国境を越えて一斉に変化した。

    これが神の仕業でなくて何でしょう。

母親1 でも、まだ、私たちは認められていません。

    私たちを迫害する人たちもいます。

指導者 あなたたちの子どもは、神に選ばれた初めての子どもたち。新人類なのです。

    新人類は、旧人類よりも鋭敏な嗅覚と聴覚で、より深い感性に基づいた文化を

    築いて行くでしょう。人類の文明は、大きな変化を遂げる転換点に向かってい

    るのです。

    だから、あなたがたは新人類を生み出した母として、我が子を誇りに思いこそ

    しても、何も後ろめたい思いをすることはないのです。


   母親たち安心する。


指導者 しかし、この新しい神の時代に、今なお人顔で生まれてくるものがいます。

母親2 人顔の子を見ると、うらやましいなって思ってしまいます。

指導者 いいえ、人顔の子どもこそ、消え去るべき旧人類であり、存在してはならない

    ものなのです。

母親3 人顔の子どもこそ、消え去るものなんですね。

指導者 そうです。でも、私たちは人顔の子どもを消そうなんて考えません。そんなこ

    とをしなくても、彼らは自然に消えていくのですから。

母親1 私たちの子どもも、どんどん大きくなって、みんなが嫌でも認めるようになり

    ますね!

指導者 そうです。すべては神のご意志なのです。

    讃えよ、新しい神を! 栄あれ、新人類よ!


   みんなで歓喜


母親2 すみません。失礼ですが、あなたの、その鼻は?

指導者 あ、これですか? これは、(鼻を取り外す)看板のようなものですよ。


   指導者、母親、子どもたち退場。


4場


   小学校。登校してくる生徒たち。みなブタ顔である。

   各自、机と椅子を持って出て来る。(生徒4は持ってこない)


生徒1 おはブー。

生徒2 おはブー。ねえ、聞いた?

生徒1 何?

生徒2 ミオさ、美少女コンテストに出たんだって!

生徒1 へー。

生徒2 そんで、2次審査通ったんだって!

生徒1 へー! すごいじゃんそれ。

生徒3 美少女コンテストってー、ブタ顔になって初めてなんだよねー。

生徒2 ブタ顔の、初代、国民的美少女ってわけ。

生徒1 ミオってさ、耳立っててヨークシャー顔だよね。やっぱ、美人系はヨークシャ

    ー顔だよね。私なんて耳寝てて、体も胴長で、ランドレース系だもんね。

生徒3 私なんかデュロック系じゃん、色白じゃないし、顔はいまいちだよね。

生徒2 けどさー、バークシャーの黒豚とかー、あの梅山豚系なんか最悪だよね。

生徒1 梅山豚、最悪だよね。黒くて、皺くちゃで、耳超でかくて。はじめて見たと

    き、象かと思ったし。

生徒3 鼻の短い象~、てか。


   梅山豚系の顔の生徒登場


生徒4 おはブー。

生徒1 来た来た。梅山豚。

生徒4 なに?

生徒3 梅山豚。

生徒4 私のこと?

生徒1 いいよねー、梅山豚。頑丈で多産系だし。

生徒4 もしかして、馬鹿にしてる?

生徒1~3 してないよー、あはは。

生徒2 でもさー、大体、三元豚じゃん、みんな。なんとか系っても、純粋種なんて珍

    しいし。


   先生、入ってくる。


先生  おはよーございまーす。

生徒たち 先生、おはブーございます。

先生  だから、おはブーじゃなくて、おはよー。言ってごらんなさい。はい。

生徒たち おはブー!

先生  (ため息)(だめね。顔がブタだと心もブタになるんだわ。)

    ほら、ちゃんと前を向いて。話をしないの。何回言ったら分かるの?

