自作高校演劇脚本②             『スターライト・マジック』

『スターライト・マジック』 作、佐藤俊一 

 

全一幕 九場

時   現代 秋の彼岸のころ その四カ月後

所   某地方、某県、某市のとある住宅地 小公園 小学校の校庭

登場人物

    母     四十歳くらい

    祖母    七十歳くらい

    サトコ(姉) 中学校三年生

    カナコ(妹) 小学校六年生

    タカシ(少年)小学校六年生くらい

    ユミ    小学校六年生

    マユ    同

    カヨ    同

    原田先生  二十四歳

 


  初演は1996(平成8年)2月 於、県生涯学習センター遊学館
  山形北高校演劇部(フル・ダブルキャスト

 



プロローグ


    客電半灯になる。客席から男の子が登場し、舞台上に上がる。

    (緞帳は下りたまま)客席のほうを見る。広い範囲を見渡すという感じ。

    客席後方からリュックを背負った女の子が登場。

       客席中央程まで駆け出し、舞台上の男の子に向かって呼ぶ。


カナコ  タカシ君! 生きてたのね。私よ、カナコよ!。


    タカシと呼ばれた男の子、これに反応したのか、ほほ笑むと見えたが、緞帳の裏に消える。

    カナコ、舞台に上る。


カナコ  タカシ君‥‥。やっぱり違ったか…。

     あれから何か月たったかな。十、十一、十二、一、…もう四か月か。あの地震があったのが去年の

     お彼岸の夜だった。私の家もご近所も、ううん、この町全部が崩れてしまった。ほら、ここからで

     も駅のビルが見える。

     私の家族は、公園に建てた仮設住宅でお正月を迎えた。通ってた小学校もプレハブ。…もうすぐ卒

     業だけどね。

     お姉ちゃんは、もうすぐ高校受験なのに、勉強ができないって言ってる。中学校も避難所になって

     いて、お姉ちゃんもいろいろ被災者のお世話してるから。お姉ちゃんも変わったもんだわ…。

     でも、一番変わったのは、先生たち。いつもやかましく注意するだけだったのに、先生たちが自分

     たちでてきぱき動いてるんだから。

     でも、家族の誰も怪我しなかったのが良かった。足の悪いおばあちゃんも無事だったんだもの…。

     タカシ君がいてくれたから…。

    客電が落ちる。暗転。


1場


    緞帳が上がる。DO

    明転。舞台は小公園。背景は秋の空。

    女子小学生二、三人登場。皆、運動着姿。 

    (以下の場面は、カナコの着替えの時間を確保するためのものである)

 

ユミ   ねえ、白組のリレーの選手決まった?

カヨ   決まった。でも、紅組のほうが絶対速いよ。カナコいるし。

マユ   今年が小学校最後の運動会かぁ。私、過去五年間、勝ったほうの組になったことないのよ! 

     最後くらい勝ちたいよホントに。だからこんな天気のいい日曜も走って頑張ってるのよね、うん。

カヨ   カナコって、紅組の副応援団長よね。

ユミ   そう。リレーと応援、両方練習あるから結構大変なんだけど。

マユ   でも、今日、いたっけ?

ユミ   あー、今日はお墓参りなんだって。

カヨ   ふーん。ねえ、ここから私ンちまで走らない?

マユ   何言ってんの、今まで学校のグランド走ってたでしょうに。

カヨ   だって、お腹が空いちゃったんだもの。

二人   えー!

カヨ   一等賞にはポテチー!

 

    カヨ走り出す。二人、慌てて追いかける。


二人   あ、待てー。


    四人の家族が登場。祖母、母、姉、妹。妹はカナコである。お彼岸の墓参りの帰り。

    墓には、七年前に亡くなった父と、十八年前に亡くなった祖父が眠っている。

    祖母は足が痛そうにして歩いている。母と姉がそれを支えて歩いている。

    カナコは一人はしゃぎながら歩いている。祖母はベンチに腰を下ろして休む。


母    おばあちゃん、大丈夫ですか?本当にタクシーで来れば良かった。今日は調子が良いなんて言うか

     らバスにしちゃったけど。

祖母   いいの。今日はほんとに歩きたかったんだから。

カナコ  無理しないでよ。でも、お墓参りの時はいつも歩くよね、おばあちゃん?

姉    そう? 去年、とうさんの七回忌した時は、親戚皆でマイクロバスに乗ってったじゃない。

     ついこの間と思ったらもう一年たったのね。

カナコ  あ! あれ見て、あれUFOじゃない!

姉    飛行機よ。

カナコ  音がしないじゃない。

姉    あれだけ高かったら、音なんか聞こえないよ。カナコはそそっかしいし、にぎやかだし、いったい

     誰に似たんだろ。お母さんは静かだし、お父さんも無口でおとなしかったし…、おばあちゃんに似

     たのかな。

祖母   カナコはお父さんに似たんだよ。

姉    えー、信じらんない。

母    お父さんが大声挙げて笑ったことなんて、数えるほどしかなかったですよ。

     (指を折りながら)カナコが初めて「オトーサン」てしゃべったとき。カナコが幼稚園のパン教室

     でこんな大きなパンダの形のパンをつくって持ってきたとき。カナコが…

姉    お父さんは、カナコ、カナコだったもんね。

母    いつも、なにするんでも、私が音頭とらないと動かなかったし。

カナコ  父さんはね、本当はとっても面白いんだよ。いろいろ冗談言って笑わせてくれたもの。

祖母   あの子は小さい頃、今のカナコとそっくりの楽しい子だったの。

姉    へー? じゃ、カナコも、大人になったらおとなしくなるの? 考えらんない。


    以下、祖母とカナコ、母と姉の別々の会話になる。同時に進行してよい。


祖母   さて、家に帰ったらおはぎ食べようね。

カナコ  なんでさ、ぼた餅のこと、オハギって言うの?

祖母   萩の花が、小さくて赤くて、小豆みたいだからじゃないか。

カナコ  じゃ、ぼた餅はなんでぼた餅なの?

祖母   お餅が白い牡丹の花のように見えるから。同じものでも、春は牡丹餅、秋はお萩というわけ。

カナコ  おばあちゃんって物知り!


    二人から少し離れて、母と姉の会話


姉    おばあちゃんの足って、もう治ることないんでしょ?そういうの身体障害者って言うんじゃない?

母    そうね。おばあちゃんくらいの障害だと、二級障害者で、手帳がもらえるんだけどね。

     おばあちゃんはいやだって、民生委員の山田さんに何回言われてももらわないでいるの。

姉    おばあちゃんって、事故で足悪くしたんだよね。

母    そう、三十年前、家が火事になって、その時の火傷がもとでああなったんだって。

姉    …若いときからとろかったのね。

母    それに、以前はリハビリってあんまり考えられてなかったみたいで、足が変形したまま固まっちゃ

     ったらしいの。これはお父さんから聞いた話。

カナコ  昔は、おばあちゃんもカマドでご飯炊いてたの?

祖母   うちは町中だからカマドはないよ。七輪も使ったけど、文化カマドっていって、羽釜を入れて練炭

     で炊くこんな(と、手で格好を示しながら)のがあって、それずいぶん使ったね。

カナコ  それ、どうしたの? 捨てちゃった?

祖母   うちが火事で焼けたとき、古いものは皆なくしたから。

カナコ  どうして火事になったの?

祖母   どうしてって…ちょっとした不注意のせいさ。

カナコ  不注意って?

祖母   ……。

カナコ  …あ、ごめんね。思い出したくなかった?

