自作高校演劇脚本⑤『リトル・マッチ・ガール』

『リトル・マッチ・ガール(狼少年版)作・佐藤俊一

 

時  現代の冬の夜(クリスマス)および過去(四〇年前) 

所  現代の日本のある町角  焚火(石油缶で)のできる空間 他 

キャスト

 少年、光山成文(みつやましげふみ、小学五・六年~中学一・二年くらい)

 男1、光山こと朴成文(六十歳くらい)

 女、方子(まさこ、六十歳くらい)

 男2、通りすがりの男、辛(しん)

 少女A、携帯売りの少女(高校三年生くらい)

 少女Bティッシュ配りの少女(大学一年生くらい)

 少女C、マッチ売りの少女を探している少女(小学三年生くらい)

 通行人・先生・生徒・その他、前の七人が兼ねる

 

初演 2003(平成15)年

 

 


   音楽が始まり、客電落ち、暗闇となる。

   背景幕の上に映像が写し出される。(北朝鮮への帰還船の映像)

   闇の中に男の姿が浮かび上がる。厚いコート、帽子、リュック。

   男、抱えていた箱を前に置き、蓋を開ける。

 

男1  何も入っていない。空っぽだ。箱を開けて老人になった話があったが、年をと

    った私には箱を開けても何も起きないのか。

    …おや? あなたも、箱を持っていますね。大事そうに抱えていらっしゃ

    る…。中には何が入っていますか?アルバムですか?お金ですか?

    …やはり空っぽですか? 中身を失った空の箱は何のためにあるのでしょう?

    おわかりでしたら教えてください。

    え、わからない? わからないって。じゃ、なぜその箱を捨てないんです?

    教えてください。教えてください。誰か教えてくれ!


   男2、登場。


男2  おまえの首でも入れるんだな、パクソンムン(朴成文)!

 

   男1、一瞬身を固くするが、振り向かず。


男1  ここまで追ってきたか。執念深いことだ。

男2  命令に忠実なだけさ。


   男1、身を翻して箱を投げつけ、逃げる。男2、男1を追って去る。

   暗転

   やがて音楽がクリスマス風に変わり、明転

   舞台にはベンチがある。(ボックスでも可)

   少女A登場、大きめの箱と幟を持っている。幟には「格安!プリペイド携帯」の

   文字。

   幟をベンチに立てかけ、ベンチに腰を下ろす。傍らに箱を置き、商売の準備。

   短いスカートで、寒そうな服装。


A   うー、寒。死ぬ。(ティッシュを取り出し、鼻をかむ。ティッシュ、使い切っ

    てなくなる)


   少女C登場。暖かそうな衣服。大きな絵本を抱えている。


A   (携帯にメールあり。見てみるが)なにこれ。(消す)


   C、ベンチのAを見つけてじっと見ている。やがて近づいてくる。


A   (携帯をかける)…。(消す)なんで出ないのよ…。

C   マッチ売ってる?

A   ああ?

C   マッチ、売ってる?

A   売ってないよ。売ってるのは、ケータイ。

C   携帯かー。

A   買う?

C   ううん、持ってるからいらない。ほら。(と自分の携帯を見せる)

A   …そう。

C   これみんな売らないと帰れないんだね。

A   まあね。

C   かわいそうなんだね。

A   まあね。

C   この携帯使ったら、いいことあるの?

A   はい?

C   売れなくて最後には自分で使うんでしょ。そしたらいいことあるのね。

A   …話、見えないんだけど。

C   私ね、「マッチ売りの少女」探してるの。

A   まっちうりのしょーじょ?

C   今日みたいな冬の夜に、マッチが売れなくて死んじゃった子。

A   …ああー。残念でしたね。私はマッチ売りじゃなくて、「携帯売りの少女」み

    たいな。

C   ちょっと違ったね。

A   いや、かなり違うけど…。

    それ、探しても無駄じゃないかな。実在の人物じゃないもん。

C   いるわよ。きっといる。見つけたら、私のお家に連れていって、たくさんおい

    しいもの食べて、あったかいお風呂にはいって、いっしょにおやすみするの。

A   ああそう。見つかるといいね。実は私もお腹ペコペコなの。お家に連れてって

    くれないかなー。

C   あなた、マッチ売りの少女じゃないじゃない。

A   (ムッとして)それはそうとして、もう九時だよ、家の人心配しないの。

C   だいじょーぶ。(ベンチに座る)

A   (独白)何がだいじょーぶなんだ?最近の小学生はわからんなー。


   (腹の鳴る音)ああ腹減ったなー。昨日からろくに食ってないもんな。

   通行人、通る。


A   あ、携帯いかがですかー。年末特別大安売り、一万円ポッキリで三カ月、何の

    面倒もないよ。

    ちぇっ、行っちゃった。…さっぱりだなあ。


   ティッシュ配りの少女B登場。

   再び通行人、通る。A、声をかけようとするが、


B   はい、どうぞ。新年二日から営業してまーす。よろしくお願いしまーす。

A   あらら、ちょっとー、人の営業、妨害しないでよね。

B   ええ? 何?(幟を見て)携帯売ってるの?