    (ブタは人の3倍手間がかかるわね。)じゃあ、宿題を出しましょう。

    あら、また忘れたの!(やっぱりブタはダメねー。日本の将来は暗いわ。)

    (忘れ物の罰を与えて)ブタにはこれがお似合いよ。

    ブタはブタらしくしなさい。

生徒1 先生、またタバコ吸ったでしょ、トイレで。

先生  しませんよそんなこと。

生徒2 先生、何かだんなさんと違う男の人の匂いする~。

先生  な、何言ってるの。

生徒3 私たち、鼻が利くのよー。

生徒2 不倫だ不倫。

生徒たち ふーりーん。ふーりーん。ブーりーん。

先生  ば、ばか! ブーブーうるさいわね!(このブタどもが)。

生徒1 ブタですが、何か? 私たち、耳も利くのよ。

生徒3 ブタを差別しないでくださーい。

生徒2 先生! 私たち、「新人類」なのよ! 先生たちみたいな「旧人類」とは違う

    の! 今に私たちが大人になったら、先生たちは老人になって、絶滅していく

    のよ。

先生  新人類って、あんたたち、何様のつもり?

生徒たち 私たちは新人類! きたるべき未来は私たちのもの!

 

   子ブタたち、音楽(5ひきのこぶたとチャールストン)に合わせて歓喜の踊り。

   先生退場。踊り終わって、子ブタたち退場。


5場


   子連れの母親たち通りかかる。


母親1 あの家の子、ブタ顔じゃないんですって。

母親2 えー。今どき人顔なの?旧人類なのね。その子のお母さん、私たちみたいに新

    人類を産めなかったのねー。


   家の中から、人顔の女の子が登場。母親たち黙る。


少年1 (女の子に気づく)あ。

少年2 あー旧人類だ!旧人類ー。やーい。


   少年2、石を拾って女の子にぶつける。女の子泣く。

   母親たち、黙って見ている。

   少年1、少年2を止めようとする。

   泣き声を聞いて家の中から少女1の母親が出て来る。


母親3 何するの! やめなさい!(少年を叱る)

母親1 何すんのよ!

母親3 あなたの子が、家の子に石を投げたからじゃないですか。

母親2 その顔で他人様の前に出て来るのが間違いでしょ。

母親1 そうよ。旧人類のくせに、新人類を怒鳴りつけるなんて。

母親3 新人類がそんなにえらいんですか? ほんの少し前までは、あなたたちの子ど

    もの方が化け物扱いされてたのを忘れたの?

母親1 忘れたわそんなもの。今はそっちが化け物なのよ。ば・け・も・の。

母親2 どこかに行きなさいよ。目障りだから。

母親3 わからない人たちね。どこにいようと私の勝手です!(家に入る)


   母親たちぶつぶつ言いながら退場。石を投げなかった少年1、一人残っている。

   少女1がブタ鼻と耳を着けて出て来る。少年1隠れてしばらく見ているが、姿

   を現して声をかけようとする。


少年1 あの。

少女1 !(逃げようとする)

少年1 待って! 待ってよ。何もしないから。君、その鼻…。作り物だよね…。

少女1 違うわ! 見ないで! かまわないで。

少年1 人顔のこどもって初めて見た。学校にいる子はみんなブタ鼻だよ。君、学校に

    来てる?

少女1 私、学校に行ったことないの。

    ずっと家にいて、お母さんたちと暮らしているの。

少年1 一人でいても、つまんないでしょ。

少女1 つまんないけど、慣れちゃったわ。

少年1 ごめんね。石ぶつけたりして。あ、いや、僕は投げてないけど、あの子僕の友

    達なんだ。それに、投げるの止めなかったんだから同じだ。

少女1 いつものことよ。石ぶつけられるのなんか。こんな顔してるんだから、しょう

    がないのよ。

少年1 そんなことない。人顔って、意外と可愛いよ。

少女1 ええ?

