自作高校演劇脚本⑨『こぶたとチャールストン』

 


 『こぶたとチャールストン』 作、佐藤俊一

時    現在に限りなく近い未来

所    日本のどこか

登場人物 少年1(生徒)

     少女1(人顔のまま生まれた子)

     少女2(幼稚園児、生徒)

     少女3(幼稚園児、生徒)

     少年2(生徒)

     先生

     その他(母たち、聴衆、幼稚園児、生徒、大人たち、子供たち)

 

  初演 平成21年 山形県立山形西高等学校演劇部

 

 

プロローグ


     音楽とともに幕上がる。

     SE、産声

     赤ちゃんを抱いた新産婦登場。

     SE、産声の中に子ブタの鳴き声が混じってくる。


母1  (黙って赤ちゃんの顔を見せる。)どう見えます? 私にはブタにしか見えま

    せん…。何で私の子どもがブタなの! どうしよう~~。

母2  (同じくブタ顔の赤ちゃんを抱いて、照明の中に登場。)こんなことってある

    の? 一体誰に似たの? 何が悪かったの?

母3  (同じく)なんてこと…。でも、育てるわ。私。

母4  (同じく)ブタのどこが悪いのよ。みんなブタ顔で生まれてるじゃない。

母5  (同じく)かわいいじゃない。みんな同じブタだし。


   さらに数人の母が同様に登場して賑やかになる。

   人顔で生まれた赤ちゃんの母親、安心した顔で登場するが、周囲の雰囲気に、こ

   っそり退場する。


母たち 子ブタ、ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!


   ひとしきり盛り上がって、全員退場。


1場


   教団指導者登場。指導者の演説中に聴衆が増えていく。


指導者 神はお怒りです!

    神は、自らのお姿に似せて人をお作りになりました。決して、ブタに似せてお

    作りになったのではありません。なのに、なぜ、今子供たちはブタの顔をして

    生まれてくるのでしょうか?

    神はお怒りです!

    神は、罪深い私たちをお見捨てになろうとしているのです。

    そうです。世界の終わりが近づいたのです。

聴衆1 神はお怒りなのですね。

聴衆2 もう、普通の人間は生まれないのですか?

聴衆3 この世がブタだけの世界になれば、それはそれで普通になるのではないです

    か?

指導者 そうですね。確かにこの世はブタの世界になってしまいますね。このまま放っ

    ておけば…。

聴衆4 放っておけば?


   ブタ顔の赤ちゃんを抱いた母親登場


指導者 私たちは神の子羊にたとえられます。決してブタではないのです。神の子であ

    る私たちがみんなブタになってしまったら、神は私たちをお見捨てになるでし

    ょう。さあ、私たちは神の御心を取り戻すために何をするべきでしょうか?

聴衆1 何をすればいいのでしょう?

指導者 それは、みなさんが自分で考えなければなりません。さあ、神の御心を取り戻

    し、世界の破滅を救うのです!

聴衆2 何でもします。世界を救うためなら!

聴衆3 ブタがいなくなればいいのですね?

聴衆4 そうだ。ブタがいなくなればいいんだ。

聴衆1 ブタをこの世から消すんだ。


   聴衆盛り上がる中、母子、雰囲気におびえて逃げ出そうとする。


聴衆2 ブタだ!

聴衆3 ブタをつかまえろ!

母親  やめてください! この子はブタじゃありません、人間です!

聴衆たち ブタだ! その鼻はブタだ!

母親  この子がどんな顔に生まれようとこの子に罪はないでしょう!

    この子を産んだのは私なんだから、気に入らなければ私を殴りなさい!

聴衆  そうだな、お前もブタなんか産んで! ブタを消せー!

母親  やめてー!


   聴衆の攻撃を受けながら、母子は逃げ去る。指導者も退場。

   やがて、母子だけが再び登場。


通行人 どうしました? だいじょうぶですか?

母親  ブタを消せって…。

通行人 最近幅を利かせてる暴力教団ね!

母親  この子は何もしないのに…、ただ生きていたいだけなのに。…生きていくため

    に生まれたんですもの。

    この子を、どうか、お願いします。ぐふっ。ばたっ。

通行人 あっ! しっかりして! 死んじゃだめー! …死んだわ。

    …この子は私が育てます。安心してください。


   暗転


2場


   幼稚園の先生登場


先生  ねえ、聞いてよー。最近のさ、子どもってみんなブタの顔してるじゃない。

    みんななのよ、みんな。みんなブタ顔。

    私もさー、ブタの飼育するために幼稚園の先生になったわけじゃないからね

    ー。考えちゃうよねー。


   園児たち登場。皆、ブタ顔である。


園児たち 先生、おはよーございます。ブー。

先生  おはよー。今日もみんな元気だねー。

    でもそのブーはやめたほうがいいかなー。

園児1 先生、わたしたち、ブーって言うのが好きなんです。ブー。

園児2 先生、先生もブーって言って。ブー。

園児3 言って。言って。ブー。

先生  先生はね。ブタじゃないんだから、ブーって言わないのよ。みんなも、顔はブ

    タでも、中身は人間なんだから、ちゃんと人間らしくしましょうね。でない

    と、みんなトンカツにされちゃうぞー。

園児たち 先生こわ~い。

先生  ははは、冗談よ。…冗談だってば。ほら、恐がらなくていいから。こっち来な

    さいよ。…来てよ。…ブー。

園児たち ブー!(喜び)

