暑い、暑い。

 昨日は中学生と保護者向けの学校説明会だった。酷暑の節、午前中の実施にしたので、体育館の暑さはなんとか耐えられたのではないか。

 終わって部に顔を出す。装置が出来掛かっているが、予想外の形になっているのでびっくり。どうしてこうなってしまうのか?
 指示は正確に、確認のため復唱させる、正確な図面や写真を渡すなどが必要だ。以前に作ったときの写真は渡したし、図にメモ書きで説明したりしたのだが、指示する方とされる方で理解が違っているという事態が生じるのは困ったことだ。これは部活に限ったことではないが。

 若い人は経験が足りないから、理解の範囲が狭いのは当然だ。細かい説明を聞いても、それがなぜそうでなければならないかを理解するにはまだ遠い。頷きながら説明を聞いてはいるが、頭の中では自分の理解の範囲なりの形に変換されているのだろう。
 こういうことは昔からそうなっているわけで、師匠が弟子に「教えない」、「自分で盗め」という意味もそういうことなのだろう。皿洗いや材料の下準備に長い期間を過ごさせることにも意味があるわけだ。自分の経験の中から得た、身についたノウハウがなければ、その先には進めないということだ。
 しかし今は、コンピュータが発達し、安価な多種多様な道具や材料が溢れている。師匠につくまでもなく、自分で何でも作れてしまうかも知れない。だが、何か、大切な物が伝わらないような気もして少し心配ではある。

 一昨日は演劇鑑賞会で「音楽劇 わが町」を観た。良かった。「幕無し、装置無し」の舞台で、簡素な枠組みだけの椅子、テーブル、脚立のようなものが出るだけ。衣装もモノトーンのシンプルな物。
 アメリカの田舎町。2つの家族を中心に描かれる平凡な日常生活と恋愛・結婚そして死。
 第3幕にいたって芝居は一気に哲学的?になり、人間の生きる姿と意味について、考えさせる。
 みなさん歌がお上手。歌詞がはっきりと分かる。
 観劇感想については別に書くつもりです。