A   そうよ、これ売らないと生きていけないんだから、私。

B   大げさなこと言ってー。高校生でしょ、どこでそんなもの仕入れてきたの。

A   何よ。立派なアルバイトでしょー。

    あんたこそどこのティッシュ配ってんのよ。

B   (無視して)そっちは何? 妹?

C   私、マッチ売りの少女探してるの。あなた、マッチ売ってる?

A   わけわかんないでしょ。これ私の妹でも何でもないからね。そんな誘拐犯見る

    ような目で見ないでよ。

B   マッチじゃなくて、ティッシュ。配ってるだけだけど。

C   ふうん。(ポケットからお菓子を出して食べ始める)


   通行人、通る。すかさずA・B同時に声をかける。


A   携帯いかがですかー。年末特別大安売り、一万円ポッキリで三カ月、何の面倒

    もないよ。

B   はい、どうぞ。新年二日から営業してまーす。よろしくお願いしまーす。

 

    通行人びっくりして逃げ出す。


A   ちょっとー!

B   何よー!

C   まあまあ、二人ともそうとんがらないで。これでも食べて仲良くしなさい。

    (とお菓子を出す)

 

   A・B、毒気を抜かれ、ベンチに三人並んでお菓子を食べる。


A   う、うまい。もう一つくれない?(拒否される)くれよー。


   二人もめている間に、Bの携帯から着メロ。


B   はい。あーもうすぐ終わります。はいはいちゃんと配ってますよ。一人に一

    個、めんどくさがってまとめて渡したりしてませんから、御心配なく。

 

   A、むりやりお菓子を取り上げて食べている。


B   ちょっとー! ちっちゃい子供相手になんちゅうことしてんだよ。

A   だって、もうまる一日何も食べてないんだものー。この携帯買い取るのにお金

    全部使っちゃって、一文無しなんだもん。(泣きべそ)

B   馬鹿ねー。なんでそんなことしたの。

A   一台五千円で買い取って、一万円で売ったらぼろいかなーみたいな。でも、一

    台も売れないしー。

B   何台あるの?

A   五台。

B   ふうん。今時のプリペイド携帯は、もっと安く手に入るからね。

    …これはプリカじゃなくて電話代が内蔵されてるやつだね。

A   そう、なんも面倒なことないの。すぐ使えるよ。どう? 助けると思って一台

    買ってくれない。

B   甘ったれんじゃなーい。


   しばしの空白時間。人通りも途切れている。


A   …寒いわ~。

C   寒ーい。

A   ストーブが欲しいわ。(あたりを物色しはじめる)

B   また甘ったれたことを。(しかし、寒そう)

A   これで焚火できるんじゃない?(捨てられた一斗缶を持ってくる)

C   焚火、焚火!

B   焚火はいいけど、何、燃やすのよ? どこに薪があるのかなー?

A   うーん。あっ、それそれ。(Bのティッシュに目をつける)それ、燃やしちゃ

    おうよ!

B   何言ってんの、だめよー。

A   どうせただでくれてやるんでしょー。人に鼻かまれるより、ここで私たちの体

    温になったほうがよっぽど幸せにちがいないわ。

B   むちゃくちゃ言うんじゃない。こう見えても、私は責任感の強い人で通ってる

    んだ。郵便物を捨ててしまう郵便配達みたいなことができるもんか。

C   私も、暖まりたい…。

A・B ……。

B   …しょうがない。(ティッシュを取り出し、一枚ずつひねっては一斗缶に入れ

    る)

A   話、わかるじゃない。

B   いいから、マッチかライター、出しなさいよ。

A   やだなー、あんたまで。私はマッチ売りの少女じゃないんだから。

B   持ってないの?

A   煙草吸わないし。

B   やだ! こんなにしちゃって。火がつけられなきゃ意味ないじゃない!

A   あなた煙草吸わないの?

B   吸ってたけど、やめるんで、今、ニコレット噛んでんの。ネオシーダーだとタ

    ールが多いし。(当時まだ電子タバコは無かった)

A   馬鹿みたい。

B   言い出したのはそっちでしょ!


   三人、黙って座り込んでしまう。寒々とした空白時間。

   通行人、通る。すかさず、A立ち上がって声をかける。


A   携帯いかがですかー。年末特別大安売り、一万円ポッキリで三カ月、何の面倒

    もありません!


   しつこく追いかけるが、相手にされないのであきらめる。

   Aの携帯に着信。話し始める。

   戻ってくるところに、大きな荷物を背負った女が走って登場。

   二人ぶつかって倒れる。


女   きゃああ~!

A   おおっ、痛えー!(倒れた拍子に携帯が壊れる)

C   おばあちゃん、大丈夫?

B   おばあさん、大丈夫ですか?

A   私はどうでもいいんかい!(携帯を見て)あっ! ああっ! 壊れてるー!

女   ああああああしが折れた~。

B・C おばあさん(ちゃん)!

A   そんな婆さんの足より、これ、これどうしてくれんのよー! 

    途中だったのにー!

女   なに? ばあさん~?(と立ち上がる)

A   婆さんじゃなくて携帯!

女   携帯? 携帯電話なら…そこにそんなに持ってるじゃないか。一台ぐらいで、

    きんきん騒ぐな。

A   足、どうしたのよ。

女   え? よう聞こえんのだが。

A   ばばあ。

女   ばばあ~?