先生  さあ、今日も楽しく遊ぼうねー。

園児たち …。(不満と期待)

先生  …ブー。

園児たち ブー!(喜び走って退場)

先生  走っちゃダメよ。危ないから。あーあ、聞いちゃいない。…いつまでこんなこ

    とやってんのかしら、私。結婚しちゃおうかな。でも、生まれてくる我が子も

    ブタかー。何かやだブー。

    …あれ? これやばいんじゃない? 癖になるブー。やだブー。やだーブー。


   先生退場


3場


   ブタ教団の指導者(ブタ顔)登場。


指導者 古い神は死んだのです。私たちは、新しい神から、新しい顔を授かりました。


   熱心に聞いているブタ顔の子どもと母親たち。


指導者 この耳、この鼻。これこそが新しい人類のしるしであります。

    世界の人々が、これまでの人種や民族、国境を越えて一斉に変化した。

    これが神の仕業でなくて何でしょう。

母親1 でも、まだ、私たちは認められていません。

    私たちを迫害する人たちもいます。

指導者 あなたたちの子どもは、神に選ばれた初めての子どもたち。新人類なのです。

    新人類は、旧人類よりも鋭敏な嗅覚と聴覚で、より深い感性に基づいた文化を

    築いて行くでしょう。人類の文明は、大きな変化を遂げる転換点に向かってい

    るのです。

    だから、あなたがたは新人類を生み出した母として、我が子を誇りに思いこそ

    しても、何も後ろめたい思いをすることはないのです。


   母親たち安心する。


指導者 しかし、この新しい神の時代に、今なお人顔で生まれてくるものがいます。

母親2 人顔の子を見ると、うらやましいなって思ってしまいます。

指導者 いいえ、人顔の子どもこそ、消え去るべき旧人類であり、存在してはならない

    ものなのです。

母親3 人顔の子どもこそ、消え去るものなんですね。

指導者 そうです。でも、私たちは人顔の子どもを消そうなんて考えません。そんなこ

    とをしなくても、彼らは自然に消えていくのですから。

母親1 私たちの子どもも、どんどん大きくなって、みんなが嫌でも認めるようになり

    ますね!

指導者 そうです。すべては神のご意志なのです。

    讃えよ、新しい神を! 栄あれ、新人類よ!


   みんなで歓喜


母親2 すみません。失礼ですが、あなたの、その鼻は?

指導者 あ、これですか? これは、(鼻を取り外す)看板のようなものですよ。


   指導者、母親、子どもたち退場。


4場


   小学校。登校してくる生徒たち。みなブタ顔である。

   各自、机と椅子を持って出て来る。(生徒4は持ってこない)


生徒1 おはブー。

生徒2 おはブー。ねえ、聞いた?

生徒1 何?

生徒2 ミオさ、美少女コンテストに出たんだって!

生徒1 へー。

生徒2 そんで、2次審査通ったんだって!

生徒1 へー! すごいじゃんそれ。

生徒3 美少女コンテストってー、ブタ顔になって初めてなんだよねー。

生徒2 ブタ顔の、初代、国民的美少女ってわけ。

生徒1 ミオってさ、耳立っててヨークシャー顔だよね。やっぱ、美人系はヨークシャ

    ー顔だよね。私なんて耳寝てて、体も胴長で、ランドレース系だもんね。

生徒3 私なんかデュロック系じゃん、色白じゃないし、顔はいまいちだよね。

生徒2 けどさー、バークシャーの黒豚とかー、あの梅山豚系なんか最悪だよね。

生徒1 梅山豚、最悪だよね。黒くて、皺くちゃで、耳超でかくて。はじめて見たと

    き、象かと思ったし。

生徒3 鼻の短い象~、てか。


   梅山豚系の顔の生徒登場


生徒4 おはブー。

生徒1 来た来た。梅山豚。

生徒4 なに?

生徒3 梅山豚。

生徒4 私のこと?

生徒1 いいよねー、梅山豚。頑丈で多産系だし。

生徒4 もしかして、馬鹿にしてる?

