自作高校演劇脚本⑩『ささやき』

 


 『ささやき』作、佐藤俊一


時   現代の秋(十月初旬)の四日間

所   山形市内、某葬祭社の通夜会館(下手台所、上手控えの間)

人物  みちこ(二十歳、山形の大学生)

    ゆき(みちこの友人、二十歳、会社員)

    さき(みちこの友人、二十歳、パート社員)

    なおこ(みちこの友人、二十歳、大学生)

    俊一の母親(四十六歳)

    のぞみ(俊一の妹、十八歳、高校生)

    俊一の伯母(五十代)

    俊一の伯母の家の嫁(二十二歳くらい、主婦)

    葬祭社の社員(二十七歳くらい)

    消防団員(三十歳くらい)

    手伝いの女性(二十代)

    手伝いの主婦(五十代)

    俊一の勤務先の同僚(十九歳くらい)

    松田(演劇部OG、俊一と同年代)

 

  1幕4場

  初演 2011(平成23)年 山形西高等学校演劇部

 

  この作品は大震災の年の末、山形市で開催された東北地区高等学校演劇発表会で

  上演されました。直接ではありませんが、震災が内容に強く影響しています。読み

  取っていただけたら幸いです。

 


第1場 一日目(午後) 仮通夜

 

     LO

     午後のそう遅くない時刻。

     下手に台所(DK)、上手に控えの間(和室。長机がある。)、奥に廊下。

     台所(DK)に一人の女性が所在なげにいる。

     枕経が終わるところ。上手奥から枕経の声。御鈴の音。

     控えの間に電話着信。


手伝い はい、銅町の通夜会館です。はい佐藤です。(メモする)松田様ですね。どう

    もご丁寧に…。明日が本通夜で、あさってが火葬で、葬儀は三日後になりま

    す。

    ええ、普通はそうなんですけど、火葬場とお寺の都合でそうなってしまったん

    ですよ。はい、葬儀は十時から、相生町の圓稱寺です。

    私は手伝いで来てる者で、詳しいことは分からないんです。今枕経あげてると

    ころなので、もうちょっとしたらみなさん来られると思うんですけど。はい、

    どうぞよろしくお願いします。


     枕経が終わり、伯母、伯母の嫁、近所の主婦が上手廊下から台所へ来る。

     何がどこにあるか分からない中、わいわいしゃべりながらお茶や酒の準備を

     する女たち。

 

     (台詞の背後での会話例) 

    ビールもっといるんじゃない? 消防団の人いっぱい来てるでしょう。

    十二、三人いますね。コップももっといりますね。

    持ってきた一升瓶あけてるし。

    うちの漬け物、出しますね。皿かなんかあるかしら。

    ビールは冷蔵庫からね、冷えてるかしら? 出したら後にこっちの入れとい 

    て。

伯母  かわいそうで見てられない。親より先に死ぬのは親不孝って、まったくだね。

    妹も、亭主に死なれて息子が頼りだったのにねえ。

主婦  でも妹さん、気丈って言うんですか、しっかりしてらっしゃいますね。

伯母  あの人はいつもそう。子どもの頃から良くできた妹でね。親からよく比べられ

    ました。

主婦  はあ、そうですか…。今の、ありがたみのあるお経でしたね。ああいうお坊さ

    んだといいんですけどね。

伯母  そうですね。うちのお寺様はもう歳で、何言ってるか全然分からないの。

嫁   お葬式、お坊さん来るですね?

主婦  はい?

嫁   お坊さんに渡してたもの、お金ですか?

主婦  はあ?

伯母  お葬式はお坊さんの商売なんですよ、日本では。商売にはお金払うでしょ。

嫁   中国では、お坊さん関係ないです。お金払いません。

主婦  ああ、中国の方?

嫁   はい。吉林省長春市からこちらに嫁に参りました。

伯母  もうね、何もかもいちいち違うからね、大変。

 

     廊下を隔てた奥の間から男たちの話し声が聞こえてくるが内容は分からな

     い。廊下の上手から、控えの間にみちことゆき、さきが入って来る。


さき  すみません、私たち俊一さんの高校の後輩なんですが、ここ座っても良いです

    か?

伯母  どうぞ。


     三人座る。


ゆき  みちこ、大丈夫?

みちこ うん、大丈夫。

さき  みっちゃん、先輩のこと好きだったんだよね。

みちこ …。

ゆき  先輩、生きてるみたいだったね。寝てて、呼んだら返事するみたいな。

さき  やめなさいよ。

ゆき  焼け死んでたんだったら、大変だったね。

さき  やめなさいってば。

ゆき  でも、びっくりしたー。今朝のテレビでさ、火事のニュースで名前出たでし

    ょ。

さき  そう? 私はみっちゃんから電話で聞いた。みっちゃんもテレビ?

みちこ 先輩のお母さんから電話もらったの。

さき  人を助けて自分が死ぬなんて、先輩らしいよね。

 

     手伝い、台所からお茶を持って来る。


手伝い どうぞ。

友人ら ありがとうございます。

手伝い みなさん、亡くなった方の高校の後輩でしたね?

さき  はい。

手伝い 今しがた松田さんって方から電話があって、(メモを出す)

ゆき  あー、松田先輩だ。

手伝い あさって、火葬の時にこちらに顔を出すっていうことでした。

さき  わかりました。ありがとうございます。

    私たち、何かお手伝いできることありますか?

手伝い 来たばかりなんだからいいですよ。それに私らも何したらいいのかよく分から

    ないで居るの。ああ、座布団足りなくてごめんなさいね。表の方がいっぱい

    で、出払ってるの。

さき  私たちなら大丈夫ですから。

手伝い そうお、ごめんなさいね。

ゆき  仕事どうした? 私休んできた。

さき  私パートだから。みちことなおこは学校だしね。

みちこ なおこは遠くて大変だね、明日来るの?

