昨日の奈良は晴れていた様子

 2年生修学旅行のため、今日も1年生だけで部活。昨日に続いてビデオを見せる。『チョコと洋燈と池の鯉』。ただ、無理やり見せた感もあり、今日は昨日ほど集中していなくて、うまく芝居に入れなかったようだ。
 自分の記憶の中では消えているが、客席の背後のドアの開閉音がすごくうるさかったんだなあ、とか、暗転がこんなに長かったんだあ(着替えと装置の転換がある)とか、意外な?再発見がある。よく覚えている場面はやはりいいところで、ぐっとくる。(生徒はおしゃべりしていてあまり聞いていないからよく分からない様子だったが…)
 
 
 
 県大会の講師(審査員)講評が届きました。本校に送られてきた文書を、明らかな誤字・脱字以外はそのままに打ち直しました。本校の上演について以外にも、吉田先生は県大会全体の感想を書かれていますので、あわせてお読みください。田辺先生の講評は、閉会式前の講評で伺った内容と同じです。
 
 
 
田辺典忠 氏
 雰囲気のある舞台でした。よく稽古がなされていると思います。メッセージがストレートに伝わってきました。
 取り壊される古い図書館と滅びゆくものを自分と重ね合わせ、女子生徒の心の葛藤がよく表わされていました。身体障害者の姉を持つ女子生徒の心の奥底、そして姉の死への悲しみが胸に迫ってきました。
 心に残る知的な言葉も多くありました。
 「図書館は知識の宝庫」
 「本の世界に旅立って冒険しない人は、何か大切なものが欠落している」
 「過去は記憶の中にあって、しかも現在に生きているの」
 などステキな言葉がありました。
 ダンスもよく訓練されていました。ギターの情景などで劇をつないでいますが、暗転が少し多すぎたかなと感じました。
 構成もうまいし、水準の高い劇だと思いました。でも少し欲張りすぎた感じもあります。
 

吉田美彦 氏
舞台美術:旧い校舎の移転準備がすんでしまった図書室。この設定をどのように表現するか、作品の造形としてはこだわりたいところだと思います。高い天井からつるされている電灯は、そのシンボルとして効果的でした。しかし、図書カードケースが正面に平板に並んでしまった点や、パネル奥の舞台のために旧い建築物に見られる高い天井、しっかりとした柱、光の差し込まないすすけた窓硝子などあってほしい美術が入り込めなくなってしまっているのではないかと思えました。机なども、移転するだけの年輪を感じさせる机や、木製の椅子などであったらと思いました。そして、それらの装置の配置を考え直してみると、母と姉のシーンとアクティングエリアの使い分けができたのではないでしょうか。
 
演技:力まずに、優しい気持ちをお互いに伝えていこうとする丁寧な表現が印象に残りました。それがきちんとできていることにも目を奪われました。彩花、沙織の橋本さん、小林さんはバレエの身体表現も見せてくれました。この二人の心の変化の物語は、しっかりと表現できていました。緑、大沼もその二人に重ねていく気持ちをよく表していたと思いますが、ラストが近づくと、ストーリーの展開の中で緑、大沼の気持ちとして発せられるべき台詞が、二人から切り離された「演説」のように聞こえてしまったところが残念でした。彩花、沙織に届けられるべき言葉が大切なのに、一方的な思いとなってしまっては、響き合う関係がなかなか見えてこないのではないでしょうか。それは、夢の中の姉の動き、声、そして母の思いにしても同様で、彩花、沙織の物語に唐突に現われる印象が拭えませんでした。それ故に、沙織の終盤での理解が急速に過ぎたのではないかと思いました。彩花が沙織に心の奥を語ってこそ、きょうだいの絆もしっかりと描かれるのではないでしょうか。
 
脚本:演技の後半でも触れたとおり、本作は彩花、沙織の触れあいと変化が主題であって、その二人に大きく流れているのがきょうだいという背景ではないでしょうか。彩花の苦しみを沙織が受けとめてこそ、「乗ってみればわかるよ」という台詞にたどり着けるのではないでしょうか。

全体的な感想   吉田美彦 氏
 山形県の高校生の皆さんが、とてもまじめに高校演劇に取り組んでおられることを、初日から最後まで感心してみていました。あいさつもそうですが、講評を聞くときの姿勢も学び取ろうとする真剣な態度で、いきおい私も真剣に講評を行い、少しでも限られた時間に多くの講評を行おうと思うようになりました。
 また、その真摯な姿勢は、演技の全般にもあらわれていました。皆さんが、演技の基本である発声、滑舌をきちんとこなし、会話のキャッチボールを自然に行おうとしていることがほとんどの舞台で感じる事が出来ました。独善的に舞台に独り立ちするのではなく、つねに相手との関係性において自分を見つめ、自分の身体にかえってくる台詞を受け止めて、相手に台詞を返していく行為が丁寧にされていればその演技は、おのずと無理のないリアクションを引出し、次の関係を築いていきます。その相手との関係の中で時間が流れ、空間が広がっていく舞台を何本も見ることができたことは、私の山形大会経験の大変大きな成果でした。ありがとうございました。
 しかし、一つだけ残念に思ったのは、県大会出場作品の半数が、全国大会出場作品によって占められていたことでした。既成脚本を上演することはけっして批判されるべきことではありませんが、創作脚本が結果的に少なかったことは驚きでもありましたし、やはりそれでよいのだろうかとの疑問も感じたのです。確かに全国大会上演作品ともなれば、脚本の水準は既に相当なレベルで完成されており、しっかりと稽古を積み重ねて、より独自の世界を目指して作り上げることはとても大きな創作活動ではあると思います。しかし、それらの上演作品も、最初は地区大会上演から始まる創作脚本であり、その創作性の志が舞台のすべてを支配して、何度も選考の過程を経て、より高いレベルに進化していったものがほとんどです。創作脚本は、すべてが高いレベルであるとは限りません。何を言いたいのか、何を表現したいのか、煮詰まらないままに上演して、未完成のまま観客に見せることとなり、厳しい講評にさらされることもあります。しかし、それでも創作脚本が求められるのはなぜか。それは、「なぜ、今、高校演劇なのか」という問いに答えることができる唯一の道だと思うからです。皆さんは、高校生の今、この時に演劇を創造しています。だからこそ、皆さんの「今」が問われるべきだし、皆さんで考え、皆さんが問い詰め、皆さんが議論して作り上げる「今」の形を観客に提示していくべきだと思うのです。その時には、きっと誰もがその「今」をともに見つめ、ともに考え、ともに感じ取って、舞台を共有する喜びを味わうことができると思います。ぜひともその道を一度は意欲を持って選択してみてください。
 

久賀健治 氏
 「家族」、「姉妹」、「友情」というテーマでわかりやすかったです。
 舞台セットも旧図書館の雰囲気がでてました。
 ・音楽の入り方が効果的で印象に残りました。
 ・ダンスは上手かったし、二人で踊る場面は、良かったです。
 ・言葉がもう少し、はっきり話せると良いですね。(特に感情が高ぶった時など)
 ・全体的にテンポが一定であったので、場面、感情に応じてテンポ、言葉の強さが変わるともっと良く   なると思います。
 ・場所、時間の変化、場面の変化に、もうひと工夫欲しいです。
 ・感情変化に伴う反応(リアクション)が一定なので、その時に思う事、感じる事をもう少し大切にして欲  しいです。
  少し予定調和的な台詞が多かったのが残念でした。
    間のとり方を大胆にしてみると、場面の緊迫感がもっとでると思います。
    真面目な演劇への取り組みは、好感がもてました。
    お疲れ様でした。