生徒1~3 してないよー、あはは。

生徒2 でもさー、大体、三元豚じゃん、みんな。なんとか系っても、純粋種なんて珍

    しいし。


   先生、入ってくる。


先生  おはよーございまーす。

生徒たち 先生、おはブーございます。

先生  だから、おはブーじゃなくて、おはよー。言ってごらんなさい。はい。

生徒たち おはブー!

先生  (ため息)(だめね。顔がブタだと心もブタになるんだわ。)

    ほら、ちゃんと前を向いて。話をしないの。何回言ったら分かるの?

    (ブタは人の3倍手間がかかるわね。)じゃあ、宿題を出しましょう。

    あら、また忘れたの!(やっぱりブタはダメねー。日本の将来は暗いわ。)

    (忘れ物の罰を与えて)ブタにはこれがお似合いよ。

    ブタはブタらしくしなさい。

生徒1 先生、またタバコ吸ったでしょ、トイレで。

先生  しませんよそんなこと。

生徒2 先生、何かだんなさんと違う男の人の匂いする~。

先生  な、何言ってるの。

生徒3 私たち、鼻が利くのよー。

生徒2 不倫だ不倫。

生徒たち ふーりーん。ふーりーん。ブーりーん。

先生  ば、ばか! ブーブーうるさいわね!(このブタどもが)。

生徒1 ブタですが、何か? 私たち、耳も利くのよ。

生徒3 ブタを差別しないでくださーい。

生徒2 先生! 私たち、「新人類」なのよ! 先生たちみたいな「旧人類」とは違う

    の! 今に私たちが大人になったら、先生たちは老人になって、絶滅していく

    のよ。

先生  新人類って、あんたたち、何様のつもり?

生徒たち 私たちは新人類! きたるべき未来は私たちのもの!

 

   子ブタたち、音楽(5ひきのこぶたとチャールストン)に合わせて歓喜の踊り。

   先生退場。踊り終わって、子ブタたち退場。


5場


   子連れの母親たち通りかかる。


母親1 あの家の子、ブタ顔じゃないんですって。

母親2 えー。今どき人顔なの?旧人類なのね。その子のお母さん、私たちみたいに新

    人類を産めなかったのねー。


   家の中から、人顔の女の子が登場。母親たち黙る。


少年1 (女の子に気づく)あ。

少年2 あー旧人類だ!旧人類ー。やーい。


   少年2、石を拾って女の子にぶつける。女の子泣く。

   母親たち、黙って見ている。

   少年1、少年2を止めようとする。

   泣き声を聞いて家の中から少女1の母親が出て来る。


母親3 何するの! やめなさい!(少年を叱る)

母親1 何すんのよ!

母親3 あなたの子が、家の子に石を投げたからじゃないですか。

母親2 その顔で他人様の前に出て来るのが間違いでしょ。

母親1 そうよ。旧人類のくせに、新人類を怒鳴りつけるなんて。

母親3 新人類がそんなにえらいんですか? ほんの少し前までは、あなたたちの子ど

    もの方が化け物扱いされてたのを忘れたの?

母親1 忘れたわそんなもの。今はそっちが化け物なのよ。ば・け・も・の。

母親2 どこかに行きなさいよ。目障りだから。

母親3 わからない人たちね。どこにいようと私の勝手です!(家に入る)


   母親たちぶつぶつ言いながら退場。石を投げなかった少年1、一人残っている。

   少女1がブタ鼻と耳を着けて出て来る。少年1隠れてしばらく見ているが、姿

   を現して声をかけようとする。


少年1 あの。

少女1 !(逃げようとする)

少年1 待って! 待ってよ。何もしないから。君、その鼻…。作り物だよね…。

少女1 違うわ! 見ないで! かまわないで。

少年1 人顔のこどもって初めて見た。学校にいる子はみんなブタ鼻だよ。君、学校に

    来てる?

少女1 私、学校に行ったことないの。

    ずっと家にいて、お母さんたちと暮らしているの。

少年1 一人でいても、つまんないでしょ。

少女1 つまんないけど、慣れちゃったわ。

少年1 ごめんね。石ぶつけたりして。あ、いや、僕は投げてないけど、あの子僕の友

    達なんだ。それに、投げるの止めなかったんだから同じだ。

少女1 いつものことよ。石ぶつけられるのなんか。こんな顔してるんだから、しょう

    がないのよ。

少年1 そんなことない。人顔って、意外と可愛いよ。

少女1 ええ?