ゆき  遠いったって隣の県だから、今日中に来れるんじゃない? 車だし。

    先輩の妹さん泣いてた。かわいそうだね。お母さんは意外にって言ったらあれ

    だけど、泣いてなかったね。

さき  人前だから泣かないだけよ。悲しいに決まってるじゃない。

ゆき  みちこも?

みちこ え?

ゆき  好きな人が死んだらもっと泣くかと思ってさ。


     勝手口に寿司が届く。(まいど。寿司正です。)


主婦  はーい。(下手勝手口に行く。以下勝手口から声だけで)

    これお支払いは? 平安葬祭さんに付けてあるんですね? はいご苦労様。


     台所まで持って来て包みを開けてみて


主婦  あら、こんなんで足りないわよね? 二十人以上いるでしょ。五人前くらいし

    かないんじゃない?

手伝い 葬祭社の人とお話して決めたんだからいいんじゃないですか?

主婦  私、寿司屋に電話する。足りなくなってからじゃ間に合わないし。これ分けて

    おいてくれる?

手伝い いいですけど。


     手伝い、皿に寿司を取り分けたりし始める。

     主婦、控えの間から電話しようとする。


手伝い おふかしっていっても小豆じゃないんですねー。

主婦  白ぶかしだから。まさか葬式で赤飯は出せないでしょ。いや、赤飯で祝ってや

    りたい奴もいるか、悪い政治家とか(笑)。


     伯母、食べ始める。嫁も食べようとするが、伯母に用を言いつけられて表の

     間に去る。


主婦  あ、もしもし、寿司正さん? 今とどけていただいた佐藤ですけど、ああ平安

    葬祭の通夜会館です。お寿司とおふかし追加してくれます? 今のと同じくら

    いで。よろしくお願いします。


     手伝い、取り分けた寿司と小皿、箸などを控えの間に持ってくる。


手伝い あなたがた、お昼、食べてきたの? 遠慮しないで食べてね。お茶ばっかりじ

    ゃ気持ち悪くなっちゃうよ。

三人  ありがとうございます。


     海苔巻きなどを食べ出す三人

     嫁と葬祭社社員、表の座敷から台所に入ってくる。何かくやしそうな様子。


伯母  あらご苦労様。あなたの指示がないと何にも進まないからね。

葬祭社 とんでもございません。こんな時は皆様、悲しみでいっぱいですから、少しで

    もお手伝いできればと思っております。けど…。

主婦  どうかしました?

葬祭社 …「なんだ女が担当か」って。

伯母  誰、そんなこと言うの? うちの夫じゃないわよね。

葬祭社 いえ。私、女ですけど、何も問題ないでしょう。女だから気にくわないって方

    もいらっしゃいますが、特にご年配の方ですけど。

主婦  今どきねえ。

伯母  男ってほんとにバカなんだから。すみませんねえ、気にしないでくださいね。

葬祭社 いいえ、私こそ、こんなことで感情的になっちゃダメですね。まだまだです。

主婦  仕事するって大変ですねえ。私ら専業主婦にはわからないですけど。

ゆき  ここ、「通夜会館」っていっても、セレモニーホールみたいじゃなくて、普通

    の家なんだね。

さき  普通の家を買い上げて、お通夜専用に使っているんでしょ。家庭的で良いんじ

    ゃない?

ゆき  お通夜に家庭的ってのも変だけどね。

伯母  あのさ、仕事の話にもどるんだけど、お棺はさ、釘打たないやつにしてね。

    私、あの音聞くとたまらないの。

葬祭社 承知いたしました。釘打つといいましても形ばかりですけどね、今はほとん

    ど。

伯母  父親が死んだ時、親戚のじいちゃんが差配してさ、兄貴に「庭から石拾ってこ

    い」って言って、兄貴たち、その、土の付いてるような石で、ガンガン叩いた

    の。もう悲しくってさー。大泣きしたわ。今思い出しても情けなくなる。

葬祭社 分かります。お棺には釘を打ちませんが、石は用意しますので、形ばかり、打

    つまねごとだけお願いします。


     奥から派手な女性の泣き声がする。そして若い女が女性消防団員に支えられ

     ながら控えの間に入ってくる。手伝い、水を湯飲みに入れて持って来る。


団員  大丈夫ですかー。お水飲めますかー。

女   …。(頷き、水を飲み、一息つく)

みちこ 誰?

ゆき  先輩が勤めていた会社の人らしいよ。

女   どうして? どうして死んじゃったのー、私を残して。私の彼を返してー。

団員  悲しいのはよーく分かります。

女   分からないわよ、あんたなんかに。あたしは彼を愛してたのよ。心の底から愛

    してたの。ああ、あんなにすてきな人だったのにー。

    あんたがた、なんで彼を行かせたのよ? なんで見殺しにしたのよ? あんた

    たちが彼を殺したのよー。

団員  そんな、事故なんですから、仕方がないですよ。みんな急いで消火して、救急

    車が来るまでずっと交代で心臓マッサージと人工呼吸続けていたんですよ。

ゆき  マウス・トゥー・マウス?

女   あんたが行けば良かったのよ。あんたが死んでも泣く人なんかいないでしょ。

団員  なんですってー。ちょっとあんたね、かわいそうに思ってあげてればいい気に

    なって、言っていいことと悪いことがあるでしょう!

さき  けんか、やめてください! あなた先輩の何なんですか?

女   先輩? 私は彼と結婚するはずだったのよー。

一同  ええ?

ゆき  やっちまったぞ、おい。

さき  何よそれ。

主婦  婚約者?

