県大会を観ていて思ったことのメモ

 舞台使いで、上下に場面を分ける、あるいは上中下に分ける作品があった。
 別の人物の部屋、外という使い分けだが、どうしても芝居が中央から逸れると見づらくなってしまう。大事なことはセンターでやるのが一番。袖に近くなると照明も暗くなったりする。
 かみしもでなく、高台を作って上段・下段で場面を分ける手もあるのでもう一工夫出来そうだった。実際、橋のセットの上と手前で分けていた酒田東さんのような使い方もあった。

 一方、ほぼ素舞台、間口6間以上でやる作品も多い。これで広さを持て余さずに演技できるなら、結構力のある部と言えよう。ただ、無駄に袖まで歩いてしまうと時間も食ってしまう。また、広い舞台に横一直線に並んで正面に台詞を言う、というパターンになりがち。

 山形地区の4校は共同で補助袖幕(持ち込み)を1・3バトンに吊った。間口を5間程に狭めたのだ。

 うちは教室のセットを客席に対して斜めに建て、1つの場所で場面を展開した。いわゆる三一致。
 パネルというか、窓枠とドア枠と壁、そしてロッカー。窓は曇りガラスの設定で、その素材は装置の子たちがあれこれ工夫した結果、農業用ビニールハウスのビニールに、曇りガラスのスプレー(というのがあるのだ)をかけて作っていた。最初は薄い養生シートだったが、薄すぎるので少し厚い物を探したのだ。
 扉は例の引き戸で、開閉できる。地区大会では動かさなかったが、県大会では頻繁に開閉した。
 半分開いている窓の奥と手前(教室の中)で台詞をやりとりする場面も作っていた。ホリゾントの色が透けて見え、前を暗くすると奥の動きがシルエットになって良かった。


 もう一つ、幕切れの終わり方だが、すっきり拍手できる終わり方が少なかったように思う。十分お話が展開して収束する。その作り方が今ひとつであるように感じた。まあ、あまりわかりきった、予定調和的でも面白くないが…。芝居の流れ、盛り上がりの作り方なんだろう。


 時間オーバーを防ぐには、前にも書いたが、舞台監督の存在が必須だ。緞帳の昇降時間を聞いておき、60分59秒から引いて、その時間が来てしまったら躊躇せずに緞帳を下ろす。芝居が中途半端なのより、審査対象外になる方が嫌だからだ(そう考えない人もいるが)。
 もちろん練習の段階で各場面の所要時間を計り記録しておいて、本番で各ポイントの時間をオーバーしていたら「巻き」を入れる。もし、袖から舞台が見通せず(セットの関係で)、役者に伝えられないときは、インカムで客席後方の音響席に伝え、ペンライトで指示してもらう。
 後半、もうどうしてもオーバーしそうだったら、カットする台詞を決めておく。今回その指示は、終盤で登場する役者が、ある仕草で舞台上の役者達に伝えることになっていた。実際は前半から巻いていたので、そうならなかった。
 練習でオーバーしている場合は、そういった段取りもしておかないとせっかくの上演が勿体ないことになる。


 前明かりで顔当てがほしい所にプロセサスから当てる上演校が多かった。これは仕込みの際に緞帳を上げなければならず、観客に開演前のセットが見えてしまう。うちはそれを嫌って使わなかったのだが、花道からのSSの当たり決めのために開けられてしまった。打合せでは、リハーサルで決めたら動かさないで大丈夫ということだったのだが…。さらに確認が必要ということだな。

 劇中、役者が歌う作品が多かった。音楽を多用する傾向があった。