少年1 僕、お母さんの子どもの頃の写真見たことあるんだ。

    君、何か、似てるんだよ。

少女1 そうなの。

少年1 その写真に写ってる子どもたちはみんな人顔で、でも全然変じゃなくて。どっ

    ちかって言ったら、僕の顔の方が変だよ。

    だって動物の子どもはみんな親と同じ顔してるじゃない。人の子どもがブタな

    んて、おかしいよ。


   途中から少女1の母親が登場し、二人を見ている。


母親3 ノゾミ、入りなさい。


   少女1、中に入る。


母親3 (少年1に)あなた、他の子どもと違うのね。

    ううん、あなたは間違っていない。でも覚えておいて、正しいことが世の中で

    認められないこともあるって。


   母、屋内に去る。少年1、未練を残して去る。


6場


   食堂。ブタ顔の少女たちがトンカツ定食を食べている。人顔の大人たちもいる。


大人1 ブタが多くなったなー。

大人2 世界中ブタだらけだもんなー。

大人1 イスラム教の国は大変らしいな。インドネシアなんかじゃ、味の素に豚のエキ

    スが入ってたって大騒ぎしたくらいだから、自分の子どもがブタになったら、

    さぞショックだろう。

大人2 アメリカでも、黒人の子が白豚で、白人の子が黒豚ってのも多いらしい。

大人1 黒人を差別する白人の子どもが黒豚だったら、皮肉だよな。

大人2 そういう親は自殺したり、子どもを殺したりするらしい。

大人1 世も末だなー。

少女2 おいしいブヒー。やっぱり肉よねー。

少女3 ここのトンカツ定食、おいしいんだブヒー。ここ、平牧三元豚の肉だから。

大人1 あいつらだけは、「我が世の春」って勢いだな。

    昔さ、スーパーの肉売り場に、豚がトンカツ食べてる絵が描いてあってさー。

大人2 あー、あったね、そんなの。

大人1 ちょっとグロいなーって思ったりしたんだけどー、まさか本当にこんな場面に

    出くわすなんて思わなかったよ。

大人2 ほんとだ。ブタの共食いか…。

少女2 キャベツお代わりー。(お代わりをもらいに行く)

少女3 私もキャベツブヒー。(お代わりをもらいに行く)

大人1 俺もキャベツお代わりしてこよう。

大人2 え、みんな行っちゃうの? ま、待ってくれよ。


   全員退場。次の場面の間に食堂が撤去される。


7場


   ブタ顔の中学生1、2登場。


生徒1 カエルの子はカエル。…キリンの子はキリン。

生徒2 は?

生徒1 キリンの子は親に似てやっぱり首が長い。でも、なぜキリンは首が長いのかっ

    て考えると、どうなんだろ。

生徒2 どうって…高い枝の葉っぱが食べられるでしょ。

生徒1 子どものキリンじゃ、首長くてもそこまで届かないでしょ。赤ちゃんキリンは

    お母さんのおっぱい飲むんだから、おっぱいまで届けばいいわけじゃない。

生徒2 じゃ、何? 生まれたときは首短くて、成長しながら伸びればいいってこと?

    にゅーって。

生徒1 あはは、首の短いキリンっておかしいね。

    動物ってさ、親と同じ形で生まれてくるじゃない? 私たちは、なんで親と違

    うんだろう? 昔、ブタ顔の人間って想像できた人いるかな? もしいたら、

    笑っちゃったよね、きっと。

生徒2 実際笑われたじゃない、ちっちゃいころ。でも、これは、突然変異による進化

    で、私たちの子どもは私たちと同じ顔になるって教わったでしょ。そうなれ

    ば、親と子どもは同じ顔で、問題なし。

生徒1 私たちの世代だけ、親子で断絶してるのね。これって不幸じゃない?

生徒2 選ばれた世代なんだから仕方ないって。進化できないよりはいいよ。進化し損

    なって人顔で生まれた子どもは、施設に隔離されることになったじゃない。こ

    の一年間で百人くらい収容したってよ。

生徒1 そうそう、入ったら最後、一生出て来れないんだってね。

生徒2 そう、それから施設の中でしか結婚できなくて、子どもも産めないんだって。

生徒1 嫌だ~。なんか「強、制、収、容、所」って感じ~。

生徒2 だから捕まりたくなくて逃げたり隠れたりするらしいよ。

生徒1 この辺で人顔の子なんて見たことないけどね。

生徒2 そりゃ、街中に出て来るときは、作り物の「鼻」と「耳」をつけてくるの。

生徒1 え、まさかあんたの鼻?

生徒2 痛い! 何すんだよばかー。


   などと話しながら中学生、退場。


8場


   少年2登場

 

乳母の声 おぼっちゃまー。どこですかー。もう帰る時間ですよー。

少年1の声 おーい。もう出て来いよー。


   少年2、様子を窺っている。ポケットからタバコを取り出し一服しようとする。

   不意に少女1が登場。少年2、少女1に気づき、身を隠す。

   少女1は、辺りに誰もいないと思ったか、ブタ鼻をはずす。


少年2 (タバコをしまい、とびだす)おい!

少女1 !