少年1 僕、お母さんの子どもの頃の写真見たことあるんだ。

    君、何か、似てるんだよ。

少女1 そうなの。

少年1 その写真に写ってる子どもたちはみんな人顔で、でも全然変じゃなくて。どっ

    ちかって言ったら、僕の顔の方が変だよ。

    だって動物の子どもはみんな親と同じ顔してるじゃない。人の子どもがブタな

    んて、おかしいよ。


   途中から少女1の母親が登場し、二人を見ている。


母親3 ノゾミ、入りなさい。


   少女1、中に入る。


母親3 (少年1に)あなた、他の子どもと違うのね。

    ううん、あなたは間違っていない。でも覚えておいて、正しいことが世の中で

    認められないこともあるって。


   母、屋内に去る。少年1、未練を残して去る。


6場


   食堂。ブタ顔の少女たちがトンカツ定食を食べている。人顔の大人たちもいる。


大人1 ブタが多くなったなー。

大人2 世界中ブタだらけだもんなー。

大人1 イスラム教の国は大変らしいな。インドネシアなんかじゃ、味の素に豚のエキ

    スが入ってたって大騒ぎしたくらいだから、自分の子どもがブタになったら、

    さぞショックだろう。

大人2 アメリカでも、黒人の子が白豚で、白人の子が黒豚ってのも多いらしい。

大人1 黒人を差別する白人の子どもが黒豚だったら、皮肉だよな。

大人2 そういう親は自殺したり、子どもを殺したりするらしい。

大人1 世も末だなー。

少女2 おいしいブヒー。やっぱり肉よねー。

少女3 ここのトンカツ定食、おいしいんだブヒー。ここ、平牧三元豚の肉だから。

大人1 あいつらだけは、「我が世の春」って勢いだな。

    昔さ、スーパーの肉売り場に、豚がトンカツ食べてる絵が描いてあってさー。

大人2 あー、あったね、そんなの。

大人1 ちょっとグロいなーって思ったりしたんだけどー、まさか本当にこんな場面に

    出くわすなんて思わなかったよ。

大人2 ほんとだ。ブタの共食いか…。

少女2 キャベツお代わりー。(お代わりをもらいに行く)

少女3 私もキャベツブヒー。(お代わりをもらいに行く)

大人1 俺もキャベツお代わりしてこよう。

大人2 え、みんな行っちゃうの? ま、待ってくれよ。


   全員退場。次の場面の間に食堂が撤去される。


7場


   ブタ顔の中学生1、2登場。


生徒1 カエルの子はカエル。…キリンの子はキリン。

生徒2 は?

生徒1 キリンの子は親に似てやっぱり首が長い。でも、なぜキリンは首が長いのかっ

    て考えると、どうなんだろ。

生徒2 どうって…高い枝の葉っぱが食べられるでしょ。

生徒1 子どものキリンじゃ、首長くてもそこまで届かないでしょ。赤ちゃんキリンは

    お母さんのおっぱい飲むんだから、おっぱいまで届けばいいわけじゃない。

生徒2 じゃ、何? 生まれたときは首短くて、成長しながら伸びればいいってこと?

    にゅーって。

生徒1 あはは、首の短いキリンっておかしいね。

    動物ってさ、親と同じ形で生まれてくるじゃない? 私たちは、なんで親と違

    うんだろう? 昔、ブタ顔の人間って想像できた人いるかな? もしいたら、

    笑っちゃったよね、きっと。

生徒2 実際笑われたじゃない、ちっちゃいころ。でも、これは、突然変異による進化

    で、私たちの子どもは私たちと同じ顔になるって教わったでしょ。そうなれ

    ば、親と子どもは同じ顔で、問題なし。

生徒1 私たちの世代だけ、親子で断絶してるのね。これって不幸じゃない?

生徒2 選ばれた世代なんだから仕方ないって。進化できないよりはいいよ。進化し損

    なって人顔で生まれた子どもは、施設に隔離されることになったじゃない。こ

    の一年間で百人くらい収容したってよ。

生徒1 そうそう、入ったら最後、一生出て来れないんだってね。

生徒2 そう、それから施設の中でしか結婚できなくて、子どもも産めないんだって。

生徒1 嫌だ~。なんか「強、制、収、容、所」って感じ~。

生徒2 だから捕まりたくなくて逃げたり隠れたりするらしいよ。

生徒1 この辺で人顔の子なんて見たことないけどね。

生徒2 そりゃ、街中に出て来るときは、作り物の「鼻」と「耳」をつけてくるの。

生徒1 え、まさかあんたの鼻?