A   聞こえてんじゃないよー。

B   まあまあ、たいして怪我もしてないようだし、穏便に穏便に。

A   これ、弁償して。

女   わたしが悪いわけじゃないだろ。弁償なんか、するか。

A   じゃこれ買って。

女   いらんわ、そんなもん。

A   …信じらんない。(壊れた携帯を見て)携帯ないなんてー。どうすんのー。

C   おばあちゃん、もしかして煙草は吸いますか?

女   煙草か、大好きだ。

C   じゃ、マッチ持ってますね!

女   ああ。なんだ、マッチが欲しいのか。(袋の中から大きな徳用マッチ箱を取り

    出す)

B・C おおお!

女   しかし、おまえさんたちはどう見ても未成年じゃないのかな。

B   違うんです。煙草じゃなくて、焚火。これに火をつけたいんです。

女   ああー、そうか。


   B、女の徳用マッチ箱を受け取り、一斗缶の中の紙に火をつけようとする。


C   おばあちゃん、マッチ売ってるの?

女   いいや。持ってるだけで、売らないよ。

C   ふうん。

A   ばあさんのこと、マッチ売りの少女じゃないかって思ってんだよ。(笑)

女   ぎくっ。

A   マッチ売りのばあさんなんて、いないよねー。(笑)

女   初めから婆さんだったわけではないわい。

AC  え?

女   私は、毎年毎年、年末の町に出て、哀れな少女を探しているんだよ。

    なぜなら、私もマッチ売りの少女だったんだから。

    私が最後のマッチを擦った時、天国のおばあちゃんが迎えに来てくれた…。

    そして時は流れ、私は次の少女を迎えるおばあちゃんになったのさ。

    …もう何人の子が私の姿を見て天国に旅だったか…、数えきれないわ。

    なんちゃって。

C   …おばあちゃんになる前に来てほしかった。

A   来てほしくなかった。

女   信じないのかい? 本当かも知れないだろ。

A   いーえ、確実に、絶対に、明白に本当ではありません。

女   この世にはね、不思議なことがいっぱいあるんだよ。

A   あんたの存在が一番不思議だよ。


   一斗缶に火が入る。炎がちろちろと見える。四人、あたる。


B   あー燃えたー。

C   あったかい!

女   さて、このマッチを擦ってしまったな…。

B   え? まさか金取るの?

女   金などいらん! ただ、このマッチを擦ると、その人の望みが…

A   かなうの! じゃ、私、私の

B   バカなこと言ってないの。そんな「木曜ストーリーランド」みたいな話がある

    わけないじゃない。(当時そういうアニメ番組があった)

    「これは本当の、マッチでございます」とか。

女   これは、ほんとうの…


   C、マッチをひったくって一本取り出し、擦ろうとする。

   何度も擦るが、つかない。


A   な、なにすんだよ!(取り返す)

C   あたし、あたし、おかあさんに会うんだ!

A   おかあさんに会いたきゃ、さっさと家に帰りなさい。その携帯で迎えに来てく

    れって…

B   もしかして…。


   C、泣き出す。


B   …わかったわ。(Cの肩を抱く)

A   何がわかったって?

B   鈍感。

A   何なのよー。信じらんない。

女   なんだ、悪いこと言ったかな。あたしゃ、ただ、このマッチを擦ると…

A   ええいうるさい!(マッチを投げ捨てる)

女   わああ。(走って拾いに行く)

B   あなたも、マッチ売りの少女みたいにマッチ擦ったらおかあさんに会えるって

    思ってたのよね。それでマッチ売りの少女を探してた…

A   じゃあ、この子のおかあさんは…。天国じゃ、携帯、圏外よね。


   B、Cの携帯を手にして見、それをAに渡す。


A   これ、オモチャじゃん。

    おかしいよ。この子も、このばあさんも。マッチで願いがかなうんだったら世

    話ないよね。おばあちゃんといっしょに天国へ行ったなんて、結局、道路で凍

    死したってことじゃない。生きてるうちは誰も助けてくれなかったのよ。

    ひどい話じゃない。

女   傍目(はため)からは惨めでも、本人は幸せっていうことがあるんだよ。

 

   闇の中から幽霊のように男が現れる。厚いコートに帽子。古い大きなリュックを

   背負っている。

   幕開きの男である。ただし、箱は持っていない。


男1  マッチを、ください。

A   え? …マッチはないけど、携帯なら、

女   マッチが入り用なのかい?

男1  ええ、ずいぶん探しましたよ。今時、街頭でマッチを売る人なんかいません。

    もうタバコ屋もめったに見ませんしね、自動販売機ばかりで…。

A   スーパーに行きゃ、いくらでも買えるじゃん。

男1  ええ、そうです。しかし、私が探しているのは、こんな雪の日に、いたいけな

    少女が…(ちらと女を見て)…売っているような、そんなマッチなんです。


   A、女のマッチ箱を取って


A   何本、買いますか?

男1  一本、火をつけてください。

A   何? ただつければいいの? 一本、千円よー。お金持ってるー?