少年2 おまえ! 旧人類だな!


   少女1、作り物の鼻をつけ、逃げようとする。少年2は、少女1の手の鼻を奪い

   取り、捨てる。


少年2 やっぱりそうだ。

少女1 見逃してください。どうか、他の人には言わないで。お願い。…お母さんに、

    外ではずしたらいけないって、あんなに言われてたのに…。

少年2 いや、保健所に届ける。旧人類は隔離しておかないと。こんな所に隠れている

    なんて、旧人類はこれだから油断できない。

少女1 旧人類って、何なの?

少年2 お前たちみたいな不細工な顔の持ち主のことだよ。

少女1 あなたのお母さんはどんな顔をしてたの? 豚の鼻をしていたの? そうじゃ

    ないでしょ。

少年1 もちろんだ。僕たちは新人類第一世代なんだから、僕らの親は旧人類だ。だか

    ら顔が違うのはあたりまえだ。でも、やがて第二世代が出て来るよ。そうし

    て、旧人類は絶滅する。

少女1 消えていくものなら、そっとしておいて。

少年2 おまえみたいなできそこないが、またできそこないを産んだりしたら困るじゃ

    ないか。


   少年2、少女1を無理やり連れて行こうとする。少女1抵抗する。

   少年1、登場


少年1 やめろよ。

少年2 え? 何だって。

少年1 見逃してやれよ。

少年2 何言ってんだよ。旧人類の子どもじゃないか。保健所に届けて登録しないと。

少年1 嫌がってるじゃないか。

少年2 決まりを守らないつもりか?

少年1 決まりを守らないのは、君も同じだろ?

少年2 何?

少年1 「タバコは二十歳になってから」だろ?

少年2 んん?

少年1 あの厳しい家庭教師の先生に知られても良いのかな?

乳母の声 おぼっちゃまー。お勉強の時間に遅れてしまいますよー。

少年2 ちぇっ! 覚えてろよ。


   少年2、退場。


少年1 前に逢ったよね。あいつが君に石をぶつけた時。

少女1 私も覚えてるわ。

少年1 そう。

少女1 あなた言ったわ、私があなたのお母さんに似てるって。

少年1 ああ。

少女1 あなたのお母さんって、どんな人?

少年1 僕を産んだ母さんは、僕を産んですぐに死んじゃった。

少女1 そう…。

少年1 そのころは、狂信的なグループがブタ顔の赤ちゃんを殺しまわってた。知って

    るだろ? 母さんが守ってくれなかったら、僕も死んでたよ。

少女1 まさか、お母さん…。

少年1 うん。奴らにやられた。

少女1 かわいそうに。

少年1 僕は、奴らが憎い。

少女1 やっぱり、旧人類が憎いのね。

少年1 ちょっと違うかな。奴らってのは、旧人類とか新人類とか、人を勝手に区分け

    して、相手は殺してもいい敵なんだって思いこませる奴らだよ。

少女1 …そんなふうに考えたことなかった。

少年1 いつも君といっしょにいたいな。あんな奴のいる学校なんか、行かなくていい

    し、行きたくもない。

少女1 私もあなたといたい。でも、二人の顔が違う限り無理だわ。

    人とブタはいっしょになれないのよ。…私がブタになれたらいいのに。

少年1 君は、今のままでいて。僕が何とか考えるから。また明日来るよ。

少女1 気をつけて…。


   SE短い暗転


9場


   SE(学校のチャイム)少年1残っている。(椅子に座っていてもよい)

   少年2、登場。少年1、少年2に近づく。少年2、ニヤニヤしている。


少年1 あのさ。

少年2 なんだい?

少年1 昨日はなんか、ごめんね。気を悪くしないでくれる?

少年2 別に、何とも思ってないよ。

少年1 良かった。じゃあ、さよなら。

少年2 あいつの所へ行くのか?

少年1 いや…別に。

少年2 もうあそこにはいないぜ。

少年1 え?

少年2 施設にいるのさ。僕が保健所に教えて、隔離してもらったからね!

少年1 なんだって!

少年2 二度と会えないぞ。ざまーみろ! 僕をバカにするからだ!

少年1 !


   少年1、すごい勢いで少年2につかみかかり、押し倒して殴る。

   少年2の悲鳴。先生駆けつける。


先生  何してるの! やめなさい! 二人とも!


   音楽 短い暗転。


10場


   先生と少年1、椅子に座っている。先生、何か仕事をしている。


少年1 先生。

先生  落ち着いた? 君がケンカするなんて、びっくりしちゃった。

少年1 聞きたいことがあるんですけど。

先生  何?

少年1 顔を整形して人顔にすることって、できますか?

先生  何? 突然。人顔にするって? 誰が?