生徒2 痛い! 何すんだよばかー。


   などと話しながら中学生、退場。


8場


   少年2登場

 

乳母の声 おぼっちゃまー。どこですかー。もう帰る時間ですよー。

少年1の声 おーい。もう出て来いよー。


   少年2、様子を窺っている。ポケットからタバコを取り出し一服しようとする。

   不意に少女1が登場。少年2、少女1に気づき、身を隠す。

   少女1は、辺りに誰もいないと思ったか、ブタ鼻をはずす。


少年2 (タバコをしまい、とびだす)おい!

少女1 !

少年2 おまえ! 旧人類だな!


   少女1、作り物の鼻をつけ、逃げようとする。少年2は、少女1の手の鼻を奪い

   取り、捨てる。


少年2 やっぱりそうだ。

少女1 見逃してください。どうか、他の人には言わないで。お願い。…お母さんに、

    外ではずしたらいけないって、あんなに言われてたのに…。

少年2 いや、保健所に届ける。旧人類は隔離しておかないと。こんな所に隠れている

    なんて、旧人類はこれだから油断できない。

少女1 旧人類って、何なの?

少年2 お前たちみたいな不細工な顔の持ち主のことだよ。

少女1 あなたのお母さんはどんな顔をしてたの? 豚の鼻をしていたの? そうじゃ

    ないでしょ。

少年1 もちろんだ。僕たちは新人類第一世代なんだから、僕らの親は旧人類だ。だか

    ら顔が違うのはあたりまえだ。でも、やがて第二世代が出て来るよ。そうし

    て、旧人類は絶滅する。

少女1 消えていくものなら、そっとしておいて。

少年2 おまえみたいなできそこないが、またできそこないを産んだりしたら困るじゃ

    ないか。


   少年2、少女1を無理やり連れて行こうとする。少女1抵抗する。

   少年1、登場


少年1 やめろよ。

少年2 え? 何だって。

少年1 見逃してやれよ。

少年2 何言ってんだよ。旧人類の子どもじゃないか。保健所に届けて登録しないと。

少年1 嫌がってるじゃないか。

少年2 決まりを守らないつもりか?

少年1 決まりを守らないのは、君も同じだろ?

少年2 何?

少年1 「タバコは二十歳になってから」だろ?

少年2 んん?

少年1 あの厳しい家庭教師の先生に知られても良いのかな?

乳母の声 おぼっちゃまー。お勉強の時間に遅れてしまいますよー。

少年2 ちぇっ! 覚えてろよ。


   少年2、退場。


少年1 前に逢ったよね。あいつが君に石をぶつけた時。

少女1 私も覚えてるわ。

少年1 そう。

少女1 あなた言ったわ、私があなたのお母さんに似てるって。

少年1 ああ。

少女1 あなたのお母さんって、どんな人?

少年1 僕を産んだ母さんは、僕を産んですぐに死んじゃった。

少女1 そう…。

少年1 そのころは、狂信的なグループがブタ顔の赤ちゃんを殺しまわってた。知って

    るだろ? 母さんが守ってくれなかったら、僕も死んでたよ。

少女1 まさか、お母さん…。

少年1 うん。奴らにやられた。

少女1 かわいそうに。

少年1 僕は、奴らが憎い。

少女1 やっぱり、旧人類が憎いのね。

少年1 ちょっと違うかな。奴らってのは、旧人類とか新人類とか、人を勝手に区分け

    して、相手は殺してもいい敵なんだって思いこませる奴らだよ。

少女1 …そんなふうに考えたことなかった。

少年1 いつも君といっしょにいたいな。あんな奴のいる学校なんか、行かなくていい

    し、行きたくもない。

少女1 私もあなたといたい。でも、二人の顔が違う限り無理だわ。

    人とブタはいっしょになれないのよ。…私がブタになれたらいいのに。

少年1 君は、今のままでいて。僕が何とか考えるから。また明日来るよ。

少女1 気をつけて…。


   SE短い暗転


9場


   SE(学校のチャイム)少年1残っている。(椅子に座っていてもよい)

   少年2、登場。少年1、少年2に近づく。少年2、ニヤニヤしている。


少年1 あのさ。

少年2 なんだい?