男1  それは、高い。

A   じゃ百円。これ以上まけられないわよ、いいわね。


   A、マッチを擦る。火がついて、男の顔が浮かび上がるが、すぐ消える。


男1  もう一本。


   A、マッチを擦る。何も起きない。


A   アチッ、アチチ。ねえー、何なの? 火傷しちゃったじゃない。治療費含めて

    五万円ね。

男1  高い。

女   そりゃ私のだ。金などいらん。

男1  このマッチもだめなのか…。

B   あなたも誰かに会いたいの?

A   こいつもマッチ売りの少女探してんのか?

女   あんたが自分で擦ればいいのさ。

    あれ?(男の顔を見て)あんたは…、光山(みつやま)さん…。

男1  え? 誰だあんたは。

女   …ずっと昔のことだよ。私もあなたも子供だった。

男1  光山と名乗っていたのは、もう四十年も前のことだ。

女   あなたはいつも箱を持っていた。

男1  箱…、箱はもう、ない。

女   光山さん、帰ってきたのね。

男1  私は、もう光山成文(しげふみ)ではない。

女   あなたが行ってしまう前、お盆にはよくいっしょにお墓参りに行ったわね。

    あなたの家のお墓はなかったのに、変ね。

    あなたはマッチを擦って提灯に火をつけてくれたわ。

男1  …マサちゃんかい?

女   そうです。方子です。

男1  ああ、確かに面影がある。懐かしいなあ。でもよく私のことが分かったね。

女   分かりますとも。ずーっとずーっと待っていたの。

男1  待っていてくれた? 私を?

女   ええ、あの日から、ずっと…


   音楽

   少年が箱を持って現れる。男2が反対側に現れる。前景、暗くなる。

   前景の人々退場。

   少年、大きな箱を持っている。常に持ち歩いている。その中には、少年曰く、

   「狼」が入っている。しかし、他の人にはもちろん狼は見えない。

   公園かバス停か、少年が座っているところに男がやってくる。少年の箱を気にし

   ている。


男2  その中、何入ってんの?

少年  オオカミ。

男2  オオカミ? ああ、ぬいぐるみ、ね。

少年  本物だよ。

男2  入んないだろ、そんな大きさじゃ。

少年  信じなくてもいいよ。

男2  嘘ついちゃいけないよ。嘘つくと、ほら、狼少年みたいになっちゃうよ。

    あ、こりゃいいや、狼少年(と、少年を指さす)。

少年  信じなくていいって。

男2  見せてごらん、その中。開けてごらん。

少年  おじさんには見えないよ。

男2  あー、そう来るか。正直者にしか見えない狼ってか。嫌だなーそういうの。

    自分だけ正直者でございますって。

少年  信じなくってもいいって。

男2  まあいいか。君が信じてる分には誰にも迷惑かかんないし。その狼は、君のペ

    ットってわけだ。

少年  ペットじゃないよ。僕の友達だよ。

男2  どっちでもいいけど。あー、名前あんの?

少年  オオカミ。

男2  名前は?

少年  僕?

男2  狼。

少年  僕はオオカミじゃなくて、この子がオオカミ。

男2  じゃなくて、狼の名前聞いてるの。

少年  この子? 僕のオオカミ。

男2  「僕の狼」ね。その「僕の狼」は、いつからその箱の中にいるのかな?

少年  「僕のオオカミ」じゃなくて、「君のオオカミ」でしょ。おじさんが言うんだ

    ったら。

男2  あのね、それは名前じゃなくて「呼び方」でしょ。人によって変わったんじゃ

    名前にならないだろ!

少年  このオオカミは…名前は…「ボク」だよ。

男2  ぼく?(独言のように)朴? 韓国から来たのか? まさかな。

少年  (男の声は耳に入らず)そうだ。今日から君をボクと呼ぶよ! …ボク…。

男2  いや、いつからそんな物持ってるんだって。…だめだこりゃ。

 

   男2、去る。学校になる。(チャイムが鳴ってもよい)

   生徒1・2現れる。


女   鬼ごっこしようー。

生徒2 じゃんけんで鬼決めよう。

全員  じゃん、けん、ぽん。


   少年、箱を持っているので手が出せない。


生徒1 なんで出さないんだよ。

生徒2 光山君が鬼ー。

生徒達 わーい。(と逃げ出す)


   少年、追いかけるが、箱を持っているため、なかなか追いつけない。

   追いついても手が出せないので、ずっと終わらない。

   追われるほうも、もう歩いている状態になる。


生徒1 つまらないよー。

生徒2 全然つかまらないんだものー。

女   縄跳びしよう。

生徒1 縄跳びー。


   生徒達、縄を持ってきて縄跳びを始める。初めは少年、跳んでいるが、箱を持っ

   ているためひっかかる。


生徒2 光山君、お持ちー。


   少年、縄を持つが、箱を持っているためにうまく回せない。


生徒1 なんだよー。ちゃんとまわせよー。

生徒2 どうして回さないのー。

少年  僕、ちゃんとやろうとしてるんだけど…。

生徒1 もう、光山君あっち行って。じゃまだから。

女   そんなこと言ったらかわいそうでしょ。

生徒2 だって、こんなことしてたら遊べないよ。


   チャイムがなる。


生徒1 あーあ、休み時間終わっちゃった。


   生徒達、落胆して着席する。先生入ってくる。


女   起立、礼、着席。

先生  はい、国語の時間です。『鴨取りごんべえ』の三回目。じゃあ、方子さん読ん

    でください。

女   ハイ。(立って)「やあつかまえたぞ。ごんべえは両手にいっぱいの鴨をつか

    まえると、よろこんでおどりあがりました」

先生  はい、次、光山君読んでください。

少年  ハイ。(立って読もうとするが、箱がじゃまで教科書が読めない)

先生  光山君、箱は下ろしなさい。

少年  ハイ。(下に置く)

先生  何入ってるの?