伯母  あら初耳。俊一にいいなずけなんて。

女   あーん。彼がもういないなんて信じらんなーい。

    なんでじじいが生きて彼が死ぬの? おかしいじゃん。じじいの方から死ぬの

    が当然じゃない、ねえ。

ゆき  たしかに。長幼の序ってこともある。

さき  ゆき! ばか。

みちこ あなた、先輩と、俊一さんと婚約してたって、本当ですか?

女   ええ? あんた誰?

みちこ 高校時代の後輩です。演劇部の。

女   えんげきぶ? 彼の恋人役でもやったの?

ゆき  するどいな。

女   あたしは役じゃなくてホントの恋人。彼、結婚するって言ってくれたのに。私

    のこと残して死んじゃったー。

みちこ ほんとにそう言ったんですか?

女   なに、あんた彼のこと好きだったの? へえー。でももう手遅れね、死んじゃ

    ったんだから。三日ぐらい泣いたら、次の男探しなさいね。

団員  帰って下さい!

女   (まわりの雰囲気を見てとって)言われなくても帰るわよ。婚約者にこんな仕

    打ち、たまんない。


     女、足早に上手玄関へ去る。嫁、その後を追う。


さき  何あれ?

団員  みんな呆れてましたよ、会社の人たちも。自分で勝手に「結婚する」って決め

    てたらしいです。

さき  なっとく。


     一同、気が抜けて座る。


団員  それにしても、助かったじいちゃんの方は、意識失ってた分、煙吸わなかった

    んでしょうねえ。消防団は、あんなぎんぎらの耐熱服着ますけど、酸素マスク

    装備してませんから…。消防本部なら持ってるんですけどねぇ。消防団じゃ無

    理なんですよ。燃えてる家の中に入って人命救助なんて。


     寿司の追加が届く。(まいど。お寿司の追加お持ちしました。)

     主婦、勝手口に行く。


葬祭社 あら? 誰が追加したのかしら?


     主婦、寿司を持って台所に来る。

     以下、控えの間と台所で同時進行。


葬祭社 あなたが注文されたんですか? これだと余ってしまうと思います。

主婦  そうお?

さき  そうなんですか。

葬祭社 お通夜って意外に食べないんですよ。男の方はお酒飲んでしまいますし。会食

    するわけではないですから。それに、ご葬家様と相談して決めておりますの

    で、勝手に注文しないでいただけますか?

主婦  そりゃすみませんでしたね。良かれと思ってやったことですから、そんなに怒

    らないで下さいよ。

伯母  いいわよ、余ったって。お寿司やお蒸かしなんてたいしたことないんだから。

    余ったら、うちでもらって帰りますから。

ゆき  じゃ何のためにあるんですか? 消防団って。

団員  現場の警備とか、消防車が通れるように交通整理とかですね。山火事や水害の

    場合はまた別なんですけど。あとは消防車が帰った後の残り火の警戒です。

さき  残り火?

団員  ええ。だから消防団員が殉職するなんて、ほんとに滅多にないことなんです

    よ。お葬式には、市長も参列して弔辞を述べるんじゃないでしょうか。

ゆき  すごいんですね。


     このへんで上手と下手の芝居が一致する。


伯母  さっき、消防団長さんがいらして、香奠ですか、置いていきましたね。

団員  ええ、消防団の親交会で決まってるんです。三万円かな。消防協会から弔慰金

    も出ます。二百万円くらいだと思いますけど。

伯母  そんなもんですか。

団員  だいたい、消防団員の報酬が二万五千円くらいですから。一年でですよ。

伯母  割に合わないですね。


     話している間、奥の間から声が聞こえる。はじめの方は女たちの会話に重な

     って、はっきり聞こえなくてよい。


声1  班長班長が止めらんなねんだけべ。そごで止めんのが班長の責任だべ。

声2  俺は止めだんだて。

声3  班長は体はって止めだげど俊一が振り切って飛び込んだんだてば。

声1  消防団が人命救助するなてそもそも無理なんだから。なんで消防署待でねけ

    の。

声2  あの家の母ちゃん、「じいちゃん、まだ中さいだ」て気ィ狂たみだいに騒ぐ

    し、俊一はあの通りの人間だから、じいちゃんば見殺しにでぎねんだけべ。我

    が身の危険も顧みずによ。

声1  俊一が悪いてが。

声3  ほだなごど言(ゆ)てねべ。

声2  いづまでもぐだぐだ同じ事ばり言てんなよ。

声1  ぐだぐだ言わねば気持ぢおさまらね。小学校からの友達なんだがら。

声2  人ば悪者にして気ィ晴らすなが。

声1  自分は悪ぐねえてが。


     何かの倒れる音。けんからしい。女たちの叫び声

     のぞみが座敷から走り出てくる。それを追ってくる伯母の嫁。


嫁   のぞみさん。のぞみさん!

のぞみ 何よ、酔っぱらい! 責任のなすりあいばっか。人が一人死んだのよ。お兄ち

    ゃん、死んだのよ。

嫁   のぞみさん、おちついて。まず、それ返しましょう。

のぞみ これ? これが何よ。これがお兄ちゃんの命の値段なのかよ!


     のぞみ、手につかんだ香典袋を嫁にたたきつける。


みちこ のぞみちゃん、やめなさい。やめて。


     みちこ、のぞみを抱きしめる。のぞみ、大声で泣く。

     嫁、散らばった香奠袋を拾い集める。


伯母  何? どうしたの?