少年1 昨日はなんか、ごめんね。気を悪くしないでくれる?

少年2 別に、何とも思ってないよ。

少年1 良かった。じゃあ、さよなら。

少年2 あいつの所へ行くのか?

少年1 いや…別に。

少年2 もうあそこにはいないぜ。

少年1 え?

少年2 施設にいるのさ。僕が保健所に教えて、隔離してもらったからね!

少年1 なんだって!

少年2 二度と会えないぞ。ざまーみろ! 僕をバカにするからだ!

少年1 !


   少年1、すごい勢いで少年2につかみかかり、押し倒して殴る。

   少年2の悲鳴。先生駆けつける。


先生  何してるの! やめなさい! 二人とも!


   音楽 短い暗転。


10場


   先生と少年1、椅子に座っている。先生、何か仕事をしている。


少年1 先生。

先生  落ち着いた? 君がケンカするなんて、びっくりしちゃった。

少年1 聞きたいことがあるんですけど。

先生  何?

少年1 顔を整形して人顔にすることって、できますか?

先生  何? 突然。人顔にするって? 誰が?

少年1 別に、誰っていうわけじゃないんですけど…。

先生  昔、子ブタが生まれ始めた頃、親たちは子どもの顔をなおそうと必死になっ

    て、手術したり、怪しげな薬を使ったりしたんだって。人の弱みにつけ込んで

    嘘の薬をとんでもない値段で売りつけるなんてこともいっぱいあったって。

少年1 そんなことがあったんですか。

先生  今は人顔にするなんて、誰も考えたりしない。逆に、人顔で生まれてくる子ど

    もをブタ顔にする技術が進んでいるようね。まあ、顔だけなおしてもしょうが

    ないから隔離しちゃうんだけどね。

少年1 そうですか。(でも、あの子の顔をブタにはしたくない。あの顔のままで…)


   暗転


11場


   怪しげな店。少年が入ってくる。


少年1 ごめんください。


   反応がない。


少年1 誰かいませんかー?


   怪しげな老婆、登場。


老婆  なんだい。何か用かい? もしかして、お客さんかい?

少年1 人顔になる薬があるそうですが。

老婆  なんだって? そんな注文は、十年ぶりだねえ。子ブタが生まれだした初めの

    頃は、よくそんな注文を受けたもんだよ。

少年1 あるんですね。

老婆  あるけど、高いよ。

少年1 お金なら、ほら。

老婆  子どものくせに、どこからこんな大金持ってきたのかね。

少年1 お母さんの残してくれたお金です。全部持ってきました。これで足りますか?

老婆  ほう…。まあ、少し足りないけど、まけといてやるよ。

    ただねえ、この薬は高いだけじゃなくて、強い副作用があるんだよ。

少年1 どんな?

老婆  それはね、人によって違うんだが、声が出なくなったり、耳が聞こえなくなっ

    たり、いろいろだ。ごく希に、何の副作用もなく人顔になった子もいたけど

    ね。

少年1 …。

老婆  まあ、死んだ奴はいないよ。どんなことになろうとも、こちらとしては責任を

    持てないって分かってもらったうえでなら、売ってやるよ。

少年1 確かに、人顔になるんですね。

老婆  なるよ。だけど、言っておくけれど、二度と、その顔には戻れないからね。

    それでもいいのかい?

少年1 いいです! 売ってください。

 

   老婆、金を持って裏へ行き、ややあって薬を持ち、登場。


老婆  ほら。

少年1 ここで飲んでもいいですか?

