『満洲難民 三八度線に阻まれた命』 井上卓弥、著  幻冬舎2015

 読了して、筆者の井上卓弥氏が自分の知る人であることに気付く。53歳か。このような著作を上梓しているとは知りませんでした。良い仕事だと思う。

 ソ連の対日本戦争への参戦、満洲侵攻以後の混乱。関東軍が消えた満洲では、警察官も無力で、日本人を守る公権力は無くなった。無法の野に放り出された婦女とその幼子たち(男性は根こそぎ動員されていた)の苛酷、悲惨な逃避行は、現在の難民問題と重なって見える。
 ソ連支配下になった朝鮮半島北部では赤十字の活動もできず、悲惨な姿の難民を南部のアメリカ支配地に出せばソ連の恥になるという思惑から移動を禁じられる。所持品を没収され、食料の欠乏する中、厳寒の北朝鮮で越冬を余儀なくされる人々は栄養不良と感染症によって衰弱し、次々と亡くなっていく。逃避行の最中に盗賊に襲われ、身ぐるみはがれる。無統率のソ連軍兵士が従を突きつけて女を出せと迫る。その地獄を生き延びて帰国した人々がいたことを、今の日本人は忘れているのではないか。

 昔、同僚だった、自分よりはずっと年配の某先生が、人に言えないようなことをして生きてきた、というようなことを話してくれたことがあった。彼も満洲からの引揚者だったのだろう。読了した本の中に、部屋の床一面にノミが飛び跳ねるという場面があるが、某先生もそのようなことを話していたことを思いだした。山形県から満洲に行った人も多かった。当然、引揚者も多かったはずだが、その記憶は彼らの胸の奥深くに閉ざされてしまっているのだろうか。

 太平洋の島々、そして沖縄、本州のほとんどの都市でも一般人が戦争にまきこまれ死んでいった。この厖大な死から今の我々が学ぶべきことは多いし、深く理解することが必要だろう。
 今の朝鮮半島の危機を受けて、政府も在留邦人の移送方法を検討しているようだが、まさか72年前の再現となるようなことが無いように祈る。


 最近の読書傾向(図書館から借りて読んでいる本)
 沖縄で最後まで戦った歩兵第32聯隊(霞城聯隊)関連の本を読んで、第2大隊の奮戦を大隊長の立場から詳しく知る。霞城聯隊は戦中に兵として北海道出身者を徴することになったので、山形県出身者は「下士官」以上であったようだ。 また、鉄血勤皇隊を指揮した少尉(熊本県出身)のことなども知る。沖縄の人から信頼された大和人の軍人もいたということ。
 前述の朝鮮の話でも、日本人に同情し親切にして助けてくれる現地の人もいたという。今なら親日の罪になるのだろうか。

 幕末の日本開国について、アメリカの資料を使った研究やオランダの資料を用いて研究した本を読むが、研究論文的な本は読むのに時間が掛かってなかなか進まない。内容はエキサイティングなのだが。要するに、日本の内側からだけでなく世界の外交史の一部として多面的に理解した方が良いということを感じている。
 帝政ロシア満洲進出を取り上げた『ハルビン駅へ』は、時間切れで読むのを断念してしまった。
 アメリカ人の書く論文は長い(冗長?)と感じる。