雑感 2020年10月7日

 1日に勤めが始まって、昨日初めてのお客が来店。いやいや、初めて生徒のAO 入試小論文添削を行った。新しい職場は最初緊張する。顔見せなんかぞっとするがなんとか切り抜けて席にもなじんできた。昼食は学食の定食である。370円。

 隣の席がALTで、カナダ国籍でイスラム教徒だというので宗教のことなど話す。いやいや、「英語とかたことの日本語」対「日本語と英単語」というやりとりなので大変である。長文になると彼はPCに打ち込んで翻訳してくる。スマホの翻訳アプリを使おうとしたが慣れていないので上手くいかない。「ラーイラーハイッラッラー、ムハンマドラスールッラー」をネイティブで聞いて感激した。彼の父親はイラン人である。

 

 芝居は、3日に東ソーアリーナで「しげちゃん一座絵本ライブショー」、昨日6日に市民会館で文学座女の一生」を観劇。前者は室井滋と絵本作家長谷川義史ら4人で組んだバンドが演奏、絵本朗読、マジック等々観客と一緒に楽しむ企画。もう山形は5回目とか。コロナのせいで久しぶりにメンバーが顔を合わせたのだそうだ。

 東ソーアリーナは客席を空けずに座っている。市民会館は市松模様に席を空けて座っている。

 

 6日の「女の一生」は昭和50年代に杉村春子北村和夫の配役で観た(もう二人とも一幕目には無理のある年齢だったが…後段はさすがだった)。舞台装置は立派で、戦後の場面のための焼け跡の紗幕を垂らす都合もあってか、座敷全体がキャスターで前後に移動するようになっている(バラシを手伝ったので良く分った)。全体的に重厚な作りであるが、ご存じの通り昭和20年4月初演ということで令和の時代には台詞が古いという感じを与えるのは否めない。しかし中国情勢を語ると不思議に今の日中関係、世界情勢に重なるのが面白かった。

 コロナの影響で稽古の時間が取れなかったそうだが、そのせいもあってか演出が熟していないような気もした。「演出戌井市郎による、演出補鵜山仁」とあるので、文学座としては原作に忠実でありたかったのだろう。しかし、過去に杉村の舞台を観た人は、今回の舞台に対して「あっさりした感じ」を覚えたかも知れない。杉村のカリスマ無くしてこの作品が今成り立つためには、演出上の何らかの工夫(変換)が必要なのではないかと感じた。装置を新たな考えで設計し直すのもあり、かも知れない。脚本を変えるのは、無理でしょうねェ。

 会場で阿部秀而先生とすれ違い、一言御本のお礼を述べる。