自作高校演劇脚本③ 『赤頭巾最終回』

赤頭巾最終回

 原作     ヤコブ・グリムとウイルヘルム・グリム
 訳      金田鬼一(岩波文庫版)
 翻案・脚色  佐藤俊一

 登場人物
   男1(狩人)
   女1(母/おばあさん)
   女2(赤頭巾)
   男2(狼A)
   男3(狼B)

 舞台装置 舞台上には階段が二つ置いてある。(一つの階段にはカーテンがあるとよい)
 衣装   女2のかぶる赤頭巾と前掛け、おばあさんの頭巾と着物、狼のしるし、旅人風の何か、
      その他は普通の服で良い。
 小道具  本、お菓子と葡萄酒の包み(紙コップ入り)、狩人の鉄砲

 

   初演は2001(平成13)年9月 上山明新館高校 麗明際ステージ発表(体育館)

 

 


  音楽

  ナレーション

 「赤頭巾。赤頭巾や。ちょっとおいで。ここにね、大きな上等のお菓子が一つと、葡萄酒が一本あるの。

 これをおばあさんの所に持ってってちょうだい。おばあさんはご病気で弱ってらっしゃるでしょ、

 こういうもの、おくすりになるのよ。さあ、暑くならないうちに行ってらっしゃい。…ああいい子だね、

 赤頭巾は。でも森にはこわい狼がいるから、食べられないように気をつけるんだよ。

 じゃあ、いってらっしゃい」


  幕が開く。

  階段にはそれぞれ女1と男1が腰掛けている。それぞれ手に本を1冊持っている。

 

男1  赤頭巾ちゃんのお母さんは、どうして狼のいる危ない森に、赤頭巾ちゃん一人で行かせたのか

    な? 気をつけなさいって言ったって、小さな女の子に何ができるっていうんだ?

    ねえ、どうしてかな?

女1  ええ? そんなの童話なんだから、どうでもいいんじゃない?

男1  そうかな? 僕が父親だったら、一人で行かせたりしないんじゃないかなあ。それに、おばあさん

    は、からだが弱いんだろう? だったらなんで一人で森の中に住んでるんだろう? 不便でしょうが

    ないよね。コムスン(当時あった介護派遣の会社名)が来てくれるわけないし。

    お母さんは、おばあさんを引き取るのが嫌だったのかな。意外に嫁いびりの激しい姑だったり

    して。嫁の復讐かな。

女1  「村から三〇分くらいかかる森の中」って書いてあるから、歩いていける距離でしょ。

    ときどきは様子を見に行ってたんじゃない。

男1  森までは三〇分でも、おばあさんの家は森のずうっと奥にあるって書いてあるぜ。

    そんな森の中に一人で暮らしてるなんて変だよ。

女1  本人に聞いてみるのが一番だわ。


  女1、階段から下りて下手に行く


女1  赤頭巾ちゃーん。ちょっと出てきてー。赤頭巾ちゃーん。


  下手より女2登場。


女2  何かご用?

女1  忙しいところごめんなさいね。教えてほしいことがあるの。

    お母さんは、どうしてあなたをい森に一人で行かせたんでしょう?

女2  それは、お母さんが自分で森に行ったら、「赤頭巾」の話にならないからです。

男1  「赤頭巾ちゃん」でなくて「お母さんちゃん」になっちゃうな。

女1  でもあなた恐くないの? 行きたくないんじゃないの。

女2  そりゃあ狼に食べられるかもしれないんですから。…でも、お母さんの言いつけですから。

男1  ふうん。お母さんは狼より恐いか。児童虐待は今に始まったことじゃないんだな。

女1  (母親になって)赤頭巾、これから、森のおばあさんの所に行ってちょうだい。

女2  お母さん。かんべんして。

女1  何よ、口答えするの。(手を上げる)

女2  狼に食べられてしまいます。

女1  ああ、親の言うことをきかないお前なんか、食べられてしまえばいいんだ。

女2  お父さん、お願い、私を行かせないで。

男1  (父親になって)…なあ、お前、…

女1  あなたは黙ってて。

男1  はい。…あれ? 赤頭巾のお父さんっていたっけ?

女1  そりゃあいるでしょう。けど、現代と同じで、父親の権威がない家庭だったのね。お話には

    出てこないわ。

    それより、昔のドイツの人にとっては、森は奥が深くて、子供なんか道に迷ったら出てこれな

    い、恐ろしい所だったのね。ヘンゼルとグレーテルの話では、森には魔女が住んでいて子供を

    食べてしまう設定になっているわ。案外、年取ったおばあさんは魔女に近かったりして。

男1  ところで、赤頭巾って、名前?

女2  いいえ。本当の名前は別にあるんですけど、その名前では呼ばれないんです。

女1  おばあさんからもらった赤いビロードの頭巾が気に入って、そればっかりかぶっているから、

    赤頭巾って呼ばれるようになったんでしょ。

男1  ふんふん、で、本名はなんて言うの?