嫁   男の人たちけんかして、ローソクと線香の机をひっくり返して。もう灰だら

    け。のぞみさん、大事なものだと思って持って来たんですよね。


     手伝い、雑巾を持って奥の間へ行く。

     母、奥の座敷から控えの間に入ってくる。


母   どうもお騒がせしてすみません。

伯母  騒いでるのは消防団の連中でしょー。

母   のぞみ、誰も悪くないの。皆さんおにいちゃんのことを悲しんでいるの。だか

    らあんなふうになるの。分かってね。私たちがしっかりしないと皆さんの心も

    落ち着かないから。

のぞみ …(頷く)。

母   みちこさんたちもわざわざ来てくれてありがとうございます。むこうは人たく

    さん居て、ろくに挨拶もできなくてごめんなさいね。

みちこ こちらこそ…、おばさんは、大丈夫ですか?

母   今のところはね。

    実はね、消防団に入って、いつかこんなことになるんじゃないかなあって予感

    していたんですよ。あの子は小さい頃からそうでした。自分の力にあまること

    でも人のためならやらないではいられないんです。うまくやれなくてもね。

    でもちょっと早すぎました。

伯母  あんたもねえ、旦那には先立たれる、息子には死なれるじゃ、かわいそう過ぎ

    て、もうなんて言ったらいいか…。

母   あの子もね、父親がいないもんだから、自分がこの家背負っていくみたいな気

    持ちでね、高校卒業してすぐ今の会社に勤めましたからね。頼りにしてまし

    た。

さき  先輩、先生達からも進学進められてたんです。演劇部でもいちばん成績良かっ

    たと思います。お葬式には、先輩の担任の先生とか同じ年代の人たちも来るっ

    て言ってます。

母   そうですか。

さき  私たちそろそろ帰ります。明日の納棺にも来て良いですか?

母   ええ、どうぞ来てください。

のぞみ みちこさん、今日、いっしょに泊まって。

みちこ うん。

ゆき  じゃあ、また明日。失礼します。


     時間経過

     夜

     SE、虫の声

     控えの間にのぞみがいる。障子閉まっている。上手よりみちこ登場。


みちこ (障子を開けて)のぞみちゃん、まだ起きてたの。

のぞみ (アルバムを見て)高校の時の舞台写真、みちこさん写ってるよ。

みちこ あ、ほんとだ、阿古耶姫の話の時だね。

のぞみ おにいちゃんが名取太郎で、みちこさんが阿古耶姫。台本もあるよ。

みちこ なつかしい…。

のぞみ お棺に一緒に入れてあげようかとも思ったんだけど。大切にしてたから。

    いっぱい書き込んであるでしょ。

みちこ そうね。書き込みがあるのは知ってたけど、読んだことはない。

    「…大義のために死ぬ男が必要とするものは、ただ一人の女の愛であろう…」

のぞみ 「ただ一人の女の愛」だって。みちこさんのことだよ。

みちこ そんなこと…。

のぞみ その台本、みちこさん持ってて。

みちこ え、いいの?

のぞみ その方が良いよ。

    おにいちゃん、みちこさんのこと、すごく好きだったんだよ。

みちこ …。

のぞみ おにいちゃんと結婚してたら、私のお姉さんになってたんだよね。

みちこ …のぞみちゃん。大学合格したら、私のアパートでいっしょに住む?

のぞみ えー!うれしい!私、がんばっちゃう。


     この間、嫁、廊下を通り、台所に来る。冷蔵庫から酒を出して呑む。


嫁   そのお芝居、どんなお話なんですか?

みちこ これですか。山形の伝説がもとになっているんです。

嫁   デンセツ?

みちこ 言い伝え? 昔むかし、信夫の里に住む阿古耶姫に毎夜通ってくる男がいまし

    た。ある日、その男は自分は出羽国の千歳山の頂に立つ松の木の精だと明かし

    ます。自分は明日伐り倒されて、陸奥国にある名取川に架ける橋になるので、

    もう会えないと言います。姫が千歳山をたずねて行くと、松はすでに伐り倒さ

    れていました。しかし、木は何人で引いても動かず、峠を越えることはなかっ

    たの。そこで姫が木に向かって何かをささやくと、木はするすると動いて目的

    地に着きました。そこで人々はその峠を「ささやき峠」と呼び、これが後に

    「ささや(笹谷)峠」になりました。

    姫は太郎の菩提をとむらうために出家し、千歳山に庵を築いて、松の切り株の

    脇に若松を植えて大切に見守ったというお話。

嫁   悲しいお話ですね。でも、松の木は自分の命を他の人のためになくしました。

    これはとても素晴らしいことです。

のぞみ 本人は死にたくなかったんでしょ。無理やり伐られたんじゃない。素晴らしく

    なんかないわ。

嫁   多くの人のために自分を犠牲にする。その人は英雄です。

のぞみ 英雄になんかならなくていい。その人にはその人だけの幸せがあるんだから。

    なんで関係ない人のために幸せを捨てなきゃならないの?

みちこ のぞみちゃん。

のぞみ 私先に寝ます。おやすみなさい。


     のぞみ、退場


嫁   みちこさん、いっしょに呑みませんか?

みちこ はい。


     みちこと嫁、台所のテーブルに移動。

     嫁、みちこのグラスを用意して酒を注ぐ。以下、呑みながら。


嫁   私、日本のお葬式初めて。

みちこ ?

嫁   私、中国人だから。

みちこ ああ、中国の方なんですか。

嫁   去年、ダンナと結婚した。新婚さん。

みちこ はは。

嫁   日本のお坊さんってえらいですね。

みちこ えらい?

嫁   お経読んでお金もらってます。

みちこ そうですね。中国にはお坊さんいないんですか?

嫁   お坊さんはいるけどお葬式はしない。死んだ人はお墓じゃなくて置いておく所

    があって、そこに入れるとあとは、ホージ(法事)? もないです。

みちこ そうなんだ。

嫁   中国のお葬式、泣く人が来ます。女の人。

みちこ ああ、知ってる。大げさに泣くんでしょう。お金もらって。

嫁   中国では「クーサンレン(哭喪人)」といいます。泣くの商売だからお金もら

    います。

みちこ 泣きまねしてお金もらうの?

