ロングランなので今頃になって観た。
観て思った。そんじょそこらの映画ではない。まあ画面の密度の濃いこと(厚みがある、作り込んでいるという意味である)。3時間を圧倒されて過ごした。長編小説を3時間にしたのだからちょっと話が飛ぶ感じ(子役からのつながりなど、登場人物の紛れ)は否めないが、要所要所の舞踊など、舞台上の臨場感が(衣擦れや足音、カメラワークと編集などで)生々しく表現されるので恐ろしいほどの緊張感が伝わる。1,200円は安いな。
田中泯演ずる老女形の目が怖かった。「あなた、歌舞伎が憎くて憎くて仕方がないんでしょう? それでいいの。それでもやるの。」と言う、伝統、世襲の世界に生きる歌舞伎役者の性根が凄い。80歳のダンサー田中泯の鷺娘…。
六代目中村勘九郎が中村仲蔵を演じたNHKドラマ『忠臣蔵狂詩曲№5中村仲蔵出世階段』で、江戸歌舞伎界の裏話はおなじみだし、昔の映画で、世襲ながら、幼い息子が雷が怖くて、雷鳴を聞くと何もできなくなる性格なのが、肝心な大舞台で親子共演の際、雷が鳴って怯え、舞台に出られなくなるという場面があった(題名も覚えていない)。父は小刀を握り、我が子の失態を償うべく、刺し殺そうとする(自分も自害するのだろう)。そのとき、突然子どもが我に返り、立ち上がって舞台に出る。世襲の血のなせる業か。(うーん、『ライムライト』かい)
歌舞伎の女形二人(兄弟弟子)の設定から織りなされるドラマは、きっと、雲田はるこの漫画『昭和元禄落語心中』や陳凱歌の映画『さらば、わが愛/覇王別姫』との類似性を指摘され、対比されるだろう(どちらも好きな作品だ)。アカデミー賞の審査などは特に後者と比較されるかもしれない(『覇王別姫』はアカデミー賞はとっていない)。
これらの作品には共通して「少年から青春期を共にして成長した男同士の友情」、「伝統芸の継承」という重責、「芸」そのものへの過酷な挑戦、「運命」に翻弄される人生という普遍性が底にある。あらゆる「運命(雑事)」を越え、純粋な芸に至る道は、陳腐な言い方だが、茨の道である。
小説の舞台化は難しい。映像化はもっと難しい。この小説、読んではいないけれど(自分は小説をほとんど読まなくなっている)、舞台裏などの描写は経験上よくわかるものだった。
映画では1シーン1カット(長回し)という離れ技をする監督もいれば、1アクションに数カットあてる人もいる。最初からその数カットの構成を考えて撮るのではなくて、複数台のカメラで同時に撮るか、何度もカメラ位置を変えて同一場面を撮りなおすかして、編集の段階でつくるのだろうが、この作品では、舞台のシーンなど、一体どうやって撮ったんだと思わせるような一連のカットが多かった。撮影の力が感じられた。
しかし、俳優の歌舞伎修業は大変だったろう。役者根性は時代を問わずだな。