少年  狼です。

先生  オオカミ? ああ、人形ね。

少年  違います。本物です。

先生  犬の子? 学校にペットなんか連れてきちゃだめだろ。

生徒1 見せてみてよ。

生徒2 狼だって、見せてみろよ。

 

   少年、生徒たちに箱を取り上げられる。当然、中は空である。


生徒1 狼なんか入っていないじゃないか。

生徒2 やーい、嘘つき。「狼が来たぞー」

先生  光山君、どうしてそんな嘘を言うんだ?

少年  いたんです。逃げちゃったんだよ。みんなが騒ぐから。

生徒1 なんだ嘘つき。「狼が来たぞー」

生徒2 逃げたんなら探してこいよ。呼んでこいよー。

生徒1 箱を持ってる奴らはみんな嘘つきだもんな。

生徒2 先生、どうして世の中には箱持ってる奴らがいるんですか。

先生  箱を持ってる人たちか…。もともとは私たちがあの人たちの面倒をみようとし

    たのだが…

生徒1 あいつらは、ろくなことをしないって、父さんも母さんも言ってます。

生徒2 私の家でも、箱を持ってる奴は信用しちゃいけないって言ってます。

先生  そうか。そうだね、私たちにはあの箱の中に何が隠されているのか、わからな

    いからね。

少年  僕、僕はなにも悪いことしてない。ただ、箱を持ってるだけじゃないか!


   空の箱を持って泣く少年。

   先生、生徒たちをうながして去る。

   遠くで狼の吠え声がする。その声が近づいてくる。


少年  僕、僕は…嘘つきじゃない。(狼の声)…帰ってきたね。

    (箱を閉じる。箱を抱いて)君はあんな奴らには見られない。君はいつでも好

    きな所に行ける。草原を走る君。森に生きる君…

女   (一人戻ってきている)だいじょうぶ?

少年  (箱をかばって)な、何?

女   泣いてるの?

少年  泣いてなんかいないよ。

女   狼、帰ってきたの?

少年  知らないよ。

女   見せて。

少年  いやだ。

女   じゃあ、狼さんに聞いてみて。見せてもいいかって。

少年  …いやだって。

女   …そう。(去ろうとする)


   一瞬、狼の声。


少年  待って。

女   なに?

少年  今度、ボクの、いいや、狼の機嫌のいいときに見せてあげるよ。

女   ほんと? 良かった。じゃね。(去る)

少年  …(少女を見送った後、箱を捧げ持つ。狼の吠え声)


   少年、去る。

   暗転

   上手に照明。男1、現れる。ロマンチックな音楽。


男1  いつから持っていたのだろう?物心ついたときにはもう箱を持っていて、狼が

    入っていた。持っているのがあたりまえと思っていた。

    自分がまわりの子供と違うとわかったとき、悲しかったのか、恐ろしかったの

    か? それともうれしかったのか。醜いアヒルの子が、実は自分は白鳥だと分

    かったときのように…。

    いずれにせよ、それは孤立することを意味していた。他と違うということを許

    せないのが差別の根源だ。その意味では子供は寛容さに欠ける。

    だが、あの人だけは違った…。


   明転(夏の夜)花火の音遠くに聞こえる。

   少年現れる。(相変わらず箱を持っている)人待ちの様子。

   反対側から提灯(火は入っていない)をさげた女現れる。(浴衣に下駄履き姿)


女   今晩は。待った?

少年  いいや。じゃ、行こうか。

女   …。

少年  どうしたの?

女   ううん。なんでもない。

少年  浴衣、似合うね。

女   (うれしそう)ねえ、提灯に火を入れて。

少年  うん。


   少年、箱をおろし、マッチを受け取って、提灯のロウソクに火をつけてやる。

   そばでのぞき込む女。


女   ありがとう。(足下を照らしてうれしそう)

    ローソクの明かりって、震えて、ゆらめいて、生きてるみたい。

少年  そうだね。

女   ねえ、寝るときもその箱持ってるの?

少年  まさか、寝るときは置いておくよ。

女   お家の人も持ってるの?

少年  お父さんも持っているよ。お母さんは持ってないけど。

    お父さんの箱にはやっぱり狼が入っているんだ。だけどボクのよりずっと強そ

    うなんだ。

女   へえー。

少年  お父さんの国では、みんな持ってるんだって。それが普通なんだって。

女   じゃあ、向こうから見たらこっちの方が変に見えるのかな。


   女、提灯をかざして少年の顔に寄せ、静かに見つめる。

   少年、少しどぎまぎする。


女   私が向こうに行ったら、私がいじめられるのかな?

