「是」・「之」・「此」を「これ」と読む場合の送り仮名について

 「是」・「之」・「此」を「これ」と読む場合の送り仮名について                                       2012.11 
 
Ⅰ 「是」・「之」「此」と「レ」を送らない場合
 ① 代名詞的用法 (目的語や補語になっている。ほとんどが「之」であった。)
  「之」
    何ゾ鉛丸ヲ発シテ之ヲ撃タザル。
    倉ノ粟ヲ取リテ、之ヲ民ニ移スモ、此レ吾ガ粟ニ非ズヤ。
    況ンヤ之ガ為ニ哀シムヲヤ。
    猛虎之ニ依リテ益々跋扈ス (狐が罠の仕掛けを壊すことを指す)
  「此」
    帰サザル者有レバ、必ズ此ヲ援(ひ)ク。 (借りた本の章句を指す)
    未ダ嘗テ須臾モ此ヲ離レズ。 (忠恕の二文字を指す)
    傑ニ非ザレバ其レ執カ此ヲ為サン。 (四方に網をかけることを指す)
  「是」(一例しか見当たらなかった)
    是ニ由リテ法士悟リテ芸進メリ。  → Ⅱ、④に同様の例がある
 
  指示する内容が前述の具体的語句である場合が多い。しかし、前述の内容を指す場合もある。
  その場合は「レ」を送っても良いのではないかと思われる。

Ⅱ 「是レ」・「之レ」「此レ」と「レ」を送る場合
 ① be動詞的なもの(主語がある)
   「是」
    我ハ是レ李府君ノ親ナリ。
 
 ② 文頭にあり、前文のある程度の内容を示し、「これは~である」・「それは~である」と述べるもの     (It  is  ~)
   「是」
    是レ僕ト君ト奕世通好ヲ為スナリ。
    是レ十五年前、初メテ及第セシ時、
    是レ其ノ射ニ巧ミナルヲ称セルナリ。 (百発百中を指す)
    虎狼ハ人皆之ヲ悪ミ、是レ悪獣ナリト謂フ。(虎狼人皆悪之、謂是悪獣。)
      → 人皆謂「是悪獣」 という解釈(会話文の冒頭)
   「此」
    此レ其ノ事固ヨリ降ルヲ殺スニ止マラザルナリ。
    此レ止ダ是レ騃(おろか)ナルノミ。
    此レ亦説ク有ルカ。  (此亦有説乎)
    此レ吾ガ画本ナリ。
   「之」 見当たらなかった
 
 ③ 文中にあり、②と同様の用法であるもの (It  is  ~)
  「是」
   他年是レ故人ナラン。 (廬山を指す)
   如今ハ是レ夢ナラズ、真個ニ是レ廬山。
   豈ニ是レ至公ノ道ナランヤ。
  「此」
   中心物愷シ、兼愛シテ私無キハ、此レ仁義ノ情ナリ。
   彼モ一ナリ、此レモ一ナリ。 (天地が壊れるか否かの見解)
  「之」 見当たらなかった
 
 ④ 他の語とともに用いられる場合
  「是レニ由リテ」 (「新明説漢文」ではこの場合は「レ」を送っていない)
   上是レニ由リテ益大尉ヲ賢トス。
   是レニ由リ向(さき)ノ磔磔タル者寂トシテ聞コエズ。
   是ニ由リテ之ヲ言ハバ、 → 「レ」を送っていない
   「是自リ」
   是ヨリ (自是)  → 「レ」を送っていない
   是ニヨリテ之ヲ観レバ (自是観之)
  「―此」
   此由リシテ → 「レ」を送っていない
   此ニ由リテ之ヲ観レバ  (自此観之)→ 「レ」を送っていない
   此ヲ用テ之ヲ観レバ (用此観之)→ 「レ」を送っていない
 
 ⑤ 強調
   此レ止(た)ダ是レ騃(おろか)ナルノミ。
   此レヲ之レ卑キヨリスト謂フ。 (此之謂自卑。)
 
 ⑥ 倒置形(強意、「之」)
   父母ハ唯ダ其ノ疾ヲ之レ憂フ。  (父母唯其疾之憂)
   徳ヲ之レ修メズ。 (徳之不修)
     → これは、「否定文の目的語・補語が代名詞である場合」とはまた別である。
         臣未ダ之ヲ聞カザルナリ。 (臣未之聞也)
 
 ⑦ 疑問形の中にある
   「何レノ~カ是レ~。」
     何レノ日カ是レ帰年ナラン。
 
 ⑧ 反語形の中にある
   「何ノ~カ之レ有ラン」
     何ノ国ヲ亡シ家ヲ敗ルコトカ之レ有ラン。
      (「何亡国敗家之有」 → 「何有亡国敗家」の倒置、強調)

 
* 次の問題集の本文について表記を調べた。
   大学入試センター試験、平成15年~24年の本試・追試問題 (尚文出版)
   進研学参2013 センター対策重要問題集 古典 (ベネッセラーンズ)
   3ステップオリジナル問題集 増補版応用漢文 (尚文出版)
* 尚文出版「新明説漢文」はおおむね上記に従っているようだ。
* 日栄社「新漢文基本ノート」は、ほぼ上記に従っているようだ。
* 桐原書店「漢文必携三訂阪」では、「是」はすべて(代名詞的用法でも)「是レ」と 読ませている。
  ただ「之」については、代名詞的用法の場合は「之」と送らず、強調用 法の場合は「之レ」と送るよう
  になっている。

 大修館書店の「国語教室」に「漢文指導入門講座」が連載されていて、96号(2012,10)で、ちょうどこの送り仮名について触れていた。
 「此、之、是」についても書いてあるが、要するに送り仮名のルールである「誤読のおそれがある場合は一、二字多く送る」、「読みにくい漢字は一字送ってヒントにする」の原則に従っているということのようだ。
 訓読はつまり、古代中国語文を、その表記のまま古代日本語で読む技術だから、送り仮名は日本語の都合でつけられる。日本語側の問題であるということであろう。
 しかし、今問題にしているのは、「此、之、是」の、古代中国語における意味用法の差であって、それが日本語読みの上にどう反映しているか、である。過去の訓読者が苦労、工夫して読んだ結果なので、必ずそういう意味合いが含まれていると思う。
 高校国語の授業でそこまで触れるのかということは、それはまた別の議論になるだろう。
 『「これ」はすべての場合に「れ」を送る』と決めれば高校生的(受験勉強的)には、紛れが無くなって簡単ではあるだろうが。