ペリリュー 楽園のゲルニカ

 自分のノートパソコンの画面がチラチラすると思っている内に、角度によって映らなくなり、ついに真っ黒になってしまった。本体と液晶画面部分の接触不良であろう。
 このPCは買ってから16ヶ月ほどであり、1年間の保証期間は過ぎている。まあこれくらいの期間が過ぎると様々な動作不良が発生するのが前提なのだろう。
 家族の持っていた、今は使っていない液晶モニターを借り、HDMIでつないでみるとまあしっかり映って、かえって大画面になって見やすくなった。
 PCの液晶が邪魔で、キーボードが画面の位置とずれるのが難点だが、新品を買う余裕は無いので我慢する。万一に備えて、外付けハードディスクにデータを移したりした。まあ毎日暑いのでPCもバテているのかもしれない。

 この暑い日々、冷房も無い教室で授業を受ける生徒たちも(教壇に立つ教員もだが)ご苦労様なことである。


 最近読んだマンガは、「落語心中」がおもしろかったが、桂歌丸師匠の訃報を聞いてなんとなく八雲に重ねたりする(あんまり重ならないけど)。

 「ペリリュー 楽園のゲルニカ」という作品を4巻まで読んだ。あの日米激戦の島(天皇皇后両陛下が慰霊に行かれました)の戦いの日々を、なんというかSDサイズのギャグ漫画的絵柄で描いていくわけだが、内容は、生存者の証言などによって考証されていて悲惨きわまりない。写実的な絵で描いたら見るに堪えないからこれでいいのだろうとも思う。
 硫黄島などと同様に(時期は硫黄島が後だが)、島民を避難させ、軍人・兵のみで戦った。小さな島だから逃げようが無い。いいように戦艦から砲撃され空爆もされ、山容改まる中、日本軍は持久戦を強いられ、洞窟内に立てこもる。米海兵隊はここに至る太平洋島嶼での戦訓を取り入れ、火炎放射、セメントの流し込みなどで、洞窟にこもり抵抗する日本軍を掃討していく。無意味な殺し合いはエスカレートし、米兵は死んだ日本兵の口を裂き金歯を奪ったりするが、日本兵も米兵の死体に陵虐を加え晒し者にする。
 この後に硫黄島があり、沖縄戦がある。互いの憎悪と恐怖は増幅されていく。海兵隊は日本軍との戦い方を研究し、無尽蔵の資源を投入して戦った。一晩中真昼のように照明弾を打上げて夜襲を防ぎ、日本軍の進路を断つべく、同じ地域に24時間の砲撃を続ける。
 補給の無い持久戦とはつまり、死ぬまで戦う、言い換えれば、死という結末しか無いということだ。それまでにいかに多く敵兵を殺すかだ。
 沖縄戦記を読むと、士官・下士官は意気軒昂で戦意を保ち続けるようだ。招集兵にもそういう人はいただろうし、堪えられなかった人もいただろう。米兵だって戦場神経症になる者が多数だったのだから。だって20歳そこそこの若者だもの。
 避難の過程で戦争に巻き込まれた住民はさらに悲惨である。老人、女子どもは戦闘訓練を受けているわけでもなく、戦いからいかに身を守るかの術を熟知しているわけでもない。敵が近づいて来れば、動くなと言っても怖くて逃げ出してしまう。米兵は日本兵か民間人か確認する前に撃つ。明らかに住民と思われる人たちがバラバラと駆け出し逃げていく、その背後から機銃掃射する米軍のフィルムも残っている。

 地上戦とはそういう苛酷なものである。日本本土も大きな「島」である以上、同じ運命をたどるしかないだろう。

 でも、今の日本はスイスなどのように防備を固めるわけでもない。はなから戦いなど無い前提なのだ。70年前に核兵器2発を使われたために、いかなる抵抗も核保有国に対しては無意味、と思うようになったのかもしれないが。
 外交と国際貢献によって自国の平和を維持したいのだが、近隣に体制を異にする核保有国ロシア(旧ソ連)、中国がいては、アメリカの核の傘無しには安心できなかった。そしてさらに北朝鮮核兵器を手にした。その北朝鮮アメリカは、戦争をするのか和平をするのか、この流れの末には、日本が、日本人がいかに平和な生活を続けるかの大きな分かれ道が近づいているような気がする。

 自分たちは、子どもの頃に少年雑誌で戦記をよく読んだものだが、そういう文字からの経験、直接体験者(父母)の証言を聞いた経験さえも無い人たちは、戦争というものの実態を想像すらできないのかもしれない。
 というわけで、若い人は「ペリリュー 楽園のゲルニカ」を読もうね。