祖母   あはは。この歳になるとね、思い出したくても思い出せないことのほうが多いんだよ。


    ここで二つの会話が一致する。


祖母   さあ、もう行こうか。


    家族が動き出したところに、先程の小学生のうち二人(マユとユミ)が戻ってくる。


カナコ  あっ、ユミちゃんとマユちゃんだ。

二人   こんにちわー。

ユミ   これからカヨンちでゲームするの。一緒にしない? 私たち着替えてくるから。

カナコ  する! いいでしょ? 宿題終わってるし。

母    いいわ。じゃ、先に帰ってるからね。


    家族三人去る。


カナコ  ね、今日はなにすんの?

マユ   桃電デラックスだって。

カナコ  またー。私あれ嫌よ。

ユミ   私、ぷよぷよ持ってくから。飽きたらそれしよ。

カナコ  うん。じゃ、私ここで待ってるから、行ってきて。

二人   じゃね。


    二人去る。カナコ、ベンチ(に見立てたボックス)に腰を下ろす。

    その後ろをさまざまな人々が通り過ぎる。秋風が吹き、枯れ葉がハラハラと散る。


カナコ  (独白)昔、私がもっと小さかった頃。お父さんは若くて、よく自転車のハンドルのところに私を

     乗せて散歩に行きました。坂道をすごいスピードで下るときは、おもわず叫んでしまうのでした。

     私がもっともっと小さかった頃、お父さんはずっと若くて、私を抱っこしてお空に持ち上げてくれ

     ました。その時の写真は私の一番好きな写真です。

     写真の中のお父さんは年をとりません。でも、私はどんどん大きくなっていく。わたしはいつか、

     お父さんの歳になるでしょう。そして、もっと大きくなったらお父さんの歳を越えるでしょう。

     でも、お母さんやお姉ちゃんとは、いつまでもいまのままの歳の差です。

     生きてるってことは歳をとるってことなんだわ…。


    カナコの後ろを歩き過ぎる人々の中に、一人の男の子。カナコを見ている。


少年   ねえ。ねえ、きみ。

カナコ  何?

少年   それ、取ってくれない?

カナコ  え?

少年   その袋。(と、ベンチの傍らにあった紙袋を指さす)

カナコ  これ?

少年   ありがとう。(袋を受け取り大事そうに抱え、自分もベンチに腰掛ける)

カナコ  それ、何が入ってるの?

少年   これ? これは僕の全財産。

カナコ  全財産?

少年   うん、ほかには何も持ってない。

カナコ  あんたの家どこ?

少年   この近く。だけど火事で焼けちゃった。

カナコ  えー! じゃ、あんたってホームレスなの? その若さで。

少年   ホームレス? まあそんなものかな。

カナコ  最近、この近くで火事なんてあったっけ?

少年   最近でもないから。覚えてないだろ。

カナコ  ふーん。でさ、その中に何入ってるの?

少年   よく質問する子だね。

カナコ  何よ。あんただって子供じゃない。教えてくれたら一緒に遊んであげてもいいよ。これから友達と

     ファミコンするから。

少年   ファミコン? まだしたことないなー。

カナコ  えー! 今時めずらしい。

少年   テレビゲーム、やりすぎると目を悪くするよ。

カナコ  一日一回、一時間って決めてるから大丈夫。それより、教えてくれないの?

少年   教えたいんだけど、信じてもらえるかな。

カナコ  何それ?

少年   この中にはね、僕の過去と未来が入ってるんだ。

カナコ  …アルバム?

少年   アルバムには未来のことは写ってないだろう?

カナコ  じゃ何なの?

 

   少年、紙袋から古いオモチャと一冊のノートを取り出す。

 

少年   このオモチャが僕の過去。

     それから、このノートを見ると、未来が、今から起こることがわかるんだ。

カナコ  あ、そう。さよなら。

少年   待ってよ。やっぱり信じてくれないじゃないか。

カナコ  あなた、何か変な宗教やってんでしょ? 私、無宗教だからね。お布施なんかしないわよ。

     それとも宜保愛子の真似?

少年   違うよ。じゃ、見てみるよ。(と、ノートを開く。カナコには中が見えないように)

     今から君の友達が二人来る。一人は赤い服、もう一人は黄色い服。赤い服のほうの子は、背中に

     ゾウさんのリュックを背負って、頭にはミニーマウスの帽子をかぶって来る。

カナコ  何それ。(笑)


    そこに先程の二人が戻ってくる。二人の格好は少年の言ったとおりである。

    カナコあきれて見ている。少年はそれをニヤニヤして見ている。


マユ   お、ま、た。あれ、どうしたの? 似合わないかなこの格好。

ユミ   だからその帽子やめなさいよ。ガキっぽいんだから。(マユ、しぶしぶ帽子を取る)…その子は?

カナコ  この子? なんて言ったらいいか…。

少年   僕、タカシ。カナコちゃんとは今知り合ったんだ。よろしく。

マユ   どこの子?

カナコ  ホームレスなんだって。

マユ   ホームレスって?

ユミ   段ボールに住んでて、残飯あさって、エアガンで撃たれたり、川に放り込まれたりする人?

カナコ  そんなんじゃなくて、お家が火事でなくなったんだって。

マユ   (こっそり)あんまりつきあわないほうがいいんじゃない?

カナコ  でも、この子すごいよ。未来がわかるの! 

     今、あんたたちの服の色とか、その帽子とか当てたのよ。

マユ   えー? 見てたんじゃないのー。

ユミ   予言なんてさ、麻原彰晃だってしたんだよ。

カナコ  ね、もう一回やってみせて。そのノートに書いてあるんでしょ?

タカシ  いいよ。(と、ノートを開く)…もうすぐ別の友達が来る。その子はベージュの服を着て、泣きな

     がらやってくる。そして今日のファミコンはできなくなる。

マユ   それが、予言?

ユミ   ずいぶん簡単なのね。

タカシ  初めはこれくらいにしとかないと…。

カナコ  え?

マユ   あら? カヨじゃない、あれ。

 

    カヨ登場。タカシの予言の通りの服装で、泣いている。


ユミ   …どういうこと?(と、マユと顔を合わせる)

カヨ   ごめーん。お兄ちゃんたらさー、急に友達連れてきて、ファミコンするって。だからダメって言っ

     たんだけどー、あのバカ。だからごめんね。

カナコ  ね! 本当でしょう!(マユとユミ、ポカンとしている。カヨは、何だかわからないという様子)

     すごーい! こんなの初めて。ね、もっとやってみせて!

マユ   ちょっと待ってよ。そんなさ、自分が知ってることを言ってるだけじゃないの。ねえ、どっかで見

     てたんでしょう。

ユミ   そうよ。今度は私たちの聞くことに答えて。

タカシ  いいけど、答えられないこともあるよ。ノートに書いてあることには限りがあるからね。

ユミ   じゃあね。次にこの公園にはいってくるのは男か女か。

タカシ  (ノートを見る)…女だよ。若い女性。


    四人見つめる中、やってきたのは女子高校生。自転車を引いている。


タカシ  次は二人づれの女性。一人は和服を着ている。


    言った通りの人が来る。


タカシ  次も女性。買い物帰りの主婦。


    言った通りの人が来る。


カナコ  全部当たり!

ユミ   女ばっかりね…。

     じゃあ。今度の運動会では、紅白どちらの組が勝つか。…でもこれじゃ、すぐには当たったかどう

     かわからないな…。

タカシ  (ノートを開く)残念だけど、今年の運動会は中止になる。だから勝ち負けなし。

カナコ  えー、どうして? どうして中止になるの。台風でも来るの?

タカシ  (ノートから顔を上げて)今夜、小学校が…焼けてしまうんだ。

三人   えーっ!

カナコ  今日は火事の話題が多いわ…。

マユ   なんで燃えちゃうのよー。言ってみなさいよ。

タカシ  …放火なんだ。

ユミ   放火?