嫁   死んだ人の家族とかの代わりに泣いてくれるんですね。

みちこ 代わりにって…、悲しんでいるなら泣けるはずじゃないのかな…。

嫁   悲しいけれど泣けない人もいるんです。…あなたもでしょう?

みちこ …!?

嫁   「哭喪人」が泣くと、その人も泣くことできます。

みちこ そんなものかしら。

嫁   日本の人は心を外に出さないです。もっと出すのがいいです。

みちこ 自分の心って、自分でもよく分からない。確かでない物を出せって言われても

    困るっていうか、できないんですよ…きっと。

    葬式かなんか忘れたけど、紙のお金、おもちゃみたいなお金焼くんじゃない?

嫁   焼きます。道路の十字路に出て焼きます。死んだ人があの世で使うお金です。

みちこ 中国の人はあの世でもお金が大事なんだね。

嫁   お金、とっても大事です。

みちこ なんか、お金お金って、お金で人の命まで買えそうな感じね。

嫁   売ってるものなら何でもお金で買えます。でも、人の命、どこで売ってます

    か?

みちこ …。

嫁   人の命、売る店ないです。あたりまえ。

みちこ ごめんなさい。私ひどいこと言いました。

嫁   謝らなくてもいいんです。私気にしていませんから。

    でも、日本の人の「ごめんなさい」は、「すみません」だったり、「ありがと

    う」だったり、難しいですね。

みちこ そうですね。

嫁   もう寝ましょう。遅くまでつまらない話してしまいました。ごめんなさいね。

みちこ いいえ、お話しできてよかったです。


     二人退場

     暗転


第2場 二日目(午後~夜) 納棺通夜


     SE、読経の声、釘打ちの音、御鈴の音、すすり泣き

     明転

     手伝いが台所にいる。主婦が下手から洗面器を持って台所に入ってくる。


主婦  これ、これに水入れて、それからお湯さして。逆さ水だから。

手伝い はい、これでいいですか。

主婦  はいはい。持って来て。


     二人、一つずつ洗面器を持って奥に行く。

     逆さ水を使ったみちこたちが台所に入って来る。

     少し後から主婦と手伝いが何か取りに入ってくるがすぐに出て行く。


なおこ 納棺、間に合って良かった。安らかな顔だったね。高校の時とあまり変わって

    なかった。

ゆき  いい男だよね。

さき  高校の時さ、阿古耶の松の話で劇作ったじゃない。

なおこ 先輩が名取太郎で、みちこが阿古耶姫。私は侍女だった。これ、その時の台

    本。家から持って来た。

みちこ 私も、のぞみちゃんから先輩の台本もらった。

なおこ 先輩の形見だね。わあ、すごい書き込んである。

ゆき  先輩格好良かったね。狩衣着て。みちこは結婚式の打掛着て。豪華だった。

なおこ 同窓会の副会長さんが貸衣装屋さんで良かった。全部ただで貸してくれたんだ

    ものね。

さき  私が借りに行ったのよ。なおこもいたけど。

みちこ 中は神社の巫女さんの着物でね、神社に借りに行ったら、神主さんから「神社

    庁から厳しいお達しで、神事以外には使ってはならないと言われています」っ

    て。

なおこ 狩衣、南高校から借りてきたんだよね。

みちこ 先輩横笛吹いて、私、箏曲部からお琴習って弾いた。っていうか鳴らした。

さき  上手かったよ、みちこ。なんかもうホントの恋人みたいだった。

主婦  何々、そんな関係だったの?

なおこ ええ、もう先輩が一目惚れして。

みちこ そんなんじゃ。

主婦  恋人が死んで悲しいねえ、でもまだまだ若いんだから、いずれ他の男探しなさ

    いよ。

ゆき  おばさん、そりゃないでしょ。昨日のKY女みたいなこと言って。

手伝い 今の今じゃ、まだそんなことねえ。

主婦  うちの息子ダメかしら? 三十。だめよね。(手伝いに)あなたなんか嫁にほ

    しいわー。気が利いて、息子のタイプだもの。どう?

手伝い すみません。私、こう見えて子どもいるんですよ。

一同  ええ!

主婦  あら! そうなの。若いから独身かと思っちゃった! やっぱりいい人から先

    に決まっちゃうのねえ。


     葬祭社員、母、伯母、嫁、控えの間に入ってくる。内輪の打合せの雰囲気。

     察して主婦、手伝い退場


葬祭社 葬儀でお寺に入る時に、門から一列になってお御堂まで歩きますので、六役を

    決めて下さい。


     母、葬祭社から示された紙に順番を書いている。それを見ている伯母。


伯母  あなたが喪主だから位牌で、本家の叔父さんが経本、うちの主人が香炉。

    のぞみが遺骨? 写真が最後だからのぞみが写真でいいんじゃない? 私、前

    で遺骨持つから。

母   そう?(のぞみの反応を見て)それでいいけど、まだ人が足りないわね。

伯母  そうね、じゃ、あなた松明持つ?。

嫁   私? タイマツ、何ですか?

葬祭社 (荷物を探って取り出し)これです。紙の松明。昔、明かりをともすのに使っ

    たものですね。

伯母  父親の時、これに本当に火を付けてさ、焼き場の窯の裏に回って、小さな窓が

    あってさ、そこから兄貴がこれ放り込むと火がついて…今はボタン一つだもの

    ね。

嫁   これで俊一さん、焼くんですか!

