而(しかも)の一用例について

 漢文に関わる疑問について考える書庫を作りました。
 
 項王曰、「壮士。能復飲乎。」樊噲曰、「臣死且不避。卮酒安足辞。夫秦王有虎狼之心。殺人如不能挙、刑人如恐不勝。天下皆叛之。懐王与諸将約曰、『先破秦入咸陽者、王之。』今、沛公先破秦入咸陽。毫毛不敢有所近。封閉宮室、還軍覇上、以待大王来。故遣将守関者、備他盗出入与非常也。労苦而功高如此、未有封侯之賞。 聴細説、欲誅有功之人。此亡秦之続耳。窃為大王不取也。項王未有以応。曰、「坐。」樊噲従良坐。坐須臾、沛公起如厠、因招樊噲出。 史記 「項羽本紀」 鴻門之会)
 
 この部分の下線部について、次のような質問を受けた。太字の「而」を「しかも」と読んでいるが、この意味は逆接ではないのか、というのである。尚文出版「明説漢文」・桐原書店「漢文必携」・角川新字源を見ると、いずれも「而も」は「逆接」とだけ書いてある。それで生徒の質問となったのである。
 しかし、ここは直前で「労苦して功高きこと此くの如き、未だ封侯の賞有らず。」と逆接で来ているのだから、さらに「それなのに細説を聴いて」と逆接に読むのはいささか変である。この「しかも」は、「そのうえ」のような意味にとるのが自然であろう。授業でもそのように言った。教授資料では、「それどころか」と訳してある。これらは接続詞として読んだのである。
 三省堂全訳漢辞海を見ると、「而」の説明に「累加の関係」として「任重道遠。」の例文があり、この意味の場合「しかも」と訓読するが、読まないで置き字扱いすることもあるとしている。読まない方が普通であろう。これは接続助詞のように扱うのである。
 
 一考するに、本文の区切り方を変えて、下のように読めば辻褄が合うのではないか。
 
 労苦而功高如此 未有封侯之賞 聴細説、欲誅有功之人。(労苦して功高きこと此くの如未だ封侯の賞有らざるに しかも細説を聴きて、有功の人を誅せんと欲す。)
 
 これならば、少しぎこちない読み方だが、無理なく逆接として「而も」と読むことができるのではないか。諸氏のご教示を請う。
 
【後日追記】
 現任校で使用している教科書は『第一学習社改訂版高等学校古典漢文編』であり、その「史記」の部分の底本は『史記会注考証』である。「而」に累加の意味合いを持たせていると思われる。
 『桐原書店高等学校古典(漢文編)改訂版』では、本文該当箇所は「労苦而功高如此未有封侯之賞。而聴細説、欲誅有功之人。」となっており、「而」は「しかるに」と読んでいる。明らかに逆接である。教授資料では「それなのに」と訳している。これは一貫した考え方であろう。こちらの底本は明記されていないが、参考図書の中に明治書院の『新釈漢文大系』と冨山房の『漢文大系』が挙げられている。
 『新釈漢文大系39史記二(本紀)』を見ると、「勞苦而功高如此未有封侯之賞。而聽細說、欲誅有功之人。」とあって、「而」は「しかるに」と読み、「しかも却って」と訳している。「しかるに」という読みは逆接であることが明確であるが、訳としては「しかもそのうえに」のニュアンスが付随してくる。
  これらは、第一学習社教科書と違って、「労苦功高如此」「未有封侯之賞」とを続けて逆接で読むことをしていない。
  第一学習社→「労苦而功高如此未有封侯之賞。」
  桐原書店他→「労苦而功高如此未有封侯之賞。」
  こうすれば、「而聴細説、欲誅有功之人。」の「而」を逆接の接続詞として「しかるに」「しかれども」「しかるを」などと読みやすくなると思う。
 
【後日追記】
 平成21年度大学入試センター試験追試験の漢文問題にある「而

 
 蓮之為物、愛之者或以臭味、或以芳沢、未有知其徳者也。自周子為之説、而人莫不称其徳矣。然未及其才也。
 窃見用之大者、実与根可以供籩豆、可以充民食、可以療疾疢。細至葉・鬚・茎・節、無一不可資人採択者。群卉之中、根之美者葉或棄、落其実者幹有遺。求其兼善、蓋罕及焉。
 陽煦已盛厥栄漸敷、陰節未凝蟄蔵早固。合君子進退出処之義。
 予故匪惟愛之、益用敬之、而引為環堵間、備師友云。
                                         (張履祥「楊園先生全集」より)
 
 下線部の「而」は逆接には読みにくい。尚文出版の解説書では、下線部を「しかもさらに」と訳している。