カヨ   でも、でもさ、前からわかってるんなら、止めることできるんじゃない?

マユ   そうよ、警察に言えばいいじゃん。…だめか。信じてくれないよね。

カナコ  でも、未来って変えていいの?

タカシ  一人二人の人間がやることならね。

     すごくたくさんの人に関わっていたり、…自然現象は無理だけど。

カヨ   私たちで止めようよ。

マユ   えー? どうやって?

カヨ   簡単じゃない。その時刻に学校にいればいいのよ。人がいるってわかれば放火しないじゃない。

カナコ  今夜って、何時頃?

タカシ  八時頃。

カナコ  行けなくはないわね。

タカシ  でも、子供だけじゃ危ないから、家族を連れていったほうがいいよ。そうだ、家族そろって、グラ

     ンドで花火大会とか芋煮会なんかすればいい。いっそテント張って泊まるといいよ。

ユミ   …何か、変ね。ははーん、この浮浪者、ただで晩ご飯にありつこうっていう魂胆だな。

タカシ  違う違う! そんなんじゃない。

カナコ  でも、勝手にそんなことしたら、先生から怒られるんじゃない?

タカシ  大丈夫、絶対怒られない。学校を救ったんだから、誉められるよ。

ユミ   そうかな? 救ったかどうか、先生にわかってもらえるの?

カナコ  だったら、先生も仲間に入れちゃおう。独身の原田先生なら来てくれるよきっと。そんで怪しいや

     つを見かけたら、それで信じてくれるんじゃない?

マユ   どうする?

ユミ   放火魔、来なかったら?

カナコ  それでもいいじゃない。私、先生に電話するから。みんな、家の人に話してね。

マユ   じゃあ、電話してね。

ユミ   先生来なかったら、やめるからね。

カナコ  うん。じゃ、後で、バイバイ。


    三人去る。


カナコ  さ、帰ろ。あなたも、寝るとこないんだったら、私ンちに来ない?

タカシ  カナコ、ちゃん。

カナコ  なに?

タカシ  僕の話、信じてくれてありがとう。

カナコ  半分信じてないよ。ごめんね。けど、家族みんなでキャンプ気分ってのが気に入ったの。最近家族

     の会話が不足してるから。

タカシ  仲良くやってるんじゃないの?

カナコ  仲は良いのよ。けど皆忙しいんだね、きっと。あなたのとこはどう?

タカシ  言っただろ。これが全財産だって。僕が持ってるのはこれだけなんだって。

カナコ  ……。あなた、一人ぼっちなの。

タカシ  うん。家族ってさ、いなくなってみると、思うんだ。もっといろんなこと話したり、いろんなこと

     できたのになって。いるときは何かうるさくて、そんなこと考えないのに。

カナコ  私ンちの子になれば? 私の弟にしてあげるから。

タカシ  弟?

カナコ  家は女ばっかりだから、跡取りだって大事にされるよ。

タカシ  …できたらいいね。

カナコ  …さて、これから先生とお姉ちゃんとお母さんと…あーあ、説得できるかな。

タカシ  僕も手伝おうか。

カナコ  そうね、でもややこしくなるから、私だけで話すわ。

タカシ  そう。じゃ、必ず、家の人も来るように言うんだよ。おばあちゃんもね。

カナコ  え?

タカシ  必ずだよ。

カナコ  うん。

タカシ  じゃ、七時に小学校の門のところで。


    タカシ、速やかに去る。

    カナコ、去る。

    暗転(公園の装置を撤去し、室内に転換)

    袖近くに照明が当たり、その中にカナコ登場。


カナコ  (独白)私はそれからすぐ先生に電話した。原田先生は二十四歳の独身女性。アパートで一人暮し

     をしている。でも彼氏はいないんだって。だからせっかくの日曜日も外出しないで、洗濯と掃除に

     熱中していた。

     先生、だから、来て。一人でいても面白くないでしょ。悪くなんかないって。それにさ、ひょっと

     したらすっごくおもしろいこと、あるかもよ。え? それは、ヒ、ミ、ツ。じゃ、本当に晩ご飯、

     食べないで来てね。七時だからね。

     あ、カヨ? 今ね、原田先生に電話したらね、来てくれるって。だから、来て。え? 駄目なの?

     そう、じゃしかたないわね。うん。

     ユミ? 原田先生ね、来てくれるって。…そう、お客さん来るの。じゃあ、あなただけでもいいか

     ら来て。カヨちゃんはね、弟が風邪ひいて、具合悪いんで来れないって。うん。じゃ、マユちゃん

     に電話しといて。それじゃ、バイバイ。


    袖の照明落ちる。反対側の袖に照明が当たる。原田先生がその中に入る。何か本を読んでいる。


原田   子供は時々、大人の考えつかないような、突飛な事を想像するものです。たとえば、口裂け女。人

     面犬。でも、その想像の背景には、子供が無意識のうちに感じとった、社会や家庭の抱える問題が

     あるのです。

     いじめられるので学校に行きたくない。学校がなくなればいい。学校が火事になればいい。…子供

     の想像は、現実との区別ができないくらい強いものです。今日、学校が火事になると思ったら、も

     う信じ込んでしまいます。ある場合には、その想像を現実にするために、自ら行動を起こすことさ

     えあります。

     もちろん、自分では、放火するという意識はありません。これは、予言の成就だと言っても良いで

     しょう。(本から顔を上げる)

     カナコちゃんは、私のクラスの子です。とても明るくて、活発な子ですが、どこか無理をしている

     ように感じるときがあります。あと半年で私の手を離れてしまうけれど、気になるのです。

     だから、今電話をもらって、すぐに行く気になったのです。

     それに、一人で本読んでるのにも飽きたし。


    袖の照明落ちる。暗転


2場


    明転。部屋の中に祖母と姉がいる。姉は勉強中。祖母は座椅子に座ってテレビを見ている。


祖母   裕次郎も若かったね。この顔の長い若いのは、名前なんていうんだったかな…。ああジーパンか。

     松田優作だ。

姉    おばあちゃん、テレビは黙って見てよ。…それ「太陽に吠えろ」の再放送でしょ。おばあちゃん

     は、もう三回くらい見てんじゃない。

祖母   黙って見てると面白くないんだよ。お前も一緒に見たら? 勉強もいいけど、少し休んでからすれ

     ばいのに。

姉    私、刑事ものってダメなの。それに、夏休み過ぎてみんな頑張ってきてるんだから。

祖母   そう、お前も大変だな。(と、テレビを消して本を取り出し、読み始める)


    袖から声が聞こえてくる。会話の内に、母とカナコ、登場する。

母    急にそんなこと言われても困るのよ。こっちにも予定があるんだから。

カナコ  だからお願い。七時に先生と約束したの。晩ご飯も一緒にするって。

母    カナコ、どうしてそんな勝手なことするの。それに、芋煮だなんて、鍋とか薪とか、今から用意で

     きないわよ。

カナコ  怒らないでよ。じゃ、花火だけにして、ご飯はガストかぼんぬーるに行けばいいじゃない。

母    あなたがそんなふうに勝手にするのを怒ってるんです!

祖母   どうしたの。

母    この子が、今日の夕飯は小学校のグランドで食べたいって言うんです。それも、もうお友達と約束

     してきちゃったんですって。こっちの都合も聞かないで。

祖母   またどうしてそんなこと考えたかね。

カナコ  いいでしょう? たまには家族皆で楽しまなくちゃ。

姉    私、行かない。勉強あるもの。カナコ一人で行ったら?

母    だめよ。

祖母   私も足が痛くて無理みたいだねえ。

カナコ  皆でなきゃだめなのよ。それに先生にも言っちゃったんだし。

母    だめです。先生にはおかあさんから謝っておきます。

カナコ  そんな…。じゃあ、本当のこと言うわ。

母    本当のことって?