老婆  かまわないけど、少し時間がかかるから、私は奥にいさせてもらうよ。


   老婆、奥に入り、少年、薬を飲む。


少年1 あっ、あーっ! 顔が熱い! 顔が燃えるみたいだ!


   短い暗転。明転すると夕方になっている。老婆が少年の傍にいる。


少年1 暗いなあ…。どれくらい経ったんだろう? 僕は人顔になったのかな…。

老婆  鏡を見てごらん。

少年1 どこ? 暗くて分からないよ。もう夜なんだね。

    どうして明かりを点けないの?

老婆  おまえさん…目が見えないんだね。

少年1 え?(顔をなで、人顔になったのを知るが、視力を失ったことに愕然とする)

老婆  喜びな! 望み通りに、立派な人間様の顔になったよ! あーははは!


   暗転


12場


   SE(鍵の音など)

   人顔の子どもの隔離施設。少女1がいる。他に人顔の子どもがいても良い。


職員  新入りだ。(声だけでもよい)


   黒メガネをかけた少年1(職員に手を引かれて)登場。


少女1 …あなたなの?

少年1 ああ、ノゾミ。そうだよ。ほら。(黒メガネをはずす)君と同じ人顔になった

    んだよ、僕。

少女1 ああ! なんてことしたの!

少年1 これで君といっしょにいられる。

少女1 ばかね。一生出られないのよ。

少年1 君といっしょなら、かまわないさ。

少女1 …あなたの新しい顔、すてきよ。…どうしたの?(少年の目をのぞきこむ)

少年1 見えないんだ。

少女1 え?

少年1 顔を変える薬の副作用で。

少女1 ああ! 私のせいなのね、ごめんなさい!

少年1 違うよ。君のせいじゃない。僕は何も後悔していない。ただ、君の顔が見られ

    ないのが少し悲しいだけだよ。でも、君の顔ははっきり覚えている。

少女1 私、できることなら、あなたみたいな鼻や耳になりたいって思ってた。

少年1 今頃分かったけど、本当は、鼻や耳の形なんて、どうでもよかったんだね。顔

    を見ることができない僕にとっては、誰もが同じように思える。

    ブタ顔でも人顔でも人の心に変わりはない。憎しみ合うこともあるけれど、愛

    し合うこともできるんだ。

少女1 あなたはみんなを外見でなく、心で見るのね。

少年1 そう。僕は夢を見るんだ。

    いつの日にか、ふるさとのあの緑の丘の上で、ブタ顔の子と人顔の子が手を取

    り合い、兄弟のように遊べる日が来る。そんな夢を。


   音楽流れる中、暗転


13場


   教室。ブタ顔の中学生たち談笑している。


生徒2 もうすぐ中学も終わりだね。

生徒1 来年は高校生か。制服の可愛い学校に入りたいな。最近、どこも制服変えてる

    でしょ。

生徒2 やっぱ私たちの顔だと、これまでの制服じゃ合わないもんねー。

生徒1 その前に受験勉強。

生徒2 あーあ、それがあったか。


   などと談笑する中、急に生徒1が苦しみ出す。


生徒1 顔が、痛い!


   生徒1、後ろ向きになってもがいている。


生徒たち どうしたの? しっかりして!


   生徒1、動かなくなる。

   生徒たち、少女を抱き起こすと、少女の顔がサナギになっている。

   生徒たち驚く。「キャー!」「うわっ!」など。


生徒2 これ、何だろう? …息してるぞ!

 

   生徒、二人目が苦しみ出し、一人目と同様に、顔がサナギと化す。

   生徒たちパニックになる。

   SE 短い暗転

   先生や親が登場し、医者がサナギ化した生徒たちを診ている。


医者  これは、サナギのようだが…。

先生・母 サナギ?

医者  顔だけが、サナギになっているようです。

 

   生徒1の様子が変わり、全員が注目する中、サナギがパックリと割れる。

   すると、生徒1は人顔になっている。


母親  ○○(子供の名前)? ○○なの? その顔は…。

生徒1 お母さん…。顔が、変な感じ…。

母親  ○○! 人顔になってる!


