部活再開

 徒歩通勤の疲れからか、夕食後寝てしまうので、こんな時刻に起きている。
 終業式。久し振りに(13日ぶりか)生徒たちが登校し、離任式があるため卒業生も多数押しかけ、職員室は賑やかである。学校全体に笑い声が満ち、制服の子達が足早に動き回り、女子高の日常が帰ってきた。生徒あっての学校である。
 体育館での式。寒いことこの上ない。が、被災地ではこのような体育館で、毛布にくるまって寝ているのだと思えば我慢できる。7名の方が離任された。皆さんのあいさつが心にしみる。
 
 部活が再開。ほぼ全員がそろう。今日は台本読みと併行してスタッフの仕事の段取りを考えていた。来月の今日が本番とあってはどう考えても忙しい。部員達はそれを自覚してか、やる気がみえる。よかった。最後のあいさつの時、災害にあってはじめて暖かい家に住める幸せを自覚したように、芝居を作れる幸せを感じなければならないというようなことを話す。
 
 「静物画」は、最後の場面で礼拝の場面があるが、音楽部の協力を得て30~40人で賛美歌を歌うことになる。5人の生徒が延々と繰り広げる授業ごっこの果てに、この大人数のシーン。インパクトがありそうである。…ネタバレか?
 
 人間の力を超えた大災害。うちひしがれる人間。その時芝居に何が出来るか。圧倒的な現実を見てしまった後に、なお色褪せずに存在する芝居とはどのようなものか。今思い起こされるのは、被爆後の広島を描いた「父と暮らせば」や「少年口伝隊」である。それらは、かえって今こそ、演じる側と観る側とに深い共感が生まれるかも知れない。今、被災地の人々の前で演じても完全に受け入れられるのではないだろうか。作家の中に深い思いが存在すればこそ、のことである。それが作家の作家たるゆえんなのだろう。
 自分のような作家性のない一顧問、一高校教師が書く芝居がその深さに到底及ばないことは承知のことだが、それでもなお、創作のモチーフを心の中の深み(それが地下の水脈で人々につながっているような)から掬い取ろうとすることは捨てられない。公演のために「お話」を作る、という所ではない出発点を持つべきなのだ。(結果的にはそうなってしまうとしても)