カナコ  本当はね、学校にね、放火しようとしてるやつがいるんだ。そいつが今晩、小学校を狙って来る

     の。だから私たち、ユミとマユと、タカシくんとで見張ってることにしたの。

母    タカシくんて? 誰?

カナコ  さっき知り合ったの。その子が教えてくれたんだ。学校が燃えちゃうって。

姉    そんなこと、どうしてその子にわかるの。

カナコ  それは…。

姉    まさか、その子が放火犯人なんじゃないでしょうね。

カナコ  違うよ!

母    そんな妙な子とつきあっちゃいけません!

カナコ  違うってば。ねー、行かないと学校が燃やされちゃうよ!

母    それも先生にお話しします。きっと警備保障会社の人が巡回してるから、連絡してもらうわ。

姉    変な人がいたら警察に突き出してくれるわね。

カナコ  駄目よそんなの!

姉    どうして?

カナコ  …その子、ホームレスなんだもの。どっか施設に入れられちゃうわ。

祖母   浮浪児か。今時、いるんだねえ。

カナコ  フロージじゃないよ、ホームレス。

姉    同じことよ。

母    かえってそのほうがいいんじゃないの。道端で寝てるんでしょ、その子。保護してもらったほうが

     いいわよ。

カナコ  だって、…私の弟にするんだもの。

一同   はあー?(カナコ少し照れる)


    袖から原田先生の声


原田   今晩は。カナコちゃんの担任の原田ですが。

カナコ  先生!(と、袖に向かって駆け出す)

母    まあどうしましょ。

 

原田先生とカナコ登場。


原田   夕方のお忙しいところ、突然すみません。

母    いえ、こちらこそ。いつもカナコがお世話になって。今日はなにかカナコが勝手なことをお願いし

     たようで。ご迷惑だったでしょう。

原田   いいえ、私は全然かまわないんです。ただ要領を得ないところがあるので、直接伺ったほうがいい

     かなと思いまして。

祖母   いつも孫がお世話になりまして。

原田   こちらこそ、どうも。

姉    姉です。

原田   どうも。お勉強中だったの。ごめんなさいね。

母    まあ、お座りになってください。(姉、勉強道具を持って袖に去る)

カナコ  挨拶なんかいいから。お母さんに説明して。

原田   (笑)説明ったって、私、わからないから来たんじゃないの。説明するのはあなたの方でしょう。

カナコ  また説明するのー?


    暗転(前の場面の小公園に転換)


3場


    明転(一場よりも時刻が進み、夕暮れとなっている)

    ユミとマユ登場。先程と違って防寒に配慮した服装になっている。


ユミ   何だ、マユちゃンちも来れなかったのか。

マユ   うん。そりゃそうだよね、大人にこんな急に言ったってねえ。

ユミ   そうだよ。最初は全然聞いてくれなくてさ、カナコちゃンちから原田先生が電話してくれて、やっ

     と許してくれたんだよ。

マユ   原田先生って私たちの話よく聞いてくれるからいいよね。こないだもさー、教室掃除しててさ、男

     の子がモップに乗って遊んで壊しちゃったの。それを松村先生が女子のせいにするから頭きちゃっ

     てさ、皆で原田先生に言ったら、ちゃんと聞いてくれたもの。

ユミ   夏休みなんかさ、海に連れてってもらった人いるんだよ。今日ももしかしたら、先生が一番花火し

     たいんじゃないかな?

マユ   そうかもね。ほら、家の残った花火。これグランドでバンバンやってたら、放火魔もびっくりよ

     ね。

ユミ   マユちゃん、本気で信じてるの?

マユ   ええ?

ユミ   あのタカシって子さ、ただ一緒に遊びたいだけで、嘘ついたのよ。そう思わない?

マユ   そうかな?

ユミ   きまってるじゃん。未来がわかるノートなんて。ドラエモンじゃないってのよ。ホームレスだなん

     てのも嘘よ。子供のホームレスなんて、聞いたことないよ。どっかの国のさ、ストリート・チルド

     レン? あんなの日本にいないよ。

マユ   カナコちゃんは信じてるみたいじゃない?

ユミ   ああいうタイプが意外とひっかかるのよね。

マユ   ひっかかるって?

ユミ   男よ。

マユ   はー?


    原田先生が登場。服装は先程と同じ。


原田   こんにちわ。もう今晩わかな?

二人   先生。

ユミ   カナコちゃんは?

原田   それがさ、私がカナコちゃんの家を出る前に、飛び出してっちゃった。おかあさんが「しょうがな

     いわね」って言ったとたんによ。(笑)

ユミ   カナコらしいわね。

マユ   先生がお願いしてくれたから、行ってもいいことになったんでしょ?

原田   うーん。まあね。先生も、その、タカシ君に会ってみたくなったの。未来がわかるなんておもしろ

     いじゃない。

ユミ   本気?

原田   本気に見えない?

マユ   先生、信じてるんだ!

原田   あなた方は信じてないの?

ユミ   だって、ねえー。

原田   まあいいわ。花火もやりたいし、たまには贅沢な食事してもバチは当たらないでしょうし。

     さ、行きましょうか。

ユミ   カナコちゃんの家の人は?

原田   支度して、後からいらっしゃるわ。

     あ、そうそう、二人とも晩ご飯はいらないって、言ってきたよね?

二人   はい!

原田   じゃ、行こう。


    三人去る。

    照明落ちる。短い暗転(照明の変化だけでも可)小学校の教室への転換。

 

4場


    先程より薄暗い。ホリは大黒幕。カナコとタカシ登場。


タカシ  どうして先に一人で来ちゃったの?

カナコ  どうしてかな…。何だかうれしくなっちゃって。変ね、私って。

タカシ  そんなことないよ。

カナコ  …ねえ、うちの子になるんだったら、絶対守らなくちゃならないこと教えてあげる。

タカシ  何?

カナコ  ご飯を食べるときにね、必ず最初にお味噌汁から口をつけるの。

タカシ  それって、普通じゃない?

カナコ  そうお?

タカシ  最初に箸を湿らせるんだろ。そうしないと、ほら、箸にご飯粒がいっぱいついたりして。

カナコ  なんだ、普通なのか。おばあちゃんがよく言うんだ。でも安心した。それならすぐ、家に来れる

     ね。あなたのお部屋はどうしよう。

タカシ  本気で考えてるの?

カナコ  本気よ私。あなたこそまじめに考えてよ。自分の事でしょ。

 

    タカシ苦笑する。

    二人、少し進んで教室に入る。


カナコ  ここが私の教室。六年二組。(と、二人教室の中に入る)私、一番前の列なんだよ。


    カナコ、自分の席に座る。


カナコ  ここが私の席。すぐ後ろがユミちゃんなんだ。ユミちゃんて、さっきの子。わかる?

タカシ  うん。なかなか信じてくれなかった子。

カナコ  ユミちゃんはね、学級委員してるの。頭いいんだよ。

タカシ  ふーん。


    タカシ、教室の中をしげしげと見回す。


カナコ  この学校、すっごく古いの。窓はサッシだけど、壁も床も木の板でしょ。隙間だらけ。冬なんか寒

     いの。トイレも少し前まで、水洗じゃなかったんだって。


    タカシ、教室の壁を見ている。何か探している様子。


カナコ  …なにしてるの?

タカシ  この辺の壁板に、穴が空いてると思ったんだけど。こんなおっきな穴なんだ…。

カナコ  どうしてそんなこと知ってるの?

タカシ  穴の中に宝物を隠したり、友達への秘密の通信を入れておいたりね。

カナコ  あなた、何年生?