少年  そんなことないよ。もし、いじめるやつがいたら、ぼくが守るよ。

女   (ちょっとうつむいてから、空を見上げ)…お星様って、暗い空にいるからあ

    んなに輝くのね。

    私、これから先ずっと夜でもいい。あんなふうに輝いていられるのなら。


   見つめあう二人。

 

男1  その時の私は、本当に誰にも負けない強さを持ったように感じたのでした。不

    思議でした。

    夜の闇をマッチの光が切り開いたように、私の弱い心にも何かが芽生えたので

    はなかったか…。

    その時のことは、ずっと後まで、マッチを擦るたび思い出したものです。


   生徒たち現れる。音楽、急迫した曲に変わる。


生徒1 おやー、光山じゃないか。

生徒2 お二人さん、仲がいいねー。

女   何よ。

生徒2 何にもできない箱持ちも、女にだけは手が速い。

女   やめてよ。

少年  馬鹿にするな。

生徒2 なんだ弱虫のくせに。

少年  ボクは、いや僕の狼は強いんだぞ、お前達なんか噛み殺してしまうんだぞ。


   箱に手をかける少年。少しひるむ生徒たち。

   少年、箱を開ける。が、何も起きない。


生徒1 あれー、狼はどうしたのかな?

生徒2 噛み殺してくれないのかなー?

生徒1 やっぱり嘘つきだ。

少年  ほんとうに、狼がいるんだって!

生徒1 「狼が来るぞ!」お前は嘘つきの狼少年だ。

少年  違うよ!

生徒2 お前なんか、箱の国に帰れ。

生徒1 (方子に)おまえも嘘つきの仲間だな。

生徒2 おまえもいっしょに行ってしまえ。箱なんかこうしてやる。


   少年呆然としている。女、逃げる。

   少年は箱をメチャメチャに壊されてしまう。

   生徒たち去る。

   箱の残骸を前にして少年は独白する。


少年  狼少年は嘘つきだった。でも最後には本当のことを言った。

    けれど、村人たちは誰も少年の言うことを信じなかった。

    狼少年は狼に食われて死んだ。

    村人たちは少年が叫ぶのを聞いた。でも誰も外には出てこなかった。

    村人たちは確かに狼の唸り声と、少年の引き裂かれる音を聞いた。

    でも誰も出ては来なかった。

    全てが終わった後、村人たちは外に出て少年の無惨な姿を見た。

    そうして子供たちに言った。

    ほら、こんなふうに、嘘つきは誰からも信じられず、ろくな死に方はしない。

    おまえたちも良く覚えておくんだよ…。

    村人は狼少年を憎んでいた。自分たちには聞こえない声を聞き、自分たちには

    見えないものを見ているから!

    村人は少年を見殺しにした。みせしめにするために、教訓にするために。

    「ボク」はもう帰ってこない!

    けれどボクはいつでも僕といる!

    僕は今こそぼくになろう!

    (狼の吠える声大きくなる)

男1  ああ、あの時、私はもうこの国では生きていけないと思ったんだ。

    箱の中のボクがいなくなってしまって、私は自分のいるべき場所がどこか、分

    からなくなった。


   周囲が暗くなり、背景に海が現れる。灰色の空。

   背景幕に北朝鮮帰国船の映像。群集のざわめきと歓声。


男1  今でも思い出す、人々の歌声。湧き起こる万歳(マンセー)の声。

    両親に連れられて海を渡ったとき、私はまだ十五歳だった。母と私の生まれ育

    ったこの国を捨て、父の国へ。父にとっては「帰国の旅」。私たちにとって

    は、知らない土地への旅立ちだった。


   リュックを背負った少年が現れる。少女が反対側に現れる。


女   光山くーん。(人混みの中を探しているという様子)


   少年、身を隠す。


少年  方子さん、もう光山はいないんだ。今ここにいるのは、朴成文(ぼくせいぶ

    ん)なんだ。

女   光山くーん。どうして教えてくれないの。どうして一人で行ってしまうの。

 

   少年、身を隠したまま。(泣いている)

   女、とうとうあきらめて、失意の内に帰る。


男1  私は、私の仲間がいる国へと旅立った。みんなが箱を持ち、みんなが狼を友達

    としている国へ。

    その国では私の名は「パク(朴)」。

    だが、そこも、箱を失った私には安住の地ではなかった。


   背景の海他、消える。


男2  (箱を抱えている)やあ、同胞。よく帰ってきたねえ。この国に来たからに

    は、もう差別を受けることはないよ。私たちは自由と独立を回復したんだ。

    おや? 箱はどうした? 持ってないのか。

少年  持っていました。でも、僕の箱は、壊れてしまいました。

男2  壊されたのか。いかん! 箱がないなんて。さあ、これを持ちなさい。(新し

    い箱を渡す)

少年  …あ、ありがとうございます。(箱に耳を傾ける)…いるのかい? ボク。


   少年、箱を開けてみるが、空っぽである。落胆の様子。


男2  なんだ、中に入れる狼もなくしてしまったのか。お前はいったいどっちの仲間

    なんだ。そんなことでこの国の役にたつと思ってるのか。

少年  は、はい、がんばりますから。よろしくお願いします。

男2  この国はな、自主独立の精神で、世界中の誰にもまねのできない新しい国づく

    りをしているんだ。君も精一杯、偉大な指導者のために働いてくれ。

少年  はい。

男1  こうして私はいるべき場所を見いだした…はずだった。

    しかし、中身のない箱を持った人間は、あの国でも孤立するしかなかった。

    父も母もあの国で亡くなった。

    食うや食わずの体で病気になったら、たちまち…。

    何もかもなくして、一人取り残された私は、生きるために再び国を捨てた。

    そうして、ここに戻ってきた。…何のために?