少年1 別に、誰っていうわけじゃないんですけど…。

先生  昔、子ブタが生まれ始めた頃、親たちは子どもの顔をなおそうと必死になっ

    て、手術したり、怪しげな薬を使ったりしたんだって。人の弱みにつけ込んで

    嘘の薬をとんでもない値段で売りつけるなんてこともいっぱいあったって。

少年1 そんなことがあったんですか。

先生  今は人顔にするなんて、誰も考えたりしない。逆に、人顔で生まれてくる子ど

    もをブタ顔にする技術が進んでいるようね。まあ、顔だけなおしてもしょうが

    ないから隔離しちゃうんだけどね。

少年1 そうですか。(でも、あの子の顔をブタにはしたくない。あの顔のままで…)


   暗転


11場


   怪しげな店。少年が入ってくる。


少年1 ごめんください。


   反応がない。


少年1 誰かいませんかー?


   怪しげな老婆、登場。


老婆  なんだい。何か用かい? もしかして、お客さんかい?

少年1 人顔になる薬があるそうですが。

老婆  なんだって? そんな注文は、十年ぶりだねえ。子ブタが生まれだした初めの

    頃は、よくそんな注文を受けたもんだよ。

少年1 あるんですね。

老婆  あるけど、高いよ。

少年1 お金なら、ほら。

老婆  子どものくせに、どこからこんな大金持ってきたのかね。

少年1 お母さんの残してくれたお金です。全部持ってきました。これで足りますか?

老婆  ほう…。まあ、少し足りないけど、まけといてやるよ。

    ただねえ、この薬は高いだけじゃなくて、強い副作用があるんだよ。

少年1 どんな?

老婆  それはね、人によって違うんだが、声が出なくなったり、耳が聞こえなくなっ

    たり、いろいろだ。ごく希に、何の副作用もなく人顔になった子もいたけど

    ね。

少年1 …。

老婆  まあ、死んだ奴はいないよ。どんなことになろうとも、こちらとしては責任を

    持てないって分かってもらったうえでなら、売ってやるよ。

少年1 確かに、人顔になるんですね。

老婆  なるよ。だけど、言っておくけれど、二度と、その顔には戻れないからね。

    それでもいいのかい?

少年1 いいです! 売ってください。

 

   老婆、金を持って裏へ行き、ややあって薬を持ち、登場。


老婆  ほら。

少年1 ここで飲んでもいいですか?

老婆  かまわないけど、少し時間がかかるから、私は奥にいさせてもらうよ。


   老婆、奥に入り、少年、薬を飲む。


少年1 あっ、あーっ! 顔が熱い! 顔が燃えるみたいだ!


   短い暗転。明転すると夕方になっている。老婆が少年の傍にいる。


少年1 暗いなあ…。どれくらい経ったんだろう? 僕は人顔になったのかな…。

老婆  鏡を見てごらん。

少年1 どこ? 暗くて分からないよ。もう夜なんだね。

    どうして明かりを点けないの?

老婆  おまえさん…目が見えないんだね。

少年1 え?(顔をなで、人顔になったのを知るが、視力を失ったことに愕然とする)

老婆  喜びな! 望み通りに、立派な人間様の顔になったよ! あーははは!


   暗転


12場


   SE(鍵の音など)

   人顔の子どもの隔離施設。少女1がいる。他に人顔の子どもがいても良い。


職員  新入りだ。(声だけでもよい)


   黒メガネをかけた少年1(職員に手を引かれて)登場。


少女1 …あなたなの?

少年1 ああ、ノゾミ。そうだよ。ほら。(黒メガネをはずす)君と同じ人顔になった

    んだよ、僕。

少女1 ああ! なんてことしたの!

少年1 これで君といっしょにいられる。

少女1 ばかね。一生出られないのよ。

少年1 君といっしょなら、かまわないさ。

少女1 …あなたの新しい顔、すてきよ。…どうしたの?(少年の目をのぞきこむ)

少年1 見えないんだ。

少女1 え?

少年1 顔を変える薬の副作用で。

少女1 ああ! 私のせいなのね、ごめんなさい!

少年1 違うよ。君のせいじゃない。僕は何も後悔していない。ただ、君の顔が見られ

    ないのが少し悲しいだけだよ。でも、君の顔ははっきり覚えている。

少女1 私、できることなら、あなたみたいな鼻や耳になりたいって思ってた。

少年1 今頃分かったけど、本当は、鼻や耳の形なんて、どうでもよかったんだね。顔

    を見ることができない僕にとっては、誰もが同じように思える。

    ブタ顔でも人顔でも人の心に変わりはない。憎しみ合うこともあるけれど、愛

    し合うこともできるんだ。

少女1 あなたはみんなを外見でなく、心で見るのね。

少年1 そう。僕は夢を見るんだ。

    いつの日にか、ふるさとのあの緑の丘の上で、ブタ顔の子と人顔の子が手を取

    り合い、兄弟のように遊べる日が来る。そんな夢を。


   音楽流れる中、暗転


13場


   教室。ブタ顔の中学生たち談笑している。


生徒2 もうすぐ中学も終わりだね。

生徒1 来年は高校生か。制服の可愛い学校に入りたいな。最近、どこも制服変えてる

    でしょ。

生徒2 やっぱ私たちの顔だと、これまでの制服じゃ合わないもんねー。

生徒1 その前に受験勉強。

生徒2 あーあ、それがあったか。


   などと談笑する中、急に生徒1が苦しみ出す。


生徒1 顔が、痛い!