   二人目の生徒もサナギが割れ、人顔になる。


医者  これは…もしかすると、ブタ顔の人間はサナギを経過して人顔になる、つま

    り、変態するのかもしれない…。

先生  嫌だ、「ヘンタイ」になるんですか…。

医者  いや、その変態ではなくて。カエルとか虫とかがする、あれですよ。

先生  人が虫になるんですか?

医者  いや。虫にはならないでしょうが。どうしてこうなるのか、さっぱり分かりま

    せん。

母親  まるで別人だけど…赤ちゃんの頃の面影が目のあたりにあるわ。やっぱりこの

    顔が本当の人間よね!

生徒1 お母さん。鼻や耳が軽いよ。でも、何だか変。匂いがわからなくなっちゃっ

    た! 耳も良く聞こえない。


   残りの生徒たち、次々苦しみだす。


先生  また始まった!

医者  病院だ、病院へ連れて行け!


   騒ぎの中、全員退場。(机など撤去)


14場


   小学生、中学生登場。


生徒1 あ~私、ブタ顔の頃はあんなに可愛かったのに~。何よこれ。こんなブスの人

    顔になるなんて!

    お母さん、言ったじゃない。きっと可愛くなるって。でも私、可愛くない!

    それに比べて、○○は何? あんな梅山豚顔だったのが、あんな可愛い人顔に

    なるなんて~。どうなってるのよ~。

生徒2 いいじゃん、私なんか、まだブタだし。変態してないの、もう、クラスで三人

    しかいないのに。いつまでも大人になれないみたいで嫌だブー。

生徒1 あ、…私ブーブー言わなくなってる。

 

   中学生、退場。


小学生1 美少女コンテストなんて意味ないじゃんね。顔、まるっきり変わっちゃうん

    だから。

小学生2 デビューした子も大変よね、○○なんか、今じゃ憎まれ役しかできないもん

    ね。

小学生1 十七才くらいで私たちの人生リセットされちゃうんだものね。

小学生2 (手鏡を見て)私、大人になったらどんな顔になるのかしら?


   小学生、退場。黒メガネの少年1と少女1登場。


少年1 みんな人顔になってしまうんだね。こうなるとわかっていたら…。僕は愚かな

    ことをしたんだろうか?

少女1 いいえ、私幸せよ。それに、施設から出られたし、子どもが人顔でもブタ顔で

    も気にしないで生きられるようになった。

    あなたの夢はほんとうになったのよ。

少年1 そうだね。でも…。

少女1 心配しないで。私があなたの目の代わり。それでいいじゃない。

 

   少年2、登場。少女1それに気づき、少年1をかばうそぶり。


少年2 出られたんだね。

少女1 ええ、出られたわ、私たち。

少年2 すまなかった。

    でもあの時は、ああするのが正しいことで、仕方がなかったんだ。

    でもどうだい、みんな人顔になってしまって。

    ブタ顔を、さもすばらしいことのように自慢していた自分がバカみたいだ。

    だけど、どうして僕は変態できないんだ!

    それに、僕には、君のように薬を飲んで人顔になる勇気もないんだ!

少年1 君もつらい思いをしたんだね。みんなが運命にふりまわされていたんだよ。

    君が特に悪い人間だというわけじゃない。もう、何とも思っていないよ。

少女1 私も。

少年2 …ありがとう。


   高校生が登場。


高校生1 しばらくー。写メで見たけど、ずいぶん変わったねー。

高校生2 そっちこそすっごくかわいくなったじゃない。

高校生1 なんかさ、「かわいい」って感覚、違ってきてない?