タカシ  (カナコの質問を無視して)あ、この柱の傷。これはね、床屋のブンちゃんが切り出しナイフで削

     ったんだ。なんでかっていうとね、家の商売用の剃刀研ぎで磨いてきたもんだから、どれくらい切

     れるか試したかったんだって。それでこんなに削っちゃって、佐藤先生からメチャクチャ怒られた

     んだ。

カナコ  床屋って、ミシマ理容のこと?

タカシ  そう。

カナコ  あそこの子はもう高校生よ。名前だってブンちゃんじゃなくて、コウちゃんていうんだよ。

タカシ  そうだっけ? あ、見てご覧。ここに、おそ松君とチビ太とイヤミが彫ってあるだろう。これ、僕

     が彫ったんだ。彫刻刀の細いやつでね…。

カナコ  あなたが彫ったって? いつのこと?

タカシ  あった! ここだ。板が打ち付けてあるけど間違いない。(と、その板を剥がしにかかる、ジェス

     チャーでよい)

カナコ  何するの! やめなさいよ!


    意外に簡単に板が剥がれる。


タカシ  うん、この穴だ。(と、その穴に手を入れ、中を探る)

カナコ  私知らないよ。自分でちゃんと直しなさいよ。

タカシ  あった!(と、何かを取り出す。それは小さな茶筒である)

カナコ  なあに、それ?

タカシ  僕のタイム・カプセル。

カナコ  タイム・カプセル?

タカシ  そう、ここに入れといて、何十年かたった後、この校舎が壊されるときに取り出そうと思ってたん

     だ。

カナコ  どうして、今出しちゃうの?

タカシ  だって、校舎が焼けたら一緒に燃えちゃうじゃないか。

カナコ  ええ? だって、焼けないようにするんでしょ? そのために来てるんじゃない。忘れたの。

タカシ  …そうだったね。

カナコ  もっとも、もうすぐ壊して、建て直しちゃうんだけどね。

タカシ  …もうグランドに出よう。皆、来る頃じゃないかな。

カナコ  うん。でもね、カヨちゃんはどうしても来れなかったの。ユミちゃんとマユちゃんも、家の人はだ

     めなんだって。

タカシ  …そうか。君の家の人は?

カナコ  家は皆来るよ。原田先生と一緒にご飯食べることになったから。

タカシ  (安心した様子)良かった。

カナコ  何がいいの?

タカシ  何がって…。

カナコ  カヨちゃんが来れないのに、いいわけないでしょ。

タカシ  そうか、カヨちゃんたちとは仲良しなんだ。

カナコ  そうだよ。

タカシ  カナコちゃん。

カナコ  なに?

タカシ  君はきっと、僕を恨むだろうね。

カナコ  ええ?

タカシ  でも、僕にはこれ以上できないんだ。

カナコ  何言ってるのか全然わかんない! あなた変よ。

タカシ  わからなくてもいい。わからないほうがいい。(自分に言い聞かせるように)

     さあ、行かなくちゃ。


   タカシ、カナコに背を向けて走り去る。

   カナコ、タカシを追って去る。

   暗転(照明の変化だけでも可)


5場


   小学校のグランド。もう夜になっている。ホリは夜空。

   原田先生とユミ、マユ登場。先生はバケツと懐中電灯を持っている。


原田   わあ、夜来てみると、全然別の感じだね。

マユ   なんか、校舎が真っ黒で、かぶさってくるみたいに見えるね。

ユミ   あれ、プールのとこの公孫樹の木でしょ。あんなに大きかったかな?

原田   ゴヤの描いた巨人みたいだわ…。

ユミ   何それ?

原田   スペインの有名な画家が描いた絵よ。地平線の向こうを巨人が通り過ぎてゆくの。

ユミ   ふーん。

マユ   公孫樹の木、実がポロポロ落ちるのよね。今年も銀杏いっぱい食べられるかな。

ユミ   あの匂いは嫌だけど、食べるとおいしいよね。

原田   あらあら、あなたがたは芸術より食い気なのね。

マユ   先生。難しいこと言ってないで、花火しよう、花火。

ユミ   まだ誰も来てないじゃない。

マユ   だってもう、約束の七時過ぎてるんだよ。

原田   カナコちゃんの家の人、もうすぐ来るから待ってましょう。

 

    マユ、待ちきれない様子で花火を袋から出して見ている。

    カナコが登場。何か探すような様子。


ユミ   カナコ! 来てたの。

マユ   あの子は?

カナコ  いないのよ。さっきまでいたんだけど、教室からここに来る間にいなくなっちゃった。階段下りた

     ところまでは背中が見えたんだけど。

ユミ   やばいよそれ。あいつ放火しに行ったんじゃないかな。

カナコ  まさか!(先生の顔を見る)

原田   まさかそんなことはないでしょ。でも、こんな真暗な校舎でなにしてるんだろ。

カナコ  迷ってるんじゃないかしら。

原田   だとしたら、かわいそうね。この校舎、古いところに何回も建て増ししてるから、わかりづらいも

     んね。

マユ   お化けに捕まっちゃったのかな。

ユミ   お化けなんて。そんなの、いないよ。

マユ   夜中に職員室に電話がかかってきてさ、(と、受話器を取るしぐさ)「もしもし。私、メリーちゃ

     ん。今、校庭の花壇のところにいるの…」

ユミ   ばかばか、やめてよ!

原田   (二人にかまわず)捜しに行く?

カナコ  うん。

原田   あなたたち、ここで待ってる?

ユミ   行く! 行きますっ。

マユ   (ニヤニヤして)…恐いんでしょう。

ユミ   恐くなんかないよ! マユちゃん嫌い!


    三人、校舎のほうに去る。

    カナコの母と姉、登場。服装少し変わっている。懐中電灯持参。


母    おばあちゃん、よっぽど疲れたのね。お茶漬け食べて寝ちゃったわ。

姉    あんな無理して歩くことないのにね。

母    お父さんのお墓参りには決まって歩いてくのよ。自分でそう決めてるみたいなの。お寺近いからい

     いけど。

姉    どうしてかしら?

母    お父さんが生きてた時もね、お父さんの前だと、わざと元気に振舞ってたみたいなの。

姉    へー。

母    あら? 誰もいないんじゃない。

姉    遅くなったと思ったのにね。(腕時計を見る)もう、七時半だけど。

母    カナコもいないのね。あんなに飛び出して行ったのに。

姉    (そこに置いてあるのを見つけて)あ、これ花火。バケツも。

母    忘れ物でも取りに行ったのかしら。

姉    じゃ、ここで待ってましょう。


    二人、腰を下ろす。


姉    でも、放火があるから学校で花火なんて、子供だましよね。

母    そうね。花火がしたいだけなんだろうね。カナコが皆で遊びたい気持ちもわかるのよ。考えてみた

     らお父さんが亡くなってから、どこにも行ってないし。

姉    受験生としては迷惑な話だけど。

 

    突然、遠くから短い悲鳴が聞こえる。二人びっくりする。


姉    何、今の。

母    校舎の中から聞こえたみたい。カナコたちかしら。

姉    行ってみよう。


    二人、去る。

    暗転 ホリは大黒幕。



    校舎の中。真暗な中、懐中電灯の明かりが出てくる。


カナコ  マユ。マユ、どこ?

原田   マユちゃん、返事して。

ユミ   マユー。冗談やめて出てきてよー。

 

    タカシとマユが登場。


マユ   こっちよー。

カナコ  いた!

ユミ   何してんのよー。一人で勝手に行かないでよ!

原田   (マユの方を照らして)けがしてない?

マユ   大丈夫。この人急に出てくるんだもん、びっくりしちゃって。


    この間、照明、次第に、意識されないほどゆっくりと明るくなってゆく。


原田   この子がタカシ君?

