石ノ森萬画館

 石巻市にある「石ノ森萬画館」に行ってきた。旧北上川の中州にある。以下ホームページから。

 この企画をしていた石ノ森章太郎は1998年に60歳で亡くなったが計画は続いた。2001年に開館したが、10年後の大震災で1階部分の展示はすべて流失した。しかし、避難行動が早く、人的被害は皆無だった。その後、多くのファンに後押しされ、翌年の11月に再開館して今に至る。

 この中州(中瀬と呼ばれる)にはかつて映画館があって、小野寺少年は登米郡中田町石森の自宅から自転車で3時間かけて映画を見に来たという逸話がある。

 (なお自分は「石森章太郎」の名で描かれた作品になじんでいるので、「石ノ森章太郎」という名は居心地が悪い。ご本人がそう改名されたのだからしょうがないが。)

 

 去年12月には豊島区椎名町の「トキワ荘マンガミュージアム」に行ってきた。かつて若き漫画家たちが集まり住んだアパート「トキワ荘」を公園に再現したものである。椎名町商店街はこぞってトキワ荘関連の店を作り、盛り上げようと努力している。

 同じ豊島区でも、阿部次郎の弟堀三也や画家熊谷守一が住んでいたのは長崎の方で、少し北の方になる。今回はスケジュールが取れず、行けなかった。

 共通する熱き志を持つ、ただそれ以外は金も名もない若者たちの青春群像を描いた作品はマンガにとどまらず、映画、テレビなど数多い。

 

 最近はトキワ荘の間取りと入居者、入居期間の考証も進んでいる。特に、1982年に解体した際の写真で、各部屋が正対しておらず、半間ずつずれていたことが判明し、そのように再建されている。(下の各図では正対しているように描いてあるが)

 また、漫画家たちの作品に限らず、作家論的な切り口からの考証も深まっているようだ。特に、福田淳一氏によって石森章太郎の作品発表の時期と作者の境遇、行動を重ね合わせる研究がなされていて興味深い。

 

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 上の2冊はともに2020年以降の出版である。

 

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 かつてトキワ荘があった場所に立つ記念碑(間取りが示してある)

 

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 「トキワ荘マンガミュージアム」より

 

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 「石ノ森章太郎トキワ荘」より

 

 23号室は竣工した1952年には存在せず、後に増築されたらしいが、赤塚不二夫がこの部屋に入居した1956年までには出来ていたことが分かる。西向きの部屋は、夏は西日で暑かったため、赤塚と石森はその後東側に移っている。

 この四畳半に、一時期、母親や姉といった家族が同居し、息子・弟たちの食事、洗濯など面倒を見ていた。今の人にはそんなことが信じられない狭さかもしれない。