高校生2 そうそう、「かわいいブタ」と「かわいい人間」じゃ、ずいぶん違うからね

    ー。前はさ、「かわいい匂いー」とか感じてたよね。

高校生1 ほんとそれなくなったしー、男の趣味も変わっちゃったよねー。


   大人登場。


大人1 何が「新人類」よ。中学卒業するくらいになるとみーんなサナギになって、結

    局人顔になっちゃうんじゃない。

大人2 うちの子、変態したら父親そっくり! あんなにかわいい顔してたのに、もう

    がっかり。

大人1 やっぱり人間の子は人間に決まってるのよ。

大人2 所詮、ブタはブタよねー。


   話に夢中で少年1にぶつかってしまうが、気にもしない様子。少年1が盲目であ

   るとわかると、さも嫌なものを見るようなそぶりをする。


大人1 (少年2を見て)ちょっと、ほら、見て見て、あれ。

大人2 まあ、あの歳でまだブタ顔だなんて、おかしいわねー。

大人1 何時までもブタ顔って、やっぱり食生活とか影響するのかしら? 豚肉の食べ

    過ぎってことないかしら。家はほら、牛肉だからー。

大人2 魚でしょーやっぱ。ドコサヘキサエン酸がいいんじゃない。


   少年2、大人に近づく。


少年2 確かに、僕はブタのままですよ。でもね、今では一生この顔でもいいって思っ

    てるんです。ただ、この心の痛みと人の優しさは忘れないつもりです。それを

    失くしたら、ただのブタだから。

 

   少年2、少年1、少女1退場。


高校生1 おばさんたち。

大人12 え?

高校生2 いいかげんにしてよね。

大人12 何?

高校生1 あんたたち、自分がブタだったり人だったりしたこと、ないでしょ?

大人1 あるわけないじゃない。

高校生2 私たち、赤ちゃんの頃、ブタって言われて石ぶつけられた。でも、だんだ

    ん、ブタが普通になって来たら、「新人類」っておだてられた。

高校生1 人顔の子どもを「旧人類」って言って、石ぶつけた。

高校生2 でもみんな変態して人顔になるって分かったら、こんどは変態できない子を

    バカにする。

高校生1 あんたたちみたいな大人が、一番、「旧人類」なんじゃない?

大人2 何言ってるのこの子たち。私たち旧人類に決まってるじゃない。ねー。

    わけ分かんないこと言わないでよ。(そそくさと退場)

高校生2 やれやれ、ああいうおばさんは、何があっても絶滅しないんだよね。

高校生1 まったくだ。


   ブタ教団の指導者が通りかかる。それを見つけた高校生たち、指導者を囲む。


高校生2 おい、待てよ。あんた、「新しい神」とか、「新人類」とか言ってたよね。

    どうなの? あんたの神も変態して人顔になるの?

指導者 ああ変わるとも。変わったっていいじゃないか。毛虫が蝶々になるんだよ!

    それに比べたら、ブタから人になるのなんか、かわいいものじゃないか。


   逃げ出す指導者。


高校生2 ほんとうだ。ブタの神様も大忙しのようだ。


   子ブタたち登場。高校生、無心に遊ぶ子ブタたちを眺めながら。(次の高校生

   の台詞は、一人で言っても、複数に分けて言っても、どちらでもよい)


高校生 子ブタだった時代が懐かしいわ。まるで別世界に生きていたみたい。

    でも、確かに私はブタだったし、それを何とも感じないで生きていた。

    今、人顔になって初めて、あの時代が何のためにあったのか分かる。

    この子たちも、やがてそれを知る。

    世界がみんな、そういう経験をした大人だけになったら、その時こそ…。

子ブタ1 ねえ、私も、お姉ちゃんみたいになるの?

高校生2 なるよ。きっときれいな人顔になるよ。

子ブタ2 アハハ、早くならないかなー。

子ブタ3 早く大人になりたいブー。

高校生1 あわてなくてもいいよ。今は子どもを楽しんで、ゆっくり大人になりなさ

    い。

子ブタ ゆっくりブー。

高校生1 踊ろう! みんなで。

全員  (高らかに)ブー!


   人顔の高校生とブタ顔の子ども、いっしょに「五ひきのこぶたとチャールスト

   ン」を踊る。

   踊る中、幕。