カナコ  どこ行ってたの。捜しに来たのよ、私たち。

タカシ  ごめん。

原田   タカシ君、聞きたいことあるんだけど。私は…

タカシ  先生ですね。

原田   そう。君が、今晩この学校が火事になるって言ったのね?

タカシ  そうです。それは嘘じゃない。

ユミ   「それは」って?

タカシ  学校は今日燃えてしまうってこと。けど、それは放火でじゃないんだ。

マユ   えー、やっぱり嘘だったんだ。

ユミ   なーんだ。あんたがさ、このボロ校舎を花火みたいに燃やしてくれるんじゃないかって期待してた

     のよ。

カナコ  冗談はやめてよ。

タカシ  本当は、もうすぐ大地震がくるんだ。校舎は潰れて、その後、近くの家から出た火がうつって、そ

     れで

マユ   それじゃ、私たちがいたって、火事を防ぐことなんかできっこないじゃない。

原田   地震が来るってどうしてわかるの?

カナコ  そのノート見たんでしょ?

タカシ  信じてくれるよね。放火だなんて言って君たちを誘い出したのは、地震の時、家の中にいると下敷

     きになって危ないからなんだ。今日の地震はすごく大きくて、古い木造家屋はほとんど倒れてしま

     う。だからグランドにいたほうがいいんだ。


    この間に、懐中電灯を持った母と姉、登場。


マユ   あれ? 誰かしら。

姉    カナコなの?

カナコ  お姉ちゃん。

母    大丈夫? あら、先生もみなさんも来てたんですね。

タカシ  おばあちゃんは?

カナコ  おばあちゃんはどこ?

母    ごめんね、疲れて寝ちゃったの。カナコには悪いけどって言って。

姉    あんまり無理させられないでしょう。

カナコ  大変!

タカシ  どうしてわからなかったんだろう。とにかく外に連れ出さなきゃ。

     皆すぐここから出て! それから家の人に電話して、外に出るように言うんだ。カヨちゃんの家に

     もね。


    タカシ走り去る。


カナコ  どこに行くの!(タカシを追って走り去る)

母    カナコ!

ユミ   カナコちゃん!

母    一体どういうことなんですか?

原田   もうすぐ大地震がくるって言うんです。この校舎が潰れるくらいのが。

姉    地震? 火事じゃないんですか?

ユミ   私、恐い。

マユ   お家に帰りたい。

原田   (二人を抱き寄せて)まず、グランドに出ましょう。いずれにせよ、それからです。


    五人足早に去る。入れ替わるようにタカシとカナコ登場。

    緊迫した音楽。


7場


    ゆっくりと大黒幕が開き、夜空が広がってゆく。


カナコ  待って、待ってよ。私の家わかってるの?

タカシ  ああ。おばあちゃんを助けなきゃ! もう時間がない!

カナコ  おばあちゃん、死んじゃうの?

タカシ  死なせちゃいけないんだ。

カナコ  ねえ、本当に地震来るの? 私、わかんない!

タカシ  わからなくていいんだ!

カナコ  待って!


    二人、袖に去り、すぐに引き返す。(走った距離感を出すため)二人、カナコの家に着く。

    玄関を開けようとするタカシ。(しぐさだけ)


タカシ  鍵がかかってる!

カナコ  お母さんが持ってるんだ。

タカシ  裏口に回ろう!


    地鳴りが聞こえてくる。大きな揺れが二人を襲う。


カナコ  きゃあっ。

タカシ  しまった!


    地鳴りが大きくなり、建物の破壊する音、ガラスの割れる音などが響く。


タカシ  家が壊れる!


    タカシ、倒壊しつつある家に飛び込む。(手に持っていた袋を放り出して行く)


カナコ  あっ! タカシ君、危ない!


    轟音とともに家は完全に倒壊する。


カナコ  あーっ!(倒れ伏す)


    地鳴りが遠のく。静寂が忍び寄る。


カナコ  タカシ君? おばあちゃん?(立ち上がる)


    潰れた家を見て愕然とするカナコ。


カナコ  おばあちゃん。おばあちゃーん。どこ? 返事して。誰かいないの? 

     どうしてこんなに静かなの? みんな死んじゃったの?


    潰れた家から寝間着姿の祖母が這い出してくる。


祖母   カナコ…。

カナコ  ! おばあちゃん。

祖母   一体全体、何が起きたんだ。

カナコ  地震よ。

祖母   地震? そうか。お前は大丈夫か。

カナコ  私、何ともない。おばあちゃんは?

祖母   うん、大丈夫だ。隙間から出られた。お母さんたちは?

カナコ  学校。

祖母   そうだったな。グランドにいるんなら安全だ。

 

    カナコ、落ちている袋を見つける。


カナコ  おばあちゃん、今、おばあちゃんを助けに入った子がいるの。会わなかった?

祖母   ん?

カナコ  まさか、この下で…。


    カナコ、瓦礫の山に向かって呼ぶ。


カナコ  タカシくーん。(耳を傾ける)タカシくーん!

祖母   駄目だな。明るくならないとどうしようもない。あ、向こうで火が出たな。風がなくて良かった。

 

    カナコ、立ち上がって空を見る。カナコに照明が当たり、他は暗くなる。


カナコ  (独白)…全部、タカシ君の言ったとおりになった。たくさんの人が怪我したり、亡くなったりし

     ただろう。あの子は地震が来るのがわかっていたのになぜ皆に知らせなかったんだろう。そうすれ

     ば、その人たちも助かったかもしれないのに。…でも、誰も信じなかったかも知れない。私たちだ

     って、本気じゃなかったもの。

     ユミちゃんやマユちゃんの家の人は無事なんだろうか。カヨちゃんはどうなったんだろう。タカシ

     君はこの家の下敷きになってるんだろうか。


    照明戻る。

    母と姉、駆けつける。先生とユミ、マユも続いて登場。先生は二人をかばうようにしている。


母    カナコ! おばあちゃんも。良かった!

カナコ  おかあさん!(駆け寄り、抱き合う)

祖母   一家全員無事か。なによりだ。うん。

母    どこか打ちませんでしたか?

祖母   大丈夫。足はあいかわらずだけどな。


    元気な言葉に反して、寒そうな様子。母、それを察して上着を脱ぎ、祖母に掛ける。


姉    私たちの家、なくなっちゃったのね。

母    ここに来る途中の家、軒並み壊れてたわ。うちだけ助かるとは思ってなかったけど、こんなに見事

     に潰れてるなんて。

ユミ   先生、私たちどうしたらいいの?

マユ   (泣き声)みんな壊れちゃった。みんな死んじゃったんだ。マユは独りぼっちなんだ。

     もう嫌だー…

原田   しっかりして! 大丈夫よ、カナコちゃんのおばあちゃんみたいに、みんな無事で、あなた方を待

     ってるわ。でも、今は離れないでかたまってたほうがいいの。明るくなったら逢えるから、だから

     泣かないで。


    この辺からサイレンの音、騒音など聞こえだす。


姉    あ、誰か出てきた。

母    お向かいの青木さんよ。良かった。青木さん。(と、袖に去る)

カナコ  早く明るくなれ! 明るくなったら、お姉ちゃん、手伝ってね。

姉    何?

カナコ  助けるのよ。タカシ君がこの下にいるんだ。

姉    ええ! 本当?

カナコ  家が潰れる直前に、飛び込んでいったの。

姉    何で? どうして家になんか?

カナコ  おばあちゃんを助けるためよ。

姉    どうしてあの子が家のおばあちゃんを助けなきゃなんないの?