伯母  ばかなこと言わないで。昔はそうだったっていう話をしただけなの。

葬祭社 昔はそんなこともあったんでしょうね。松明は先頭になりますので、二番目の

    四華花持っていただいてよろしいですか。

嫁   シカバラ

葬祭社 「しかばな」です。これです。白い花。お釈迦様が亡くなったときに、沙羅双

    樹の花が白くなったということからきているようです。

母   じゃあ、松明は銅町のおじさん、仏飯はおばさんでどうかしら。

伯母  いいんじゃない?

    明日、火葬場は喪服だからね。あなたのは平安葬祭さんから借りましょうね。

    でも良い季節でよかったわ。夏の真っ盛りだの、冬の大雪のときなんかだった

    ら大変。最近はお寺の本堂もクーラーや暖房が効くみたいだけど、あそこのお

    寺は冬は石油ストーブ、夏は何も無しだからねえ。

    香奠、うちは二万円くらいかしら。五七日もあるからねえ。五七日の引き物は

    決まってる?

葬祭社 はい、喪主様に先ほどお決めいただきました。

母   カステラにしちゃったけど。

伯母  そう。軽くて良いんじゃない。昔は葬式饅頭一箱に砂糖一袋って決まってたけ

    どね。なにしろ重くてさ。うちからのお供物はどうしようかしらね。

葬祭社 こちらにパンフレットがありますのでどうぞご覧ください。

伯母  うーん、生花(なまばな)にするか盛籠にするか。

母   銅町のおじさんのところは生花ですって。

伯母  じゃあうちは盛籠か。

嫁   (パンフを見ながら)盛籠の中身って後で食べられるんですね。

伯母  そうね、でもお寺に置いてってくれなんて言われるからね。

嫁   お寺がとるんですか?

伯母  お寺もいろいろ必要なのよ。乾物と缶詰でいいわ、これにしよう。二万一千

    円。名札はね、「深瀬安吉」でお願いします。普通の深瀬に安は大安の安、吉

    は大吉の吉。

葬祭社 承知いたしました。

伯母  ああ、遅くならないうちに美容院行きましょうね。

母   そうですねえ。


     母、伯母、嫁、葬祭社員退場


さき  私たちはお葬式だけ参列すればいいよね。お葬式は喪服だよね。

みちこ 私、お母さんの借りるわ。

ゆき  着物?

みちこ ううん、洋服。

ゆき  私、リクルートスーツでいいかしら?

さき  いいんじゃない。私もそれしかないし。

ゆき  美容院行く?

みちこ 親戚じゃないし、そこまでいらないんじゃないかな?

さき  数珠と香奠は絶対忘れちゃだめよ。

ゆき  香奠っていくらぐらい?

さき  そうねえ、(片手を広げて)これでいいんじゃない?


     三人うなずく。


さき  それにしてもなつかしいねこの台本。

なおこ 阿古耶姫のお話、タイトルは『ささやき』。大きく二部構成になっている。前

    半は阿古耶姫伝説そのまま。後半は戦争中の日本の話になる。徴兵され、明日

    は出征という大学生が許嫁の女学生に告げる。

ゆき  戦地に行けば戻って来れないだろう。婚約は破棄したい。あなたをこんな若さ

    で未亡人にはできないから。

さき  そうして男は女を抱き寄せて、ささやく。

ゆき  あー良かったなあ。あなたに嫉妬してたのよ、私。

さき  あれは今思うと、名取太郎や戦争中の学生の台詞を借りて、先輩がみっちゃん

    に告白してたのね。役の名前も「みちこ」だったし。

みちこ ええ?私だけじゃなくて、本名が役名って多かったじゃない。

ゆき  私なんて役名もなかったもん。「村人2」とか。

さき  ひがまないの。

みちこ このお話について、先輩はいろいろ説明してくれたけど、よく分からなかっ

    た。死んで行く男の恋心を受け止める女の気持ちってどんなだろうとか。

    でもあの後ずっと考えてた。


     なおこ、台本を持って立ち、読み出す。みちこに語りかける感じ。

     劇中劇に移行すると音楽が入る。みちこは台本を見ずに台詞を言う。


なおこ 私は、人間ではないのです。

みちこ え?

なおこ 出羽の国千歳山のいただきに立つ松の木。それが私です。

みちこ …。

なおこ 私はもう何百年も生きてきました。古く、大きくなったばかりに、私はこのよ

    うな姿になる力を持ちました。樹木の身でありながら、人間に恋するという、

    だいそれたことを思うようになりました。でもこの心はどうしようもない。

    人間でない私を、あなたは愛してくれますか?

みちこ 私の心は、たとえあなたが何であろうとも変わりません。

なおこ 名取の村人たちは橋を流されて困っているでしょう。その人々が私を伐り倒し

    て橋を架けようとしている。たしかに、私が川底に足を踏ん張って立ったな

    ら、どのような洪水にも負けないでしょう。

    しかし、人々を救うために私はあなたとの幸せを失わなければならない。

ゆき  千歳山の松の木を伐り、それで橋を架ければ流されないとのお告げがあった

    ぞ。

さき  おお、あれほどの大木であれば、かならずや我らの救いとなってくれよう。

なおこ 私は伐られるわけにはいかない。鋸が挽いたおが屑は一晩のうちに元に戻しま

    しょう。そうすれば、いつまでも伐り倒されることはない。


     SE、鋸を挽く音


なおこ 人間もかしこい。おが屑を焼いてしまえばいいと気づいた者がいます。これで

    はもう、三日ほどで私は…。


     SE、木の倒れる音


みちこ 太郎様!

ゆき  やった。とうとう千歳山の松の大木を伐り倒したぞ。

さき  枝を払って、綱を付け、峠を越えて陸奥国へ。

ゆき  やや、なんということ、峠まで来たところで、どのように牽いても少しも動か

    なくなった。

さき  まるで松の木が先へ行くのを嫌がっているようだ。

みちこ もし、村の方々。

ゆき  はい。これはどこの姫様か知りませぬがこのようなところへ何用で?