   男の独白中に後景暗くなり、前景の人々戻ってくる。前景次第に明るくなる。


女   箱を探しにでしょう。あなたの箱は、ここにありますよ。


   女が自分の荷物を開けると箱が出現する。(修理の跡が歴然)


男1  これは…。

女   あなたが行ってしまった後、私が持っていたんです。あなたが帰ってきたら渡

    せるように。

 

   男1、箱の前に座り、撫でさすり、やがて耳を傾ける。


男1  いるのかい? ボク。


   静かに時間が過ぎる。

   やがて遠くで狼の遠吠えがし、全員がその声を聞く。


男1  いるんだね!


   狼の声次第に近づく。


男1  長い長い間、離れていたけれど、分かるよ。君が「ボク」だということが。


   男1、箱の蓋を開け、すぐ閉じる。


男1  ああ、これで、もとの僕にもどれる。

    (女を見て)ありがとう。ありがとう。

女   いいえ。私は何も…(うれしそう)

B   世の中にはこんな不思議な話もあるのね…。

A   ばあさんがマッチ売りの少女でなかったことだけは確かだな。

C   おばあちゃんは、ずっと待ってたんだ。ずっと会えるって信じてたんだ。

    願いってかなうのね。わたし、おかあさんに会いたい。

男1  おかあさんに?

女   あなたも擦ってごらん。さあ。

 

   C、絵本を女に渡し、マッチを受け取る。

   あぶなっかしい手つきでマッチを擦る。

   何も起きない。A・B、やれやれという様子。突然、売り物の携帯に着信する。


A   な、何? 電源入れてたかしら?

B   ワン切りでしょ…ランダム発信で。…違うわね。

A   発信元不明…。(手に取って)はい。…もしもしー。

    …何とか言えよー、イタ電かオラ。


   C、近寄ってAから携帯を取る。


C   …もしもし。…おかあさん? おかあさん?

A   んなわけないでしょ。

C   …おかあさん…。(泣いているような、しかし幸せそうな様子)

B   まさか…。

A   (Cから携帯を取り返して)…何も聞こえない。

C   返して!

A   買ってから言いなさい! これは売り物なの。

C   あーん。(泣き出す)

B   (Cを抱き取って)意地悪しないの。おかあさんだと思ってるんだから、その

    気にさせておけばいいじゃない。

A   ちぇー。こっちは自分の携帯壊れてるのに、がまんしてるんだからねー。

女   あんた、携帯依存症じゃないのかい?

A   ええい、うるさい!(マッチ箱を放り投げる)

女   わああ。(走って取りに行く。もどって来て)もう一本擦るか?

B   おばあさん、やめたほうがいいんじゃない。こんなのただの偶然よ。

    子供に変な期待させるの良くないわ。

女   そうか。もう残りも少ないしな。

A   私に擦らせてちょうだい。壊した携帯の分。

女   やれやれ何を願うっていうんだい。(マッチ箱を渡す)

A   …(小声で)携帯が売れて彼とスキーに行けますように。

    いやいやその前に、彼がここに来てくれますように。


   A、マッチを擦る。何も起きない。


C   来ないね。


   男2、現れる。音楽(打楽器)入り、次第に大きくなっていく。


C   (男2を見つけて)来た!


   Aをはじめ全員が振り向く。A、彼ではないのでがっかり。


男2  もう逃がさんぞ。(手には拳銃)

男1  シン(辛)!

男2  どうしたんだその箱は? お前のか!

男1  ああ、生まれた時から持っていたやつだ。お前こそ箱はどうした。

男2  …もう捨てた。ボロボロの穴だらけで使い物にならなかった。

男1  捨てた! 箱なしであの国にいたのか。

男2  俺だって、箱を探していたんだ。俺達はみんな箱を無くしてしまった。

    いいや、箱を持っていた時も中はからっぽだった。中身はとうの昔に消えてい

    た。後生大事に、空の箱を抱えていたんだ。

    しかし、箱がなければ中身ももどらない。俺達の狼は消えた。

    箱を朽ち果てさせたのは誰なんだ! よってたかって俺達の首を締めているの

    は誰だ!

男1  少なくとも俺ではない。この国の人達でもないぞ。あの国の指導者が間違って

    いるのははっきりしているじゃないか。

男2  俺達を蔑んだのはこいつらじゃないか。あの方は、こいつらから我々を解放し

    てくれたんじゃないか!

男1  あの国この国って…、いいか、人はな、誰でも皆箱を持ってるんだ!