カナコ  どうしてって…。とにかく、入ったまんま出てこないんだから。

母    (戻ってきて)小学校はもう火がまわってだめですって。それで皆さん、公園まで避難するんです

     って。私たちも行きましょう。

原田   あの公園も避難場所になってるから、あなたがたのお家の人も来るはずよ。

ユミ・マユ (うなづく)カナコちゃんも行こう。

カナコ  私、ここにいる。

姉    カナコがいたってどうしようもないでしょ。

カナコ  励ましてやるんだよ。「がんばれ」とか、「もうすぐ助けが来るぞ」って。

ユミ   逃げたんじゃないの? あの子って、急に出てきたり、いなくなったりするじゃない。きっと、ま

     たどっかから出てくるよ。

カナコ  そうだといいけど。

母    余震が来るかもしれないから、早く安全な所へ行かなきゃならないの。お母さんの言うこと聞い

     て!

原田   カナコちゃん、お母さんの言う通りにしたほうがいいわ。

 

    カナコ、仕方なく皆と一緒に去るが、家のほうを振り向いて、


カナコ  タカシくーん。


    暗転


8場


    明転

    公園。夜空に満天の星が輝いている。ビニールシートの上にカナコの家族、原田先生たちがいる。


原田   あの子、ほんとに身寄りがないのかな。誰かに連絡したいんだけど。何か手がかりないかしら。

カナコ  これ、あの子の。(と、袋をさしだす)

原田   この際だから、中、見せてもらうわ。(と、中身を出してみる)ノートが一冊…

カナコ  未来が書いてあるノート。

原田   これが?(と、ノートを開いてみ、カナコにノートを渡して見せる)

カナコ  真っ白!(ノートを返して)何も書いてないのに、どうして先のことがわかったんだろう?

原田   本人に聞いてみるしかないわね。(ノートをしまい、次に、茶筒を取り出し)これ、何かしら。

カナコ  タイムカプセルだって。教室の壁の中に入ってたの。

原田   タイムカプセル?(と、こじ開けようとするが)あら、だめだわ開かない。(茶筒を袋に戻し、お

     もちゃを取り出して)これは、サンダーバード4号ね。これだけじゃ何もわからないわねえ。


    先生、袋をカナコに返す。

    ユミとマユ登場。


ユミ・マユ 先生。

原田   どうだった?

ユミ   お母さんは大丈夫だった。あっちにいるよ。お父さんはまだ会社から帰ってきてない。電話が通じ

     ないから、どうしてるかわからないの。

原田   そう。

マユ   私のとこは、私が電話してすぐに外に出たから皆大丈夫だった。むこうの車の中で寝てるの。それ

     からこれ、売り物だけど、この際だから食べてもらいなさいって。(と、袋を差し出す)

原田   なあに? あら、お菓子がいっぱい。

マユ   先生とカナコちゃンちの分。わけてね。

原田   ありがとう。そう言えばお腹空いちゃったね。(と、少し取ってポケットに入れ)

     はいカナコちゃんの分。(と、袋をカナコに渡す)

カナコ  カヨちゃんは?

ユミ   それが、全然わからないの。近所の人も探してるんだけど。家はもうメチャクチャだって。

マユ   いくら呼んでも返事がないんだって。

原田   あの時、カヨちゃんのとこには電話できなかったからね…。

マユ   あの子、どうして放火だなんて言ったんだろう。初めから地震だって言えば良かったのに。

ユミ   なに言ってんの、偶然よ。地震の予知なんて絶対できないって、テレビで言ってたよ。あの子は

     ね、晩ご飯にありつけないってわかって逃げ出したのよ。

カナコ  そんなことないよ。みんなタカシ君に助けられたんじゃない。

ユミ   助けられたって? じゃあ、カヨちゃんは? カヨちゃんは助けられなかったって言うの?

     あの子が言ったのは嘘で、それが偶然にあたったのよ。ねえ、そうでしょ。そう思わなかったら…

カナコ  わかった。ユミちゃん、わかったよ。

マユ   …ユミちゃん、行こう。


    ユミ、マユ去る。


原田   さて、私もアパートを見てから学校に行かなくちゃ。

カナコ  学校? 何しに行くの?

原田   私の職場よ。こういうときは職員が集まることになってるの。校舎は焼けちゃったけど、きっと避

     難所になるから片づけなくちゃ。テントが残ってたらグランドに張って、水道やガスが使えるかど

     うかも調べなきゃね。

     カナコちゃん、学校なるべく早く始められるようにするから、元気で待っててね、お家の人を大事

     にしてね。

カナコ  はい。


    原田先生、去る。

    カナコ、家族の所にもどる。母に、マユからのお菓子の袋を渡す。


祖母   …あーあー。(うわ言)

母    ? どうしたのかしら。

祖母   あー、わかった、わかったよ、タカユキ。

カナコ  タカユキって、お父さんの名前だよ。

姉    何がわかったんだろう?

母    寝言よ。寝言に返事するのはいけないって言うわ。

祖母   今行くから。

母    おばあちゃん?

姉    どこに行くのかしら? まさか、お父さんがお迎えに来たりして…

母    バカなこと言うんじゃありません! おばあちゃん、起きてください! おばあちゃん!

祖母   うーん。…ああ、どこだ、ここ?

母    公園です。皆さんと一緒に避難して来たんですよ。

祖母   あー、そうだった。あれ、タカユキは?

母    しっかりしてください、おばあちゃん。お父さんはいません。夢を見たんですよ。

祖母   夢かー。(普段と様子が違う)

カナコ  どんな夢だったの? おとうさん出てきたの?

祖母   おばあちゃん、風呂に入っててな、それが水風呂で、寒い寒いと思ってると、お父さんが、冷たい

     だろうって言ってマキくべてくれたんだ。あれは昔の家の風呂桶だったなー。

母    おばあちゃん、しっかりしてくださいね。おばあちゃんがいてくれるから、私もなんとかやってい

     られるんですから。

祖母   あーあー、わかってるよ。こんな時だからしっかりしなけりゃね…(と言いながら、うなだれてし

     まう)

母    おばあちゃん?(と、抱きかかえて)あら、熱がある! 大変!

 

    祖母は熱にうなされる感じで語り始める。


祖母   三十年前も、今日みたいに家がなくなってしまったっけ。今の家はその後、お祖父さんが苦労して

     建てたんだ。

     あの時、お父さんはまだ小学生だった。今のカナコくらいのな。あの日は私、出かけていて、あの

     子が一人で留守番しててな。

母    おばあちゃん、しゃべらないで、安静にしててください。


    母、祖母を寝かせ、ある限りのものを着せかける。娘たち手伝う。


祖母   それでな、寒い日で、ストーブつけてたんだ。あの子は何かした拍子に、そのストーブ倒してしま

     ったんだ。

姉    じゃあ、お父さんが火事にしちゃったのね。

祖母   あの子は恐かっただろうけど、子供なりになんとか火を消そうとしたんだな、風呂場から水汲んで

     きてかけたりしたらしいんだけど、石油が燃えてるんだから、かえってひどくなってな。

母    そんな話、初めて聞いたわ。

祖母   私が帰った時はもう、家がボウボウ燃えててな、いやびっくりしたけど、近所の人から「あんたん

     とこの子供、まだ中にいる」って言われて、もう…

     夢中で名前呼んだ。そしたら「かあちゃあん」て声聞こえたんだ。確かに聞こえたの。私はその声

     めがけて飛び込んだ。目の前真っ赤になったけど熱いなんて感じない。あの子は風呂場の風呂桶の

     中で丸くなってた。抱きかかえて外に出ようとしたけど、崩れてきた柱に足はさまれて…もうだめ

     だ、この子とここで死ぬんだ、と思った。

母    その時なんですね、足怪我したのは。

祖母   そう、それで観念したとき消防の人が来て助けられたの。一歩遅かったら二人とも死んでた。

カナコ  お父さんは?