みちこ わたくしは、信夫の里に住まいする阿古耶と申します。夢に、千歳山の松が伐

    られるのを見ましたが、もしや、これがその松?

さき  はいさようで。ところがここまで来て少しも動かなくなりまして、難儀してい

    るところでございます。この木で橋が出来るのを多くの者が待っているのです

    が。

みちこ そうですか。この松も伐られたくはなかったでしょうが、多くの人々を救うた

    めの、尊い犠牲なのでしょうねえ。


     みちこ、松の木に見立てた長机に向かって、何かを二度ささやく。

 

ゆき  何をしておいでですか?

みちこ いえ…、さあ、牽いてください。

ゆき  おお! なんとしたこと。松の木が動いた。

さき  まるで自ら滑るように進んで行くぞ。

みちこ 私は千歳山に庵を結び、あなたの菩提を弔いましょう。あなたが残した切り株

    に若松を植え、大きく育つのを見守ります。


     暗転 音楽は続く


第3場 三日目(午後) 出棺火葬


     明転

     伯母、嫁、みちこ、ゆき、さき、なおこ

     火葬場に行く人はみな喪服。


主婦  すみません、玄関に盛籠届けに来てますけど。

伯母  どちらさんから?

主婦  「深瀬安吉さん」ですって。

伯母  あら、うちじゃない。(嫁に)あれえ、お寺に持って行ってって頼んでくれた

    んでしょ?

嫁   お寺だと取られるでないですか?

伯母  もう、ここに持ってきたら、またお寺に運ばなきゃならないじゃない!

    すみません、お願いしてお寺に持って行ってもらってください。

主婦  分かりました。(玄関に去る)


     入れ替わりに上手より女性が入ってくる。


なおこ 松田先輩!

さき  来てくれたんですね。

松田  卒論のプレゼン、どうしても抜けられなくて。遅くなっちゃった。

    火葬の前に顔見たかったんだけど、佐藤君、もう霊柩車に乗せられちゃったの

    ね。みっちゃん、大丈夫?

みちこ はい。

松田  でもこんなことになるなんてねえ。

    そういえばこれ、あのときの台本、持って来た。

なおこ これで三部ですね。私のとみちこのと。

松田  みんな考えることは一緒ね。


     霊柩車のエンジンをかけようとする音

     男たちの声

     葬祭社員が玄関から入ってきて電話する。


葬祭社 もしもし、渡辺です。霊柩車が故障して、どうしても動かないんです。男の

    方々が喪服を脱いで修理しようとみてくれているんですが。

    JAFを呼びましょうか。

伯母  あら、なんでしょうねこんな時に。


     伯母と嫁、玄関に出て行く。


葬祭社 代わりの霊柩車ありませんかね? 出払ってますか。困りました。ちゃんと整

    備しておいたんですよねえ。バスだけ出してもしょうがないですよねえ。

    斎場の方に若干遅れると連絡しますね。

さき  遅れちゃうわね。

ゆき  これって、「名取太郎」じゃない? 行きたくないのよ! 先輩。

松田  そんな…

なおこ ねえ、あのとき、なんてささやいたの? そりゃ、観客には聞こえなくても良

    いんだけど、その言葉は先輩と話して決めていたんでしょ?

さき  みっちゃん! 言ってあげて。きっと待ってるんだわ先輩。


     みちこ、何も言えない。

     SE、自動車のエンジンがかかる音


葬祭社 あ、動きました。動きました。

    大丈夫なようです。このまま斎場に向かいます。

    親族の方、皆様バスにお乗りください。お乗りになりましたかー。


     葬祭社員、玄関へ。


ゆき  動いちゃった。

さき  お芝居じゃないものね。

ゆき  なんで何も言わなかったの?

さき  ゆき?

ゆき  私さ、どうしても、みちこが先輩のこと本当に愛していたのかどうか分からな

    い。

さき  ゆき!

ゆき  あのKY女の方が愛していたんじゃないかと思う。

なおこ そんなことない!

松田  ゆきちゃん、違うのよ。佐藤君は本当にみっちゃんを愛していたし、みっちゃ

    んも…

みちこ 私!(立ち上がる)

主婦  お見送りですよ。みなさん早く出てください。


     全員そそくさと見送りに出て、舞台無人となる。

     SE、霊柩車の長いクラクション

     みちこたち、もどってくる。しばし悄然。


ゆき  火葬ってどのくらいかかるのかしら。

なおこ 一、二時間じゃなかったかな。おじいちゃんの時、みんなで待合室でお茶飲ん

    で待ってた。

さき  演劇部がこれだけそろって台本も三部ある。何かの縁かもしれないから、ここ

    でお芝居しちゃう?

ゆき  細かいところ忘れちゃったけど、なんで後半が戦争の話になるんでしたっけ?

