今日は年休

 今年の大会向け作品の上演は、学校祭から東北大会まで4回上演して終了した。
 地区大会から東北大会まで、審査員(講師)からいただいた講評を掲載しようと思う。
 内容は、上演を観た方には分かっていただけると思います。すべて講師の方から大会事務局に送られてきた文面の通りです。
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【地区大会 山形市民会館
 
  田中惠子 氏 (高校演劇部顧問)
 手作りの食器棚や流し台、冷蔵庫まであるみごとな舞台装置!お話もしみじみ胸に迫ります。キャストのたたずまい、発声の美しさよ!今回、私が唯一目頭の熱くなった舞台です。そんな舞台に講評なんておこがましいですが、以下、参考になるものがありましたら、ご一考ください。
脚本・設定など 最初、お葬式の話だ、通夜の台所が舞台のようだ、と知った時は、「通夜の台所は女の世界、なるほど女子だけの部員でやるには、いい所に目をつけたものだ」と感心したものです。しかし、仮通夜、本通夜、お葬式に高校の部活の人(それも女子のみで多くは後輩)がずっといるということに、少々不自然さを感じました。亡くなった人が男性なのだから、男性の友人たちが現れないのは不自然だとも。自分の部も女子だけなこともあって、そこが非常に気になるのです。「女子のみでも成り立つ芝居」に勝手に期待して、勝手にがっかりしているわけで、申し訳ありません…
 高校演劇だから高校の元演劇部員を出したのでしょうが、実はそれが仇になったのでは、とも思います。いっそ、おばちゃんたちだけの話で、それも通夜の1時間もの・・・話が全く違ってくるので、もちろん却下ですね。ただ、そういう不自然さ、違和感をなんとか払拭できないものかと思うのです。
エピソード 一つ一つのエピソードは実話かもしれないという印象を受けるものばかりでしたが、60分という時間の都合があるのか、多少不自然さを感じるものがありました。
 たとえば、自称婚約者の悲しみ怒り、消防団員とのやりとりは、お昼のドラマのような「つくりもの」に思えます。「泣き女」的役割と言われれば、なるほどとも思うのですが、「お通夜びっくりエピソード、入れてみました」と感じなくてすむような工夫をお願いします。
 中国や韓国からのお嫁さんが珍しくなくなった昨今、お通夜、お葬式では「異文化びっくりエピソード」も多いことでしょう。それでも、「中国の人はあの世でもお金が大事なんだね」というセリフがみちこの口から出てくるのは、唐突な感じがします。5ページにも渡って、会話しているわけですが、もう一つステップが足りないのかもしれません。みちこにそこまで言わせるほどひどいことを中国のお嫁さんが言っているように思えないのです。
 阿古耶姫伝説と戦中の恋人たちの話を、どうしても両方入れたいとすると、戦中のエピソードになった時に「またか」と思わずにすむ工夫はないものでしょうか。
ラスト近くのお母さんのセリフですが、音響のセリフレベルが高くて、よく聞こえませんでした。
 また、友人たちの「ごめんなさい」のリフレインも含め、ラストまでの間がずいぶん長いように思います。「親族席に座ってくれない?あの子も喜ぶと思うの」というセリフで、音響、うなずくみちこ、というので十分伝わるように思えるのですが、どうでしょうか?
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  斎藤範雄 氏 (詩人)
 これまで観たなかで、今回のが、一番まとまりのある脚本だと思いました。演技も、私が観た中では、とても良かったと思います。
 欲を言えば、「ささやき」とみちこと俊一の関係が、もう少し象徴的に、観ている方に、浮かんでくるようであればと思いました。
 あと中国人の嫁さん、同級生のセリフに、もう1つ工夫があるとひきしまると思いました。
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 いただいた講評によって改善された部分がたくさんありました。上演を繰り返し、批評を受けることで良くなっていく。多くの人の力で育てられ、完成していくということが素晴らしいと思います。