祖母   あの子は怪我はしなかったけど、煙吸って意識がなかった。あとは病院で別々になってしまって、

     次に会ったのは一月も後で、その時にはもうすっかり人が変わっていてな。

カナコ  人が変わってた?

祖母   自分のせいで家焼いて、母親に一生残るような怪我させたって、口には出さないけど心の中で自分

     を責めてたんだろ。明るいところがなくなってしまってな。(涙を拭う)いつも何か遠慮してるみ

     たいな、そんな子になってしまった。

母    知らなかった…どうして教えてくれなかったんですか。

祖母   あの子がそんなふうになったのも、一人にして出た私が悪かったんだと思ってね、あの子の重荷を

     少しでも軽くしてやろうと、足が痛くても平気なふりして…あの子の心の傷に触らないように触ら

     ないようにしたんだけど…。そのまま三十年経ってしまった。

母    それがわかってたんでしたら、私も何かあの人のためにしてやれたのに…

姉    お父さんって…やっぱり馬鹿だわ。そんなことにこだわって。(涙ぐんでいる)

祖母   やっぱり私が悪かったんだね。

カナコ  違うよ! 誰も悪くない! お父さんだって自分を責めたりなんてしてない。お父さんはそんない

     じけた子供みたいな人じゃない。

母    カナコ…。

カナコ  お父さんのことわかってあげて。

母    そうね。お父さんとは十年いっしょにいたけど、カナコのほうがずっとわかってるのね。

姉    (立って)私、薬がないか聞いてくる。なかったらお医者さん探す。おばあちゃん放っておけない

     もの。

母    一人で大丈夫? お金まにあう?

姉    大丈夫。なんとかなるわよ。カナコ、後頼むね。

カナコ  お姉ちゃん?


    姉、去る。祖母、母、カナコの3人が残った。星空、一段と冴える。


祖母   きれいな星だねえ。辛い目にあったことも忘れてしまうようだ。

母    ほんとにきれい。

     星空を眺めるなんて何年ぶりかしら。こんなにきれいな空が私たちの上にあったんですね。


    照明が落ちてゆき、カナコ一人が浮き出てくる。但し、星は最後まであってほしい。


カナコ  (独白)お父さん。お空にいるンなら教えて。私たちこれからどうしたらいいの?

     タカシ君はどこに行っちゃったの? 私の弟じゃ嫌だったのかな。お兄ちゃんの方が良かったか

     な? ほんとは、お兄ちゃんでもよかったんだ。


    暗転


9場


    二・三日後の午前中、同じ公園、いくつか荷物の包みがある。

    姉とカナコがシートを畳んでいる。

    母が自宅からもどってくる。


母    ただいま。(いくらかの荷物を持っている)

姉・カナコ お帰りなさい。

母    (荷物を置いて)もう、掘り出せるものもないわね。後はパワーショベルかなんかで片づけてしま

     うんですって。

姉    お金と通帳、はんこ、仏壇の位牌。着替えと毛布があるんだから十分よ。

カナコ  (荷物を開けて)あー、アルバムだ。これ押入の奥にあったんでしょ。よく取り出せたね。

母    それが、おばあちゃんの出てきた隙間から入ったら目の前にあったの。昨日は気づかなかったんだ

     けど。

カナコ  このアルバム、古いね。見たことないんじゃない?

母    それは、お父さんの。お母さんもずうっと見てないな。

姉    じゃあ、お母さんと出会う前のお父さんが写ってるんだ。

カナコ  見よう見よう。


    姉とカナコ、見始める。


姉    わあ、どれがお父さんかわからない。

母    えー、どれどれ、…これよ。

カナコ  へえー。

母    お母さん、病院のおばあちゃんの所に行くからね。

姉    はい。いってらっしゃい。

カナコ  いってらっしゃい。


    母、去る。

 

声    カナコちゃーん。

 

    ユミ・マユ登場。


カナコ  おはよう。ユミちゃん、叔父さんとこから来たの?

ユミ   うん、家族全員で金目のもの掘り出しに来たの。あれ、テント畳んじゃったの?

カナコ  うん、ここに仮設住宅建てるんだって。もう工事が始まるから、できるまで学校のグランドに移る

     の。

マユ   グランドに行っても、やっぱりテントなんでしょ。

カナコ  でも四・五日でここに戻れるみたいよ。

ユミ   カナコ。

カナコ  なあに?

マユ   早くいっしょに学校で遊びたいね。

カナコ  そうね。


    ユミ・マユ、笑いをこらえている様子。


カナコ  どうしたの? 二人して。変なの。

ユミ・マユ (袖に向かって)もう出てきていいよー。


    カヨ登場。


カヨ   やあ。

カナコ  カヨちゃん!

カヨ   ごめんね、連絡できなくて。

カナコ  今までどうしてたの?

ユミ   それがさー、あの日弟が肺炎で入院したんだって。

マユ   それで地震の時は家族全員病院に泊まってたんだってー。

カナコ  なーんだー。(笑)

ユミ   いくら呼んでも返事しないわけよねー。心配させちゃってさー、もう。

カヨ   だからごめんって言ってるでしょう。

カナコ  良かったー。


    アルバムを見ていた姉が、ある写真に注目する。


姉    あら、これ、お父さん? ねえ、カナコ。ちょっと見て。

カナコ  なあに。

姉    この写真見て。

 

    カナコ、写真を見る。そこには一人の男の子が写っているが、それはタカシのようにも見える。


カナコ  ?!

姉    あの、タカシって子に似てない?

カナコ  そっくりだ。でも、どうして?

ユミ・マユ・カヨ ?

 

    カナコ、アルバムを三人に渡し、傍らの袋から茶筒を取り出し、思い切り壊す。


姉    カナコ、何するの?

ユミ   それ、何?


    中からは小さな紙が出てくる。その紙を開いて読む。


カナコ  タカシくんのタイムカプセル。

ユミ   タカシくんの?

カナコ  「大人になった僕に、十二歳の僕より。昨日僕は退院した。お母さんはまだ入院している。今日、 

     ブンちゃんが来た。ブンちゃんは泣いて僕に謝っていた。僕は覚えていないと言った。実際、煙を

     吸ったせいかよく覚えていないし、ブンちゃんのせいにするつもりもないのだから。…

マユ   ブンちゃんって誰?

カナコ  (かまわずに読む)お母さんはまだ歩けない。一生歩けないかもしれない。お母さんは自分の足と

     ひきかえに僕を助けてくれた。僕はお母さんに生んでもらって、また助けてもらって、二度も命を

     もらった。僕はいつかきっとお母さんの命を助けるつもりだ。でもそんな時は来ないほうがいいの

     かも知れない。…」

姉    どういうことなの?

カナコ  これお父さんが書いたんじゃない?(と、紙を姉に渡す)

姉    え?(紙に目を走らせる)

ユミ   カナコ、今、タカシくんのって言ったじゃない。

カナコ  お父さんがタカシくんだったんだ。

ユミ・マユ・カヨ ええー?

姉    カナコ、おかしなこと言わないで。

カナコ  お父さんが、おばあちゃんを助けに三十年前からやってきたんだ。

姉    カナコ…。

カナコ  お父さんが私たちを助けてくれたんだ!

ユミ・マユ・カヨ カナコちゃん!

姉    カナコ!(とカナコを抱きしめる)ほんとにそうだったらいいね。お父さんが私たちを助けてくれ

     たんだったら、どんなに嬉しいかしれない。

カナコ  お姉ちゃん。…

姉    私たちを残して逝ってしまったお父さん。居て欲しいときにいてくれなかったお父さん。

     でも、ずっと見ていてくれたんだったら…。


    カナコと姉、手を取り顔を見合わせる。

    幕