    阿古耶姫伝説だけじゃ一時間にならないから作ったんでしたっけか。

なおこ 違うよ、はじめから二部構成になっていて、現代の部分は伝説の再現っていう

    か…。

松田  はじめは、伝説の中の登場人物が生まれ変わって戦争に出遭うっていうのも考

    えたんだけど、作っていくうちにあまり関係なくなっちゃったんだよね。

    この物語の後半は、佐藤君と私たちが部員のお婆ちゃんに取材したの。その方

    の夫は山形の聯隊に所属して、沖縄で戦ったの。山形聯隊の兵隊は大半が戦死

    して、お婆ちゃんのもとに帰ってきたお骨の箱には、名前を書いた紙きれが入

    っていただけだったって。


     松田(先輩役)を加えての劇中劇

     男と学友たちとの会話の場面から

     みちこははじめ乗り気でない様子


松田  自分たち学生もやがて兵隊として戦地に行かなければならない。しかし、祖国

    を守るために戦争に行くことは、敵兵を殺しに行くということでもある。その

    敵兵にも親兄弟がおり、妻や子がいるだろう。殺せば必ず悲しみと怨みを残す

    ことになる。

ゆき  しかし、昨年の後半から、米軍は都市に対する無差別爆撃をはじめている。一

    般市民を殺傷する行為は断じて非人道的な犯罪である。これを許すわけにはい

    かない。我々が命をかける以外に、これを止める手段はない。

さき  家族を焼き殺された人々の悲しみ、怨みはどうするというのだ。我々が代わっ

    て仇を討ってやるしかなかろう。

松田  それはそうだが…

ゆき  お前は許嫁がいるからな。心残りなんだろう。

松田  いや、この状況ではそんな個人的なことは捨てるべきなんだろう。

なおこ まだ学生だった男も繰り上げ卒業となり、徴兵された。男の所属した聯隊は沖

    縄に派遣され、圧倒的な戦力を持つ米軍との戦いに臨むこととなった。

みちこ ご武運を祈ります。必ず生きて帰って下さい。待っています。

松田  みちこさん…まもなく出征するのですが、自分たちは認識票をもらっていませ

    ん。

みちこ ?

松田  認識票は、戦場で死んだ時にその死体が誰であるかを識別するためのもので

    す。

みちこ え?

松田  つまり、自分たちは遺骨も残さず、日本本土防衛のための捨て石になるので

    す。

みちこ そんな…。

松田  自分は喜んでこの身を捧げます。ですから、自分との婚約は解消してくださ

    い。あなたは誰かもっと良い男と末永く添い遂げて下さい。自分はあの世であ

    なたの幸せを祈っております。あの世からあなたをお守りします。

みちこ そんな。嫌です! 死なないで! 生きてください。

松田  みちこさん。


     二人抱き合うはずが、みちこは背を向けて泣き崩れてしまう。

     泣き続けるみちこ

     暗転(時間経過)、暗転中に音楽

     台所で待っている5人。

     火葬場から帰ってくる人々。伯母、嫁、葬祭社員など控えの間に入ってく

     る。


伯母  あーあ、人間なんてほんとにはかないねえ。「朝に紅顔あれど夕べには白骨と

    なれる身な~り~」ってね。

嫁   お骨、白くて熱かったですね。ハシが焦げるかと思いました。

 

     遺骨の箱を抱いているのぞみ、奥から控えの間を通り台所へ来る。


なおこ みちこ、のぞみちゃん…。


     みちこ、立って迎える。


のぞみ みちこさん。これ、お兄ちゃん。

みちこ (骨箱を受け取り、抱きしめる)…ごめんなさい。

のぞみ 何をあやまるの?

みちこ ううんそうじゃないの。だけど、あのときのささやき…。

なおこ え?

みちこ 今、本当に意味が分かった気がする。


     みちこ、骨箱を抱いたまま、座り込む。みんな、まわりで見ている。


みちこ …ごめんなさい。(暖かい響きで)


     音楽(幕切れまで続く)

     暗転


第4場(エピローグ) 四日目(午前中) 寺への出発


     明転

     母、のぞみ、伯母、嫁、控えの間にいる。


伯母  (母に)あなた和服で良かったわねえ。私、どうもおなかの辺りがきつくっ

    て、縮んだのかしらこれ?

のぞみ おばさん、ウエストが増えたんじゃない?

伯母  下っ腹にお肉がついちゃったのね。あんたもいずれこうなるのよ。

のぞみ なりません。

葬祭社 (上手より来て)お寺までのマイクロバスには親族の方がお乗りください。

    お寺では祭壇に向かって左側が親族席になります。喪主様から、ご縁の近い順

    にお座り下さい。

 

     みちこたち上手より入ってくる。


葬祭社 位牌は喪主様、遺影は妹さん、遺骨は深瀬様持って下さい。

    (みちこたちに)あなた方はご自分の車でいらっしゃいますね?

なおこ はい、私の車で四人いっしょに行きます。

嫁   私、このシタバラでいいですね。


     一同ギョッとする。


葬祭社 はい!? ああ、四華花…。それで結構ですよ。

伯母  もうここには戻ってこないから、荷物忘れないでねー。


     伯母と嫁、葬祭社員、玄関に出る。


なおこ 私たちも行こうか。じゃあ車に乗って。

母   みちこさん、私達とバスに乗って、お寺でも親族席に座ってくれない?

    あの子も喜ぶと思うの。

みちこ …でも。

母   俊一は自分の身を捨てて人を生かしました。でもそんなことは、自分を本当に

    思ってくれて、自分も本当に思っている人がいなければ、できないんじゃない

    かしら。その人を悲しませることになっても、男は自分のことを泣いてくれる

    女がいれば、命がけで人を助ける勇気を持てるんじゃないかしら。そう思う

    の。あなたは俊一の愛した、ただ一人の女なんだから、ね。

みちこ …はい。(行きかけるがふりむいて)なおこ、ごめんね私…。

なおこ いいから、早く行きなさいよ。


     みちこと母、のぞみ、マイクロバスに乗るため上手玄関へ向かう。

     見送る友人たち顔を見合わせ、上手に去り、障子閉まる。

     音楽高まって、

     幕

 

 

【参考資料】
「郷研通信第3号―あこや姫伝説をさぐる―」山形北高郷土研究部(平成4年3月)
消防団のしおり」山形市消防団本部(平成23年4月)

【取材・協力】
平安典礼「セレモニーホール山形(鉄砲町)」
山形市消防本部総務課