   生徒1、後ろ向きになってもがいている。


生徒たち どうしたの? しっかりして!


   生徒1、動かなくなる。

   生徒たち、少女を抱き起こすと、少女の顔がサナギになっている。

   生徒たち驚く。「キャー!」「うわっ!」など。


生徒2 これ、何だろう? …息してるぞ!

 

   生徒、二人目が苦しみ出し、一人目と同様に、顔がサナギと化す。

   生徒たちパニックになる。

   SE 短い暗転

   先生や親が登場し、医者がサナギ化した生徒たちを診ている。


医者  これは、サナギのようだが…。

先生・母 サナギ?

医者  顔だけが、サナギになっているようです。

 

   生徒1の様子が変わり、全員が注目する中、サナギがパックリと割れる。

   すると、生徒1は人顔になっている。


母親  ○○(子供の名前)? ○○なの? その顔は…。

生徒1 お母さん…。顔が、変な感じ…。

母親  ○○! 人顔になってる!


   二人目の生徒もサナギが割れ、人顔になる。


医者  これは…もしかすると、ブタ顔の人間はサナギを経過して人顔になる、つま

    り、変態するのかもしれない…。

先生  嫌だ、「ヘンタイ」になるんですか…。

医者  いや、その変態ではなくて。カエルとか虫とかがする、あれですよ。

先生  人が虫になるんですか?

医者  いや。虫にはならないでしょうが。どうしてこうなるのか、さっぱり分かりま

    せん。

母親  まるで別人だけど…赤ちゃんの頃の面影が目のあたりにあるわ。やっぱりこの

    顔が本当の人間よね!

生徒1 お母さん。鼻や耳が軽いよ。でも、何だか変。匂いがわからなくなっちゃっ

    た! 耳も良く聞こえない。


   残りの生徒たち、次々苦しみだす。


先生  また始まった!

医者  病院だ、病院へ連れて行け!


   騒ぎの中、全員退場。(机など撤去)


14場


   小学生、中学生登場。


生徒1 あ~私、ブタ顔の頃はあんなに可愛かったのに~。何よこれ。こんなブスの人

    顔になるなんて!

    お母さん、言ったじゃない。きっと可愛くなるって。でも私、可愛くない!

    それに比べて、○○は何? あんな梅山豚顔だったのが、あんな可愛い人顔に

    なるなんて~。どうなってるのよ~。

生徒2 いいじゃん、私なんか、まだブタだし。変態してないの、もう、クラスで三人

    しかいないのに。いつまでも大人になれないみたいで嫌だブー。

生徒1 あ、…私ブーブー言わなくなってる。

 

   中学生、退場。


小学生1 美少女コンテストなんて意味ないじゃんね。顔、まるっきり変わっちゃうん

    だから。

小学生2 デビューした子も大変よね、○○なんか、今じゃ憎まれ役しかできないもん

    ね。

小学生1 十七才くらいで私たちの人生リセットされちゃうんだものね。

小学生2 (手鏡を見て)私、大人になったらどんな顔になるのかしら?


   小学生、退場。黒メガネの少年1と少女1登場。


少年1 みんな人顔になってしまうんだね。こうなるとわかっていたら…。僕は愚かな

    ことをしたんだろうか?

少女1 いいえ、私幸せよ。それに、施設から出られたし、子どもが人顔でもブタ顔で

    も気にしないで生きられるようになった。

    あなたの夢はほんとうになったのよ。

少年1 そうだね。でも…。

少女1 心配しないで。私があなたの目の代わり。それでいいじゃない。

 

   少年2、登場。少女1それに気づき、少年1をかばうそぶり。


少年2 出られたんだね。

少女1 ええ、出られたわ、私たち。

少年2 すまなかった。

    でもあの時は、ああするのが正しいことで、仕方がなかったんだ。

    でもどうだい、みんな人顔になってしまって。

    ブタ顔を、さもすばらしいことのように自慢していた自分がバカみたいだ。

    だけど、どうして僕は変態できないんだ!

    それに、僕には、君のように薬を飲んで人顔になる勇気もないんだ!