    それがお互い、すこしばかり違っているだけなのさ。

    見てみろ、この国の人たちが何を持っているか。

男2  こいつらには金しかないのさ。せいぜいふんだくってやればいいんだ。

男1  違う。それは一時(いっとき)のもので、この人たちにはちゃんと本当の中身

    が残っている…

男2  うるさい! たわごとはもうたくさんだ、この裏切り者!


   銃声。

   男1も拳銃を取り出し応射する。銃撃戦の中、皆逃げ惑い、身を隠す所を探す。

   女、撃たれて倒れる。男2も撃たれて去る。

   音楽止む。


男1  方子さん!

B   (Cを抱いている)死んだの?

男1  胸を撃たれたようだ。意識がない。

A   ええー、何よこれー。私のせい?(尻餅をついている)

男1  私のせいだ。もどって来なければ良かった。

B   救急車、救急車!(携帯を取るが慌てていてつながらない)

C   願い事!

男1  何だって?

C   マッチを擦って願い事をするの。

B   そうよ! さあ、マッチを擦って!(マッチ箱をさぐる)

A   な、な、なに?

B   あ、最後の一本…。大事に擦ってね。


   男、慎重にマッチを擦る。不思議な色の光が出る。(SEあってもよい)

   しばしあって、女、息をふきかえす。


女   ああ…あなた。無事でしたか。

男1  方子さん。

C   よかったー。やっぱりマッチのおかげだ。


   A、空になったマッチ箱を手にとってしげしげと見ている。


女   これが弾を防いでくれたんだわ。(懐からCの厚い絵本を取り出す)

C   ああー。

女   ごめんね。穴があいちゃった。

C   ううん、いいの。

    おばあちゃんのおかげで、おかあさんとお話しできたんだもの。

男1  歩けますか?

女   ええ、歩けますけど、私の家まで送っていただけますか。

男1  はい。


   女、立ち上がる。男、手を貸す。


女   あなたも危ないところでしたね。いつもこんな風なんですの?

男1  まあ、祖国を捨てた男ですから。

A   その箱、本当は何が入っているんですか?

男1  見たいですか?(箱を差し出す)

A   (受け取って開けてみる)空っぽじゃない。

男1  本当は私にも見えないんです。でも私にはわかる。確かにあるんです。私の分

    身、というより、私が私であるために必要なものが…。…難しいですか?

    では、あなたはどうですか?あなたの箱には何が入っているんですか?

A   箱なんて持ってないですよ、私。(箱を返す)

男1  いいえ、何でもいいのです。思い出してごらんなさい。小さいときから持って

    いたでしょう?

A   …何だったろう?

男1  あなただけの箱。その中に、大切な大切なものがありますよ。


   男1・女、立ち去ろうとする。

   A、売り物の携帯電話を二台取り上げ、男1と女に渡す。


A   これ、私からの餞別。二人で幸せにね。

男1  ありがとうございます。

女   あなたの携帯壊して悪かったね。これは受け取れないよ。

A   いいんですよ。いつでも二人で話せるように、ね。


   女、うなづいて携帯を受け取る。


男1  みなさん、ご迷惑おかけしました。(二人、一礼)


   男1・女、去る。


B   私、タクシー拾ってこの子送るわ。あなたももう帰りなさいね。


   A、先程着信した売り物の携帯をCに渡す。


A   これでおかあさんと話したらいいよ。

C   え?

A   ただでいいから。

C   いいんですか? ありがとう。

B   本当にいいの? 一文無しなんでしょ?

A   もう、いいの。なんでこんなことまでしてお金欲しがってたのか、わかんなく

    なっちゃった。

    財布は空っぽでも、私の箱には何か入ってるような感じ…。やだ箱だなんて。

C   おねえちゃん、きっといいことあるよ。これ代わりにあげる。(オモチャの携

    帯を渡す)

A   はい、はい。ありがとう。

B   妙な夜だったわね。あなたももう帰ったほうがいいわよ。

C   さようなら。


   B・C去る。雪が降りだす。(音楽)

   A、残った売り物の携帯を一台取り上げ、電話をかける。


A   あれ? 何これ、かかんないよ。もしかしてこれ不良品? ありえねー。


   A、迷っているが、最後の一台の携帯を手にする。電話をかける。

   相手はなかなか出ない。


A   話し中ってか…。(切る)よっぽどついてないのね、私。


   沈黙(音楽はある)


A   なんで私はマッチを擦っても何も起きないの? 神様、そりゃ不公平でしょ。

    (祈るように)お願い。もう少し、もう少し…。少しだけ幸運が欲しいの。


   しばしの沈黙。

   電話が鳴る。A、恐る恐る出る。


A   はい。あ、私。さっきはごめんね。…ううん携帯替わったの。……え、あの携帯

    にかけてたの。それ壊れて……ううんなんでもないの。だいじょうぶ。

    あの…スキーだけどさ、いけないみたいなんだ。…うん。

    実はさ、お金ないんだ。少しはあったんだけど、馬鹿なことしちゃって…

    でも、それで良かったのかな? あ、こんなこと言っても、なんだかわかんな

    いよね。ううん、ただ…このまま…もう少し話していて…。


   静かに雪の降る中、電話にうなづき続けるA。(泣いているのかもしれない)

   音楽高まり、照明絞られていき、

   幕