女2  …カザリンルイトガルドベアトリックスファニア

男1  カ、カザリン、ルートゴ、フジサンロクニオームナク…「赤頭巾」でいいや。

女2  じゃあ遅くなるといけないから、私行きます。さようなら。

男1・女1 さようなら。


  男2登場。


男2  こんにちは、赤頭巾。

女2  あらこんにちは、狼さん。

男2  どこへ行くの?

女2  おばあさんの所。

男2  何持ってるの?

女2  お菓子と葡萄酒よ。

男2  お菓子おいしそう。ちょうだい。

女2  やだよ。あげない。(逃げる)

男2  くれよー。(追う)


  女2、袖に逃げ込む。男2続いて袖に入る。すぐに女2が自転車に乗って出てくる。それを

  男2が走って追いかける。少しの間、追いかけっこ


男1  あまり狼のこと恐がってないみたいだけど。

女1  「赤頭巾は狼というものがどんな悪いことをするけだものか知らないので、恐いと思いません」

    って書いてあるわ。

男1  そんなわけのわからない小さな子供には見えないけどね。

女1  知ってて知らないふりかしら。かまとと?

男1  だとしたら、たいした子供だなあ。

男2  ハアハア…。もういいよお菓子は。ところで、どこ? おばあさんのお家は。

女2  やだ、狼さんたら知ってるくせに。

男2  知らないよ。

女2  森のことで知らないことなんかないでしょ、狼さんは。

男2  いやほんとに知らない。

女2  やだ、もうー。

男2  教えろよー。

女2  おばあさんに何か用があるの?

男2  別にないけど。

女2  じゃなんで聞くのよ。

男2  なんでって…。

女2  わかった、おばあさんの家に先回りして、おばあさんを食べちゃって、私が着いたらおばあさ

    んのふりをしてだまして、私も食べようと思ってるんでしょ。

男2  ぎくっ。

女2  うそよ。狼さんはそんな悪い狼じゃないものね。おばあさんの家、教えてあげる。森のずうっ

    と奥に、大きな3本の柏の木があるの、そこを右へ行くと今度は2本の杉の木があるの、そこ

    を左へ行くと5本のブナの木があるの、そこを曲がらないでまっすぐ行くと川があるから、川

    上の方へ行くとはしばみの生け垣があるからすぐにわかるわ。

男2  …もう一回言って。

女2  あら、覚えられなかった?いい?森のずうっと奥に、大きな3本の柏の木があるの、そこ

    を右へ行くと今度は2本の杉の木があるの、そこを左へ行くと5本のブナの木があるの、そこ

    を曲がらないでまっすぐ行くと川があるから、川上の方へ行くとはしばみの生け垣があるから

    すぐにわかるわ。

男2  …。

女2  覚えた?

男2  …たぶん。

女2  じゃあ、私この辺でお花を摘んでるから、その間におばあさんの家に先回りするのよ。でない

    とお話がつながらないからね。さあ早く行って。

男2  う、うん。じゃあ。

 

  男2退場。


男1  おいおい、なんだこりゃ。赤頭巾はこれからどうなるかみんなわかっていて、狼を先回りさ

    せたのかい。

女1  おばあさんが食べられて、自分も食べられて、でも狩人に助けられるってわかってるから恐く

    ないのね。

女2  あーあ、また同じことの繰り返しか。童話の登場人物って、決まったことしかできないんだも

    の、退屈でしょうがないわ。


  男3登場。


男3  もしもし、そこのお嬢さん。

女2  え、あたし?

男3  ちょっと道をお尋ねしますが、おばあさんの家はどちらでしょう。

女2  あなた、誰?

男3  世界を流れ歩いている旅の者です。スナフキンとでも名乗りましょうか。

女2  おばあさんを知っているの?

男3  よーく知っていますよ。私は昔、おばあさんにお世話になったことがあるんです。久しぶりに

    近くに来たので、ご挨拶でもと思って。

女2  あらそうなの。おばあさんの家は森の奥ですけど、いっしょに行きますか? 

    私もこれからおばあさんの家に行くところなんです。

男3  すると君がお孫さん。

女2  はい。赤頭巾と呼んでください。

男3  それじゃあ、道案内、よろしくお願いします。


  二人退場。


男1  また変なのが出てきたなあ。あんなのお話にあったっけ。

女1  いるわけないでしょ。でもあやしい奴ね。一見優しそうで実は女の敵、連続婦女暴行魔なんて

    パターンじゃないのかな。

男1  そりゃあ大変。追いかけよう。


  男1退場、女1は階段の陰に移動。

  音楽

  女1がおばあさんの衣装で階段に寝ている。男2、おばあさんの家の戸を叩く。


女1  どなたかの?