少年1 君もつらい思いをしたんだね。みんなが運命にふりまわされていたんだよ。

    君が特に悪い人間だというわけじゃない。もう、何とも思っていないよ。

少女1 私も。

少年2 …ありがとう。


   高校生が登場。


高校生1 しばらくー。写メで見たけど、ずいぶん変わったねー。

高校生2 そっちこそすっごくかわいくなったじゃない。

高校生1 なんかさ、「かわいい」って感覚、違ってきてない?

高校生2 そうそう、「かわいいブタ」と「かわいい人間」じゃ、ずいぶん違うからね

    ー。前はさ、「かわいい匂いー」とか感じてたよね。

高校生1 ほんとそれなくなったしー、男の趣味も変わっちゃったよねー。


   大人登場。


大人1 何が「新人類」よ。中学卒業するくらいになるとみーんなサナギになって、結

    局人顔になっちゃうんじゃない。

大人2 うちの子、変態したら父親そっくり! あんなにかわいい顔してたのに、もう

    がっかり。

大人1 やっぱり人間の子は人間に決まってるのよ。

大人2 所詮、ブタはブタよねー。


   話に夢中で少年1にぶつかってしまうが、気にもしない様子。少年1が盲目であ

   るとわかると、さも嫌なものを見るようなそぶりをする。


大人1 (少年2を見て)ちょっと、ほら、見て見て、あれ。

大人2 まあ、あの歳でまだブタ顔だなんて、おかしいわねー。

大人1 何時までもブタ顔って、やっぱり食生活とか影響するのかしら? 豚肉の食べ

    過ぎってことないかしら。家はほら、牛肉だからー。

大人2 魚でしょーやっぱ。ドコサヘキサエン酸がいいんじゃない。


   少年2、大人に近づく。


少年2 確かに、僕はブタのままですよ。でもね、今では一生この顔でもいいって思っ

    てるんです。ただ、この心の痛みと人の優しさは忘れないつもりです。それを

    失くしたら、ただのブタだから。

 

   少年2、少年1、少女1退場。


高校生1 おばさんたち。

大人12 え?

高校生2 いいかげんにしてよね。

大人12 何?

高校生1 あんたたち、自分がブタだったり人だったりしたこと、ないでしょ?

大人1 あるわけないじゃない。

高校生2 私たち、赤ちゃんの頃、ブタって言われて石ぶつけられた。でも、だんだ

    ん、ブタが普通になって来たら、「新人類」っておだてられた。

高校生1 人顔の子どもを「旧人類」って言って、石ぶつけた。

高校生2 でもみんな変態して人顔になるって分かったら、こんどは変態できない子を

    バカにする。

高校生1 あんたたちみたいな大人が、一番、「旧人類」なんじゃない?

大人2 何言ってるのこの子たち。私たち旧人類に決まってるじゃない。ねー。

    わけ分かんないこと言わないでよ。(そそくさと退場)

高校生2 やれやれ、ああいうおばさんは、何があっても絶滅しないんだよね。

高校生1 まったくだ。


   ブタ教団の指導者が通りかかる。それを見つけた高校生たち、指導者を囲む。


高校生2 おい、待てよ。あんた、「新しい神」とか、「新人類」とか言ってたよね。

    どうなの? あんたの神も変態して人顔になるの?

指導者 ああ変わるとも。変わったっていいじゃないか。毛虫が蝶々になるんだよ!

    それに比べたら、ブタから人になるのなんか、かわいいものじゃないか。


   逃げ出す指導者。


高校生2 ほんとうだ。ブタの神様も大忙しのようだ。


   子ブタたち登場。高校生、無心に遊ぶ子ブタたちを眺めながら。(次の高校生

   の台詞は、一人で言っても、複数に分けて言っても、どちらでもよい)


高校生 子ブタだった時代が懐かしいわ。まるで別世界に生きていたみたい。

    でも、確かに私はブタだったし、それを何とも感じないで生きていた。

    今、人顔になって初めて、あの時代が何のためにあったのか分かる。

    この子たちも、やがてそれを知る。

    世界がみんな、そういう経験をした大人だけになったら、その時こそ…。

子ブタ1 ねえ、私も、お姉ちゃんみたいになるの?

高校生2 なるよ。きっときれいな人顔になるよ。

子ブタ2 アハハ、早くならないかなー。

子ブタ3 早く大人になりたいブー。

高校生1 あわてなくてもいいよ。今は子どもを楽しんで、ゆっくり大人になりなさ

    い。

子ブタ ゆっくりブー。

高校生1 踊ろう! みんなで。

全員  (高らかに)ブー!


   人顔の高校生とブタ顔の子ども、いっしょに「五ひきのこぶたとチャールスト

   ン」を踊る。

   踊る中、幕。