雑感20181109

 木々も晩秋の装いとなってきた。
 大学の北側の道。かつての旧制山形高等学校。戸川幸夫の『高安犬物語』ではこの辺で高安犬のチンと出会ったのかもしれない。
 (勘違いで、ここは県の精神保健福祉センターでした)
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 昨日は疲れてぼーっとして何もする気が起きず、布団にこもるような一日だった。一昨日の夜、稽古で10時まで台本を読んだり話し合ったりしたせいだろう。年寄りは夜働くもんじゃない。

 明日は山辺で蕎麦を打って食する会に呼ばれている。自分は都合で、蕎麦が出来た頃に行って食べるだけになる。恐縮恐縮。


 韓国の(大統領の)侮日の度が過ぎて、ついに日本政府(および日本人の大多数)も堪忍袋の緒が切れたようである。むべなるかな、むべなるかな。戦前戦中は同じ日本国民であったはずなのに、降伏直後から日本人への敵対行為が行われた。共産化するべく準備されていたのだろうが、南半分はアメリカの軍政下におかれたため赤化しきれず、李承晩という反日反共の人物が担ぎ出されて中途半端に二分されてしまった。
 それを今、李氏王朝を継ぐ金王朝として再統一しようとしているのだろう。それならそれでいいが、戦後日本が忍びに忍んで付き合ってきた経過、蓄積をひっくり返すようなことは許されまい。日本は、1948年建国の韓国や北朝鮮と戦争したことはないし、韓国併合も世界に認められた交渉の結果にすぎない。秀吉の朝鮮征伐のように武力で征服したわけではないし、イギリスやオランダのように植民地として虐げ収奪したわけでもない。これを「不法」として100年後に訴訟を起こし、ともに同じ国民として戦った日本を「戦犯国」と呼ぶのはあまりに道義に反しているではないか。
 今は長距離ミサイルによる戦争の時代、かつての「半島は日本の喉元の匕首」という地政学的関係も変わってしかるべきだろう。
 しみじみ、日本がどの国とも海を隔てているということは大変ありがたいことなのだと思う。