男2  赤頭巾よ。お菓子と葡萄酒を持って来たの。あけてちょうだいな。

女1  かまわないからお入り。おばあさんは弱ってて起きられないからね。

 

  男2は、いきなりとびこんでおばあさんを飲み込んでしまう。

  おばあさんの着ものを着て、おばあさんの頭巾をかぶって寝る。

  女2・男3登場。


女2  あなたのお話、とってもおもしろいわ。世界中のいろんなこと知ってるのね。

男3  たいしたことはありませんよ。

女2  おばあさんの家はすぐそこよ。

男3  何か狼臭いね、ここは。

女2  あ、そうだ、狼さんが先回りしておばあさんを食べてしまったんだ。

男3  何だって!

女2  でもだいじょうぶよ。狩人さんが来て助けてくれるから。


  男3、家の中に飛び込む。


女2  あっ。

男2  赤頭巾かい。挨拶もしないなんて失礼だろう、いくらおばあさんだって。

男3  おやおや、おばあさん、おそろしく大きな耳だねえ。

男2  これでなきゃお前の言うことがよく聞こえないからね。でもどうしたの、その声は。

男3  おばあさん、ずいぶん大きい手だねえ。

男2  これでなきゃ、お前がうまくつかめないからね。

男3  おばあさんの口の大きいこと、びっくりしちゃう。

男2  これでなきゃ、お前がうまく食べられないのさ。


  男2、起き上がって相手を食べようとするが、男3を見て驚く。


男2  …って、何だお前は! 赤頭巾じゃないのか。

男3  お前、おばあさんを食べたな、出せ!

男2  出せって言われても、一度食べたものはだせねえよ!

男3  早く出さないと、狩人に腹を切られるぞ。ハサミでじょきじょきとな。

女2  ?

男2  狩人だって?

男3  ああそうだ。いいか、この話の登場人物で死ぬのは狼だけだ。他のおばあさんや赤頭巾は生き

    返って、童話が読まれるたびにまた同じことを繰り返すんだ。だから何がどうなるかみんなわ

    かっている。わかってないのは狼のお前だけなんだ。

男2  う、うええ。(と吐く)


  女1登場。


女1  ああ息苦しかった。おや、なんだかいつもと様子が違うねえ。

女2  あなた、誰?

男3  おれは、狼だ。

一同  ええ?

男3  十年前、お前たちに殺された狼の子供さ。親父は狩人に腹を裂かれ、その腹に赤頭巾から石を

    詰められ、毛皮をはがされて死んだんだ。狼が恐ろしいなんて言うが、お前たち人間の方がよ

    っぽど恐ろしいじゃないか。

男2  ひええ、あぶなかった。

女2  だって、石を詰めるようになってるんだもの。私だってやりたくてやってるわけじゃないわ。

女1  童話の世界では、狼は悪者に決まってるんだ。人間を食べたんだから、ひどい目にあって殺さ

    れるのが決まりなんだ。それが気に入らないって言うのかい。

男3  自慢じゃないが、私は人間を食べたことなんかありませんよ。


  男1登場。


男1  (狩人になって)やや、これはどうしたことだ!狼が2匹もいる。それにおばあさんも赤頭

    巾も、食べられないでいるじゃないか!やい狼め、長いこと探させやがって、今日という日

    は殺してやる。

女2  ちょっと待って! いつもの台詞はいいから。これ以上混乱させないで。

男1  俺だって事情がさっぱりわからないよ!

女2  それはね、かくかくしかじかこれこれこういうわけなのよ。

男1  ああそうか、なるほどなあ。

    しかし、俺はもう数え切れないくらいたくさんの狼を殺してきたんだぞ。幼い子供の読む本の

    中でな。でも俺はいつでも正義の味方で、悪者は狼に決まってるんだ。そんな逆恨みされても

    困るんだよな。

男3  世界中で「赤頭巾」の本が読まれるたびに罪もない狼が一匹ずつ死んでいく。この世の中から

    「赤頭巾」の話がなくなれば、狼が殺されることもなくなる。だから私は世界中を回って、赤

    頭巾の本という本を焼き捨てているんだ。

女2  そんなことしたら、私たちもいなくなっちゃう!

男3  それじゃあ、いつまでも同じことを繰り返していくのか? 食われたり、殺したり。

一同  それは…。

女1  …とうとうこの日がやってきたか。考えてみれば、もうずいぶん長い間、人間様が世界の真中

    でいばっていた。そろそろ時代もかわらなきゃね。

    私たちが読まれてきた間、私たちはみんなのお手本だった。でももう、こんなお話じゃお手本

    にならない時代が来ているのかも知れないね。

男2  殺さないで…。

男1  もう、狼は殺さなくてもいい。

女2  私も、いつまでも小さな女の子じゃつまらない。

女1  さあ、赤頭巾の持ってきてくれたお菓子を食べて、葡萄酒を飲んで、みんなで楽しくやろうじ

    ゃないか。今日が「赤頭巾」の最終回というわけだ。打ち上げだよ。

 

  一同、コップに葡萄酒を注いで乾杯する。

  音楽とともに

  幕